その1
「閣下、クライセン艦隊がサキュスを急襲中との事です」
バンデリックは、サラサにそう報告した。
サラサ艦隊は、ワタトラを既に出港していて、サキュスに向かっていた。
無論、それはカイエス急襲作戦へ参加の為だった。
「選りに選って、一番最悪の状況ね」
サラサは、艦橋上で、唇を噛んだ。
実は、クライセン艦隊の動向が、バルディオン王国の哨戒網から消えていた。
エリオが、こちらの哨戒網を完全に把握していた事にサラサはまたしても悔しい思いをさせられていた。
と同時に、出撃を早めてはいた。
とは言え、いくらサラサ艦隊と言えども、大幅に早めることは出来なかった。
(あいつ、こちらの手を読み切った上で、先手を打ったと言う事ね)
サラサは悔しくは思っていたが、意外にも思っていた。
これまで、エリオの戦い振りは、どちらかと言うと、仕掛けられて仕方なく戦いを行うといったスタイルだった。
自ら進んで、戦いを仕掛けるのはエリオ本来のやり方ではないと感じたからだ。
(尤も、今までは状況が許さなかっただけで、本来のやり方なのかも知れない……)
サラサにとっても、エリオは頭痛の種であるようだ。
底が知れない、スケールが違う、既存の物差しでは測れない。
色々な言葉が思い浮かぶが、そんな事はどうでも良かった。
(冷静に考えてみれば、各個撃破の好機として、一気に動いたとも言える)
サラサは、現状の理解に努めていた。
そう考えれば、今までのエリオのスタイルの延長線上にある戦い方だった。
(とは言え、戦いの常識を完全に踏襲した戦い方ね。
ここまで、徹底できる人は中々……)
サラサは、ここで一旦考えるのを止めた。
それは、まあ、一種のライバル心からか、同属嫌悪的なものからだろう。
今回のエリオの戦い振りは以下の通りである。
・持てうる最大戦力を一気に戦場に投入する事。
・敵が集結する前に、各個撃破。
いずれも、戦いの基本とされる項目を実行しているに過ぎなかった。
言うは易く行うは難しである。
実際問題、各部隊の連携、そして、何より兵站が問題になる。
バンデリックは、押し黙ってしまったサラサをジッと見詰めていた。
無論、サラサの思考を妨げない為だった。
そこに、新たな報告が上がってきた。
それを見て、バンデリックは、ギョッとした。
サラサは、バンデリックを見ながら思考していたので、その仕草にすぐに気が付いた。
「何か、悪い報告ね……」
サラサは、溜息交じりにそう言った。
「はい、ハイゼル侯が戦死なさいました」
バンデリックは、残念そうに、報告書を読み上げた。
「そう……」
サラサの感想はそれだけだった。
「……」
バンデリックは、無言でサラサを見ていた。
一緒に戦ってきた人間に対して、冷たいと言えば、冷たいのだが、だからと言って、感情的にある必要はないとも思っていた。
「万事順調、あいつの思惑通りって事ね」
サラサは、忌々しそうに言った。
まあ、でも、エリオに言わせてみれば、気苦労の絶えない戦いである。
よって、サラサが思っているのとは大分感覚が異なっていた。
とは言え、リーラン王国側が圧倒しているのだから、贅沢は言うなと言った所か……。
(それにしても、アイツの作戦は、ハイゼル侯が思い描いた作戦とは、雲泥の差ね。
ここまで、大規模に徹底してくるとは……)
サラサは呆れながらも、状況は報告以上に悪くなる事を予想していた。
サラサはそれに気が付くと、嫌になってきた。
その気持ちが、そうさせたのだろう。
艦橋から降りて、甲板を歩き、艦の縁まで来て、海や僚艦を眺め始めた。
その行動は、気分を強制的に変える事と、考えを纏める為だった。
まあ、取りあえずの所、すぐに戦闘になる事はない。
だから、一旦は気持ちをフラットにしておく必要があった。
その後を追って、バンデリックは続いた。
そして、一歩後ろで、サラサの様子を伺っていた。
……。
しばらく沈黙が続いた。
バンデリックは、何だか貴重な時間に思えてきた。
この後、当然のように、とんでもない目に遭うのは目に見えていたからだ。
だが、その時間は長くは続かなかった。
次の報告が上がってきたからだ。
バンデリックは、報告の前に、その報告を一読した。
「で、何?」
サラサは、バンデリックが報告書の一読が終わったと同時に、海を見ながら声を掛けてきた。
バンデリックは、何でもお見通しのサラサにびっくりした。
とは言え、すぐに、いつも通り、気を取り直した。
「クライセン艦隊の総数95隻。
揚陸部隊も確認。
揚陸部隊は、リーラン王国第2軍の模様」
バンデリックは、驚きながらも極めて事務的に報告書を読み上げた。
「そう……」
サラサは、予想通りの展開に呆れる他なかった。




