その1
表面的には、リーラン王国は平穏そのものだった。
だが、ラ・ライレの崩御の影響は確実に出始めているのも、また事実であった。
こういうのは、大抵遅れて出てくるものである。
突然の崩御の為、敵対勢力の方も、すぐには対応が出来ないでいるからだ。
敵対勢力の急先鋒として上げられるのは、やはり、ウサス帝国である。
その中でも、ハイゼル侯ルドリフはいち早くその準備を進めていた。
その準備の最終段階として、ルドリフは帝都ナラーバラを訪れていた。
帝都駐留艦隊として、ちょうど20隻の艦隊を預ける形で駐留させていた。
ハイゼル侯爵家が帝国内で、比較的自由な行動が許されている理由がここにあった。
海軍勢力において、その比重が大きいからだ。
その艦隊を呼び戻す為に、ルドリフは帝都に来ていた。
「ハイゼル侯、リーランを攻撃するのには、もう少し慎重になった方がいいのではないか?」
フレックスシス大公が、ルドリフの懇願に対して、苦言を呈した。
「リーランを攻撃するに当たり、他の諸将に迷惑は掛けません。
北方艦隊の29隻、帝都にお貸ししている20隻で、任務に当たります。
何卒、お聞き届け下さい」
ルドリフは、懇願するように言った。
形としては、懇願なのだが、自分の物を返せと言っている。
なので、どちらかと言うと、報告なのかも知れない。
今回も、ウサス帝国北方艦隊は独自作戦を敢行しようとしている。
それだけの数を有しているからである。
近年、エリオに削られているとは言え、合計49隻。
この数は、ウサス帝国海軍の中の勢力では、トップであり、それ故に、独自作戦に口を出させなかった。
当然、フレックスシス大公は、それを快いものとは思っていない。
だが、大公と言えども、敵対勢力への攻撃は否とは言えない。
そんな中、起きたラ・ライレの崩御。
これに付け入らない訳には行かないとばかりに、ルドリフは行動を起こしたのだった。
これは、近年、エリオにその勢力を削られ続けている事による所が、大きいのは否めなかった。
要するに、名誉挽回を図ったものとも言える。
無論、ウサス帝国の他の勢力も、ラ・ライレの崩御を利用しようとする勢力はあった。
だが、ルドリフのように、直接的に行使できる手段がない。
と言うより、軍事行動を起こすとすると、北方艦隊を中心にせざるを得ない。
(チャンスかも知れないが、果たして、ここで、軍を動かす事が正解か……)
フレックスシス大公は慎重だった。
無論、派兵の検討はしていた。
あらゆる規模を想定していたが、勝利を求めると、負担が多すぎるという結論に達していた。
そして、ここまでの3ヶ月、動かなかったのは、何より勝利の確証がないからだった。
それは、過去の実績が物語っていた。
エリオとルドリフ。
ルドリフにとっては、エリオは天敵であるのは間違いがなかった。
なので、ルドリフは何としてもエリオに復讐してやりたいという気持ちがあったのだろう。
それが思いよらないチャンスが舞い込んだ。
少なくともルドリフにとってはそう感じていた。
だが、出撃の下知が降りてこない。
痺れを切らしたルドリフは、自身で帝都に乗り込んできたと言うのが現状である。
「ハイゼル侯よ、喪中にある軍を討つのは、騎士道としてはあまり感心できるものではないと、朕は思うのだが」
ずうっと黙っていた皇帝ウサリアン27世が口を開いた。
話が進みそうにないから、口を開いたという訳ではなかった。
ただ、自分の心情を素直に述べたと言った所だ。
「!!!」
フレックスシス大公は、びっくりしていたが、同時に助かったと思っていた。
その隣にいたミーメック侯爵も同じくびっくりしていたが、強力な味方を得たと行った感じでいた。
軍のトップであるマイラック公爵は特に感想はなしと言った感じだ。
でも、まあ、3人の共通点としては、これでルドリフが引くとは思っていなかった。
「恐れながら、意見の具申、よろしいでしょうか?」
ルドリフは、恭しくそう皇帝に聞いた。
「何でも申してみよ」
皇帝は、愛嬌のある笑顔で、そう言った。
性格上、臣下の意見を聞かないという事が出来ない。
その事は、大公もよく分かっていた。
なので、大公は喜びも束の間と行った感じだった。
だが、口を挟まず、成り行きを見守る事にした。
大公自身、決断を欠いている事を自覚していたからかも知れない。
「それでは恐れながら、申し上げます」
ルドリフは、再び恭しく口を開いて、一呼吸置いた。
それを見て、皇帝以外は、大袈裟で演技っぽく見えたのは言うまでもなかった。
「我が国は世界を正しく導く義務があると思います。
敵国リーランの首魁が、このような最後を遂げたのは、単に、神の思し召しだと愚考致します」
ルドリフは、恭しく、更に言葉を続けた。
皇帝はその言葉に身を乗り出すように、聞いていた。
だが、それ以外の者達は、完全に引いてしまった。
戦略的意図など、微塵も感じなかったからだ。
「リーランが弱体化した今、先制の一撃を加える事こそが、神がお示しになった道と愚考します。
それにより、まずは、リーランの屋台骨を揺さぶる事が肝要かと具申する次第であります」
ルドリフは、満足げに言いたい事を言い終えたようだ。
(戦いの好機かも知れないのは認めるが、ただ、己が戦いたいだけではないか!)
大公は、口には出さなかったが、大いに呆れてしまった。
とは言え、ルドリフも1回の戦いで、リーランを滅亡に追い込めるとは思っていないようで、そこはまだ正気を保っているように思えた。
「大公、どうだろうか?
ハイゼル侯もこう申しておるし、朕も聞くべき所があると思うのだが」
皇帝は、ルドリフの意見に賛同する様子だった。
「陛下、ここで、お決めになるのは些か早計かと思われます。
まずは、具体案を策定し、検討を重ねるべきかと愚考仕ります」
大公は、すぐに決まってしまう雰囲気をまずは断ち切ろうとした。
「そうじゃな。
まずは、詳細を検討し、より良い案を練り上げるのがよろしかろう」
皇帝は、戦いに賛成の意を示した。
「畏まりました」
大公は、感情を出さないように、極めて事務的にそう言うと、頭を下げた。
取りあえずは時間は稼げたが、戦いは避けられそうにはなかった。
(これは好機なのだろうか……?)
正直、どっち付かずで、大公にとって、頭の痛い問題が持ち上がってしまった。




