その7
がちゃん!!
森の中から金属音が聞こえてきた。
(武器はもうちょっと丁寧に扱いましょうよ……)
マイルスターは、いつも苦言を呈している言葉を心の中で繰り返した。
先程は、きちんと丁寧に置いたのに、既にそれを忘れているかのようだった。
まあ、それはそれとして、マイルスター達はエリオの戻りを待っていた。
ごん!!
時間をおいての別の金属音。
自分の武装解除を忘れていたのは明らかだった。
(あなたにとっては、それは武器じゃないでしょうが、我々にとっては武器なのですよ……)
再びぞんざいに扱っているエリオに苦言を呈したかった。
とは言え、一連の行動は、剣なぞ、エリオにとっては役立たずの物という認識の証左なのだろう。
格好いい言い方である。
まあ、尤も、剣が問題ではなく、全面的にエリオが問題なのは言うまでもない事だ。
エリオが戻ってくるまで、3人は所在なさげの感じで、残りの1人はそんなもの何処吹く風という感じだった。
(ほんと、申し訳ございません……)
エリオが行動している中、マイルスターは何だかすまない気持ちになっていた。
そして、ドヤ顔で戻ってきたエリオに対して、更にすまない気持ちになるのだった。
(我々は何をしているんでしょうか?)
マイルスターは、いつもなら率直に聞く質問を心の中に留めていた。
一応、敵の出方を見なくてはならないからだ。
その敵であるサラサとバンデリックは、先程から思考が停止しているかのように、ジッとしていた。
戦闘の天才であるサラサも、現状把握に苦労している様子だった。
稀代の策略家の面目躍如と言いたい所だが、この辺が残念なエリオとしての本領発揮と言った部分なのだろう。
宿命のライバルの対面というのに、こんな風になってしまうのは非常に残念無念と言った所だ。
そんな中、いち早く思考停止から抜け出したのは、バンデリックだった。
(さて、お嬢様はどうするのか……)
バンデリックは、当事者から一歩引いて、傍観者になる事によって、思考停止から抜け出していた。
一歩引く事により、敵をじっくりと観察できる余裕も生まれてきた。
残念すぎるオーラを身に纏ってはいるが、一瞬で武装解除した手腕は流石だと感じていた。
何だか、見方がおかしい気がするが、幾度なく死線を潜り抜けてきた人間にはそう感じるのかも知れない。
和やかで自然体にしているが、実は、色々と心配せざるを得ないマイルスター。
何があっても動じそうにないシャルス。
不協和音が鳴り響いており、統制が取れていない感じから来る妙なプレッシャー。
とてもあんな見事な艦隊指揮をできるとは思えない集団。
(だが、見方を変えると、こんな歪な状態を放置できるだけの力量が、クライセン公にはあるのだな……)
バンデリックは、妙な納得感を持ってしまった。
「あんた、何がしたいの?」
サラサは、ド直球を投げ込んだ。
それは、納得感で満ちていたバンデリックの思いを粉々にするのには、十分だった。
エリオの隣にいたマイルスターは、腕組みをして、思わず、うんうんと頷いてしまっていた。
まあ、考えるまでもなく、エリオの一連の行動は変であった。
そこを容赦なく、どついたのであった。
「へぇ???」
一仕事やり抜いたという自負感があったエリオが間抜け面になった。
とは言え、現状認識は出来ていないようだ。
稀代の策略家は、策略以外には全く役に立たないのをまたしても示唆してしまった実例だった。
こうやって、実績を重ねる事で、残念な人間という地位を不動のものにしていくのだろう。
そんなエリオを見て、マイルスターはいつもの事だとすっかり諦めてしまっていた。
もうこうなると、和やかにしている他ない。
シャルスは、何時超えてくる予想を目の当たりにして、笑いを堪えていた。
そんな中、バンデリックは、エリオの人柄を意外と高く評価していた。
高位な人物程、傲慢な態度を取る人間が多い事にうんざりしている事もあってだろう。
偉ぶらず、才能も鼻に掛けないのは、素直に素晴らしいと感じていた。
まあ、これもちょっと、ずれている気がしないでもないが……。
そして、真打ちであるサラサの感想であるが……。
まあ、何も全く期待してはいなかったので、特に感想らしきものはなかった。
強いて言えば、スワン島沖で初めて見掛けた時と、印象は変わらなかった。
でも、宿命のライバル同士の対面なので、もっと盛り上がってもいい筈だ。
だが、それは周りが思っているだけで、当人同士は、そんな関係には露ほど興味がないようだ。
……。
5人が誰もが話す事をしなかったので、沈黙の時が流れた。
「帰るわよ」
サラサは、ここにいても時間の無駄だといち早く気が付いたのだろう。
そう言うと、すぐに踵を返して、元来た道を戻っていった。
「お、お嬢様……」
バンデリックは、サラサの思わぬ行動に慌てていた。
バンデリックの方は、宿命のライバル同士、話が弾むのではないかと思っていた節があった。
なので、意外だったので、慌ててサラサの後を追った。
「!!!」
サラサは、バンデリックの言葉に一旦立ち止まり、振り向いてバンデリックを睨み付けた。
慌ててたとは言え、バンデリックは、禁断の言葉を口にしたからだ。
バンデリックは、咄嗟に身構えた。
が、サラサは、睨み付けただけで、また、歩き出していた。
ここで、腹パンを喰らわせて、バンデリックが悶絶した場合を考えたのだろう。
放っておくにも行かないので、自分が引きずらなくてはいけなくなる。
そうなると、面倒だという判断なのだろう。
流石に、その辺は優秀である。
バンデリックは、身構えたのが無駄だった事を確認した後、急いでサラサに追い付いた。
そして、何気なくエリオ達の方を一回振り向いた。
(おお、同士がいる!!)
ちょっと怯えたバンデリックの表情を見たエリオは、親近感を覚えた。
まるで、リ・リラに叱られている自分と同じだったからだ。
……。
しばらく、エリオ達一行は、去りゆくサラサ達を見送っていた。
「さてと、戻ろうか……」
この間抜けな状況に終止符を打ちに行ったのは、意外にもエリオだった。
「はぁ……」
マイルスターは、何と答えていいか分からない様子だった。
そんなマイルスターを他所に、エリオは踵を返して、元来た道を戻り始めた。
それに歩調を合わせたシャルスが続いた。
マイルスターの方は、一歩遅れながら、慌ててエリオ達に追い付いた。
「何だったんでしょうかねぇ?」
マイルスターは、苦笑しながらエリオに聞いた。
「いや、何だったんだろうねぇ……」
エリオもまた苦笑しながらそう答えた。
宿命のライバル同士の対面は何とも盛り上がらない形で終了した。
それは、あたかも言葉を交わすまでもなく、お互いの行動の意図はよく分かっているという事が示唆された出来事だったのかも知れない。
ただ、それは格好良くまとめすぎだろう。




