聖女リマ
聖女。
この世界にはいくつかの宗教があるが、それぞれの宗教で神に近いとされる女の子が聖女と呼ばれている。
それは神託によって決められることもあれば、行いが評価されることもあるし、能力で決められることもある。
そのため、聖女と言ってもピンからキリまでいるのだが、リマはガレリア教の秘蔵っ子として育てられていた。
教会から外に出ることは叶わず、ひたすら神に願いを捧げていた。
10年近く前に俺は親父に連れられて行った教会で、一度だけリマに会ったことがある。
その時は無口で優しい笑顔のまさに聖女という雰囲気だったと思うのだが……
「いやー、スカッとしたな!ほんま、さすがウチのミーシャやで」
「……痛い」
俺たちのクラスに集金目的で来ていた男が顔を真っ青にして逃げていく姿を見て、ミーシャの背中をバシバシ叩きながらガハガハと笑うリマにその時の面影はなかった。
いや、本当に別人なんじゃないか?
しかし、別人と考えるには、あまりにも治癒魔法の能力が高かった。
あんな神業ができる人が聖女以外にそうゴロゴロといるものではない。
すぐに確認したかったが、アイナのように過去を隠しているのかもしれない。
本来は教会からも出れない身分のはずだから、何か深い訳があるのは確実だった。
それにアイナの様に大会で名が売れているのとは異なり、リマは秘蔵っ子であるため、その存在を知っている人も限られている。
芋づる式に俺の正体までバレかねない。
ここはしばらく様子見させてもらおう。
「ちょっとアンタたち何者なのよ?」
都合の良いことにアイナが2人に声をかけてくれた。
少し情報を集めさせてもらおう。
「ん?自己紹介してへんかったっけ?ウチはリマ・サンダースで、こっちはミーシャや」
「いや、そういうことじゃないんだけど……」
サンダース?
リマは産まれてすぐに教会に引き取られたから、ファミリーネームはガレリアになるはずだ。
俺と同じで偽名を使っているのだろうな。
それにしてもこのクラスは自分を偽ってる人が多すぎるな。
あの学園長が何か企んでいる気がしてならない。
俺の平穏な学園生活のためにも巻き込まれないようにしないと。
「ミーシャもリマもさっきのすごいじゃない!なんでFクラスにいるのよ?」
全くだ。実力の面でもこの2人は何かおかしい。
俺がアイナにした質問と全く同じだが、今度は自分が尋ねることになるとは思っていなかっただろう。
「……私はあのカウンターしかできないから」
「ウチは試験では治癒魔法使うの拒んだからなー」
"あの"カウンターしかできないというのは、異常な威力と引き換えに自分の身体はそれ以上のダメージを受けていたカウンターのことだろう。
今回はリマがいたからよかったものの、試験で使ってしまったら自分も試験官もどちらも死にかねないな。
しかも、カウンターということは相手の攻撃によってもダメージが変わるのだろう。
先ほどの男のような軽い攻撃であの威力なんだから、試験官の攻撃に対しては使えなかったのだろう。
ミーシャの事情は何となく理解できたが、リマはいったいどういうことだ?
「リマはわざとFクラスにきたってこと?」
「いやいや、そんなつもりはあらへんよ。ただなー、なんちゅーか、ウチのポリシーというか、信念というかな。そうポンポンと治癒魔法は使いたくないんや」
「ふーん、神様との約束とかそんな感じ?治癒魔法が得意な人って信心深いもんね」
「そうそう、そんな感じや」
「……リマはただのどえ」
「おおっと!ミーシャは何を言おうとしとるんかな?リマちゃんは信心深い清楚な乙女なんやで?オーケー?」
ミーシャは何を言おうとしたのだろう?
何にせよ昔のリマとは違うようだが、ミーシャと楽しそうにやり取りをしている姿を見ると、なんだか嬉しい気持ちにもなった。
「アンタ、なにニヤニヤしてんのよ。キモいわよ」
「べ、別にしてないよ!」
聞き耳を立てていたのがアイナにバレてしまった。
僅かな表情の変化も忠実に表してしまうこの擬態スーツは高性能過ぎたかもしれない。