第6章 12.2年越しの決心
当初の予定よりもすっかり遅くなってしまったが、私はようやく屋敷に帰った。
帰って来た私を、フェルカとリグとフェニーチェが温かく出迎えてくれた。
「もう…帰りが遅いから心配したのよ? でも、ちゃんと無事に帰って来てくれてよかったわ…」
「ごめんなさい…ご心配お掛けして…」
どうやら三人の様子を見るに、私がトテムと戦ったことは知らされていないようだ。
「お姉さま〜、無事でよかったですー! あれ…、このドレスどうしたんですか? すごく可愛いです!」
「うん…、ちょっと最初に着ていたドレスが汚れちゃってね…、お城の方で貸していただいたの…」
「まあ…、そんなに汚れるぐらい激しいことがあったの? 本当に大丈夫?、怪我とかはない?」
「はい…大丈夫です……。でも、あのドレスのおかげで本当に助かりました。ありがとうございました、お姉様…」
「そう…、こんな私でもあなたのお役に立てたようで嬉しいわ…」
フェルカは、私の言葉の真意が理解出来ないようで訝しげな表情を浮かべるも、それでも私を困らせないためか…、これ以上何も言わずに力なく顔を綻ばせた。
「そんなことより、勝負はどうだったんだよ?」
私の今日の結果を待ち切れない様子で、リグが急かすように聞いて来る。
「うん…、勝ったよ…」
一瞬、トテムとの一戦を振り返った私…。
トテムに勝った直後は、彼への負の感情を掻き立てられて、一際の感慨と充足感が心に押し寄せた。
しかし、時間が経つうちにそのような刺々しい情感は徐々に鳴りを潜め、その熱を冷ますように虚しさと気鬱さが表われ出る。
そんな私の浮かない顔色など眼中にないように、リグは無神経に一人興奮して盛り上がっていた。
「マジかよ!、やっぱお前すげえなあ。何でそんな元気ないんだよ? もっと喜べよ」
するとリグに対し、フェニーチェが苛立ち気味に噛み付く。
「ちょっと!、お姉様を唆すのはやめなさいよ! もう、お姉様には危ないことはさせないんだから! お姉様はわたしと一緒に平和に穏やかに暮らしていくんだから!」
「そんなこと言ったって、俺ら魔導士を目指す以上、戦うことは避けられないんだぜ…。てか、『わたしと一緒に暮らす』ってどういう意味だよ…」
「だったら、わたしがお姉様を養うもん! お姉様は家にいてくれるだけでいいように頑張るもん!」
フェニーチェの支離滅裂ではあるが私のために必死になってくれる様を見て、私は自然に笑みが溢れ、愛しい彼女の頭を優しく撫でる。
そうこうしていると、執事長のコマックが私たちの元にやって来た。
「皆様、お楽しみ中のところ申し訳ございません。クラリスお嬢様…旦那様が至急参られるようにと…」
(そうだった…、今回の結果を一番に伝えなくてはならないのはお義父様だった…)
帰りが大幅に遅れたこともあり、私はお義父様に雷を落とされないかと緊張しつつ執務室のドアをノックした。
「失礼します…お義父様…」
「クラリスか…、随分と帰りが遅かったようだが…?」
「実戦演習中に負傷をしてしまいまして…、お城の方で治療をしていただいていました。遅くなり申し訳ありません…」
「いや…謝らずとも良い。帰りが遅いので心配になっただけだ。体の方はどうだ?」
「は、はい…、宮廷魔導士の方々に治癒術で治していただいたので…、ほぼ問題ありません……」
「そうか…それは何より…」
挨拶がてらの会話を経て…、帰りが遅くなった件に関しては特に不問なようで、私はとりあえず安堵する。
「ところで、審査会はどうであった?」
「はい…、合格圏内に入ることは叶いませんでした…。まだまだ自分自身修練が足りないと思い知らされました…」
「そんなに自身を貶することはない…。お前はまだまだこれからだ…、今日あの場で自分なりに掴めたものがあればそれだけで十分だ」
気落ちする私を包容するように慰めてくれるお義父様を前に、私の緊張もいつしか解れていた。
「それよりも…、トテムと戦って、あやつを打ち負かしたそうだな。見事だったぞ」
「あ…ありがとうございます…」
お義父様はなんと、すでに今日の結果を知っていた。
とはいえ、確かによく考えれば、城内にはアリアを始め今日の試合を見ていたお義父様の部下がたくさんいるわけで、情報が即時に彼の耳に入ってもおかしくはないのだが…。
「あの…お兄様は…?」
「知らぬ。まだ帰って来ておらん。どうせ自暴自棄になって、街中の酒場で酒にでも溺れておるのだろう…」
「そんな…」
「お前が気に病むことは全くない。そもそも、あやつは生まれながらにして才能に恵まれ過ぎたせいか、挫折を知らんのだ。人間誰しも、若き頃は一度は芯が折れるほどの挫折や葛藤が必要だ。それを乗り越えてこそ、人は一層強くなれる。むしろ、よくぞあやつに挫折を与えてくれた。礼を言おう…」
「い、いえ…恐縮です……」
お義父様の予期もしていなかった言葉に、私は困惑しつつ畏まって返事を返した。
「ところでお義父様…、城内にて、グラベル家とレジッド家のご子女の方たちにお会いしました…。その…お兄様が原因になったという、過去の当家との仲違いについても聞いてしまいました…」
「そうか…、実際に会って、お前はどう感じた?」
「はい…、とても愉快で良い方たちでした。グラベル家とレジッド家は今でも家族ぐるみでの交流があると聞いて、とても羨ましく思いました…」
すると、負い目を感じるように物憂げな表情を浮かべたお義父様は、打ち明けるように語った。
「あの事件はとても不幸な事件であった…。直接的にはトテムの愚行によるものだが、当家と彼らとの関係を修正出来なかったのは、偏に当主である私の責任だ…。お前たちが再び友好を築き直し、私の大過をあがなってくれるのなら…、私にとってこれほど嬉しいことない…」
言葉を終えたお義父様は、慈愛に満ちた柔らかな笑みを浮かべていた。
私は彼のその顔を見て…、そして今日一日の出来事を全て振り返って…、今この瞬間しかないと直感した。
私は恐る恐る…しかし確固たる決心を持って、お義父様に申し立てた。
「お義父様…、今日の審査会参加への褒賞というわけではありませんが…、一つお願いがあります」
「何だ?、言ってみなさい」
彼は表情変えることなく淡々と尋ねる。
そして…満を辞して…、私はお義父様にそれをお願いした。
「そろそろ…私の出生のこと…教えてはいただけないでしょうか…?」
「……………………」
お義父様は気難しい面持ちのまま、何も答えようとしない。
それでも、私は話を続ける。
「お義父様はおっしゃいました…!、私が成長して物事の分別が付くようになったら、その時に話してやると…。烏滸がましいようですが…、自分では今日の審査会は私にとって大きな節目になったと思います。お願いです…お話ししてはいただけないでしょうか…」
「……付いて来なさい」
一瞬の間を置いた後、お義父様は小声でそう一言発すると、私を連れて部屋を後にした。
お義父様に付いて行ったその先は…、屋敷の2階部分にあるテラスだった。
「何故外なんかに…?」
「なに…特に深い理由などない…。今日は神々しい月光が降り注ぎ、夜風も心地いい。せっかくの秘蔵の思い出話をするのだ…、狭苦しい室内などよりも、ここの方が機智に富んだ言葉一つでも多く出ると思ってな…」
「では……」
「うむ…、あれは今から20年以上前…、我々王国が少数魔導民族であるデール族を掃討したフォーク戦役に遡る…」
哀愁を漂わせて渋い笑みを浮かべたお義父様は、私の知らない私の物語を徐に語り出した…。
そういうわけで、次回よりしばらくアルテグラの過去回想編となります。




