第6章 11.王女様からのプレゼント
初めてシエラと会ったあの日…、私は彼女の容姿、佇まい、所作…その全てに目を奪われた。
語弊があるかもしれないが、一目惚れだ。
『私とお友達になってくれないかな…?』
そんな言葉が咄嗟に出たのも、シエラのことを不憫に思う気持ちもあったのだろうが、それ以上に私は彼女の魅力に惹かれたのだ。
結局、私は彼女が王女様だと聞かされただけで動揺して、“シエラ” という一人の女の子を第二王女という上辺だけでしか見ていなかった。
彼女にこんな悲しい思いをさせて、ようやくそれに気付いただなんて…、本当に情けない…。
「ごめんなさい…シエラ…。私が間違ってたわ…」
「クーちゃん……」
「驚いて思わず動揺しちゃったけど…、あなたが何者であろうと関係ない…! あなたは私のかけがえのない友達……、大切なことに気付かせてくれてありがとう…シエラ……」
「うんっ…!」
シエラは涙ぐみながらも満面の幸せそうな笑みを浮かべて、私の両肩を掴んでいた手でそのまま私の上半身を包み込むように抱き締める。
その気持ちに応えるように、私もシエラの背中に手をそっと添えて彼女を抱き込んだ。
「あのね…シエラ…。私の話も聞いてもらえるかな…?」
「ええ、何かしら…?」
「私…本当はあの家の子供じゃなくて養女なの…。10歳までの記憶が自分の名前以外全くなくて、ガノン近郊の森の中で彷徨ってたところを奴隷商に捕まって、ガノンで奴隷として売られていたの…。それを今の義父に買い受ける形で救われた…。今でもお尻の部分にその時に押された焼印の痕があるわ。王女様のあなたは、そんな下賤な出の私も受け入れてくれるの…?」
別にこの場面で言う必要なんてなかったし、このまま隠し通すことだって出来た。
それでも…、シエラの私への真摯な想いを前に、隠し事をするのは卑怯だと思った。
すると…
「見損なわないで!」
私を抱き締めたままのシエラは、遺憾気味に口調を強めて言葉を発した。
「私が人を身分や出自で判断する人間に見えるって言うの? お願いだから…そんなこと言うのはやめて……、悲しくてたまらない……」
「ご、ごめんなさい…、私もあなたに隠し事なんてしたくなかったから…つい……」
「ありがとう、気持ちは嬉しいわ…。でも…、辛い過去を思い出してクーちゃんが傷付くなら、そんなこと打ち明ける必要なんてない。過去がどうであれ、あなたは今ここにいるあなただけじゃない…」
「ありがとう…シエラ…」
私たちはそのまま互いにより強く…そしてより優しく抱き締め合った。
そうこうして暫し時間が経った後、シエラは再び私に彼女の最初の質問を投げかけた。
「ところで、お体の調子はどう?」
「うん…、あれだけやられたはずなのに…、すごく体が楽…。あと、このドレスは…?」
「これは私の物なの。クーちゃんが着ていたあの綺麗なドレスは、かなり汚れと解れが出来てたから、被服係の方に洗濯と修繕を頼んでおいたわ。後日、学校で渡すから、今日はこれを着て帰ってね。怪我の方は、治癒術を専門にする宮廷魔導士の方々に治療していただいたの」
『治癒術を専門にする宮廷魔導士』…、宮廷魔導士でも、お義父様やアリアたちみたいに戦闘に特化した魔導部隊と、治癒術を用いて王族や重臣の健康を管理する医術団に分かれる。
つまり、私のために王室直属の医術団の人々が尽力してくれたということだ。
「そんな…私のためにそこまで…」
「どうして?、友達同士で服の貸し借りをするのは、そんなに珍しいことではないでしょ? あと治療の方はクーちゃんだけではなくて、治療を必要とされる受験者の方、皆に行なっていることだから気にしないで。あなたのお兄様に火を放たれた方も、すぐにこちらで対応して大事にはならなかったわ」
「そう…それはよかった…」
それを聞いて、私は多少なりとも気が楽になった。
「容態も良くなって来たことだし、外に出ましょ。あなたに見せたいものがあるの!」
シエラはそう口調を弾ませて、私を部屋の外へと連れ出した。
こうして私はシエラに付いて、果てしなく続く、絢爛な王宮内の廊下を歩いた。
途中、多くの家臣や衛兵、使用人とすれ違うが、皆、彼女の前で直立して立ち止まり、深々と頭を下げる。
そして、彼女は身分や肩書きなど関係なしに、彼ら皆に対し平等に優しく微笑んで会釈をする。
その佇まいは、自国の民を慈しむ、王女としての風格が表われ出ているようだった。
ところで、シエラの目指す場所に向かう途中のこと…
「それにしても、クーちゃんって随分と面白い戦い方をするのね? 魔導士なのに、格闘技で勝負を決めるだなんて…、思い出すだけで笑っちゃう…」
「えっ…、何でそれを…!?」
「だって私、王宮のテラスからあなたとあなたのお兄様との試合を見ていたもの。周りは光の靄みたいなものに覆われていたけど、上からならしっかりと見えたわ。あなたの痛ましい姿を見て、思わず何度も目を背けそうになったけど…、大切な友達の生き様をしっかりと見届けなきゃと思ってね…」
シエラに真正面からそう言われて、恥ずかしいやら嬉しいやらで、私は思わず彼女から視線を逸らして俯く。
でも…、彼女のその言葉だけで、皆の『棄権すべき』という忠告を押し切ってまでトテムと戦った意義はあったと思えた。
「あなたがお兄様を吹っ飛ばす姿、とても痛快でカッコ良かったわ! よっぽど、あのお兄様に鬱憤が溜まっていたのね…」
「えっ…、いや……」
シエラに思わぬ図星を突かれて、言葉に詰まるが…
「いいのよ、隠さなくても…。私もあなたの気持ち、とてもよくわかるもの…」
彼女は神妙な面持ちで薄っすらと笑いながら、力なく言葉を溢した。
さて、そのままシエラに付いて行くと、彼女は螺旋状に続く長い階段を登り始めた。
視界が一切変わらない、殺風景で薄暗い階段を登り続けること数分、彼女に案内された扉を開けると…
「うわぁ……綺麗……」
私の眼前には、ちょうど昇ったばかりの黄金に輝く満月に照らされ、街灯や店家の灯が全体に隈なく散りばめられた、城下の夜景が燦然と広がっていた。
そう…、ここは城内でも一番の高所である、城のシンボルとも言うべき、監視塔だった。
無論、山を除けば王国内でも一番高い場所であり、見渡せば、城塞外の集落の灯り、さらに遠方には月明かりに照らされたユミディ川の川面やジオス軍港の灯りも見える。
目の前の全景にすっかり心奪われた私を見て少しほくそ笑んだシエラは、一入の感慨に浸るように語り出した。
「私はこれまで何度もこの景色を見て来た…。でも…、他人にこれを見せたのはあなたが初めてなの。私にとっては代わり映えのないこの景色だけど…、それでも…あなたと一緒に見る今日この時の景色は、これまで私が見て来た中で最高のものだわ。ありがとうね…クーちゃん……」
「ううん…、私の方こそ最高のプレゼントをありがとう…シエラ……」
私がそう答えたのは、この素晴らしい光景が今日の審査会における、彼女から与えられた褒賞のように思えたからだ。
心地良い涼やかな秋風が立つ中で…、私とシエラは手を繋いで、眼前の壮麗で情緒に満ち溢れた夜景を眺めながら、暫しその情調に浸っていた。




