第6章 10. “窓際の少女” の正体
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「……ここは…」
目覚めると、私はベッドの上に寝かされていた。
ベッドの側の窓から何気なく外の様子を眺めると、夕暮れの城下の街並みが一望出来た。
この国でそんな高さの建物は一つしかない…、ここは王宮の中の一室だ。
(確か私は…、トテムに勝った直後、そのまま意識を失って倒れて……、それでここに運ばれて来たのか…)
現在自身が置かれている状況については、すんなりと頭の中で整理することは出来た。
しかし、私が寝かされているこのベッド…、豪奢な装飾が施されていて一人用のサイズにしては随分と大きく、そして寝具はふわふわ感と弾力とのバランスが絶妙でとても寝心地が良く、相当上質なものだと思われる。
よく見たらこの部屋も屋敷の自室よりも一層広く、荘厳かつ高雅な内装…、金銀や宝石で彩られた調度品…、クリスタルのシャンデリアなどなど…、眩いぐらいに豪華絢爛な空間だ。
私の格好はといえば、トテムに散々踏みにじられて汚れた体は綺麗に拭かれ、服もベージュ色のリボンとバックリボンが付いた、少女らしくも品のあるドレスに着替えさせられていた。
そして、これでもかと彼に痛め付けられた体の方も随分と楽で、もう二度と使い物にならないとまで覚悟した右手も、痛みは残るものの何とか物を持てる程度にまでは動かせる。
センチュリオン家の次女だからなのかもしれないが、一介の受験者に過ぎない私にここまで至れり尽くせりな用意をしてもらって…、とても恐縮で申し訳ない気持ちになった。
このままここにいて良いのだろうか…、次に私はどう行動したら良いのか……、気が休まらずに途方に暮れていると…
コンコン………カチャ…
控えめにドアがノックされ、数秒後にゆっくりと開いた。
入って来たのは……
「お疲れ様、クーちゃん。お体の調子はいかがかしら?」
「……………!」
なんと、部屋に入って来たのは、私のクラスメイトで友達のシエラだった!
それにしても彼女の格好…、ふんだんに可憐なレースと精巧な花の刺繍が施されながらも、華美さを感じさせない清楚な白のドレス…、そして頭の上には、煌びやかながら落ち着いた輝きを放つ、青色系の宝石が散りばめられた銀のティアラを着けている。
学校での制服姿の時もその面影はあったものの、今の彼女はその神々しさに一層拍車を掛けていた。
というより、そもそも彼女がこの場にいること自体がおかしい…。
「シエラ…あなたは一体……」
シエラのその姿を見て…、私は彼女の質問に答えることなどそっちのけで、恐る恐る尋ねた。
私の言葉を聞いた彼女は一瞬、とても物憂げな表情を浮かべる。
そして、気が重そうにゆっくりと口を開いた。
「そうよね…やっぱりそうなってしまうわよね…。………あなたには本当のことを言うわ。私の本当の名前はシエラ・クレセント・ジオス、この王国の第二王女です。ごめんなさい…今まで黙っていて……」
「えっ……!?」
シエラの衝撃の告白に、私は思わず絶句する。
しかし、よくよく思い出してみれば、彼女の学校生活を見て違和感を感じた点…、それらは彼女が王女様であり、私たちとは隔絶された世界に住んでいると考えれば全て合点がいった。
『私とお友達になってくれないかな…?』
あの日、私がシエラのことを不憫に思ってかけた言葉…、それがとんでもない身の程知らずの思い上がりであったことを、私は今その場になって酷く後悔した。
「も、申し訳ございません…! 王女様とはつゆ知らず……、これまでのご無礼をお赦しください…」
私はベッドに入ったまま深々と頭を下げ、シエラに畏まって許しを乞うた。
その言葉を聞いて彼女は、世界が終わったかの如く、絶望にも似た物悲しげな顔を見せる。
「しょうがないわ…、私も正体を明かしていなかったのだもの…。まさか、王女が一般生徒として学院に通ってるだなんて、誰も夢にも思わないでしょうしね…。ところで…、私のことを知ってしまったあなたに一つ頼みがあるの。聞いてもらえるかしら…?」
「は、はいっ…」
「これまで通り、私のお友達でいてくれないかしら…? これからも私のことをシエラって呼んで欲しいの…」
「……申し訳ございません…。それは…出来ません……」
シエラの気持ちは痛いほどよくわかる。
しかしこれは、私個人の意志でどうこう出来る問題ではない。
センチュリオン家は忠臣として、代々王国に仕えて来た。
私の無思慮な行動で、代々続いて来た君臣関係にヒビを入れさせるわけにはいかないのだ。
私は彼女の申し出を、罪悪感と哀憐とで胸を締め付けられながらも、丁重にお断りしたのだが…
「どうして!?、何でそんなことを言うの? あなたの方から『お友達になろう』って言って来たのよ? それなのに…そんなのあんまりじゃないっ…!」
シエラはこれまでの淑やかな様相を一変させ、激情を露わにして私の両肩をガシッと掴み、激しく揺さぶりながら責め立てるように言葉を繰り出した。
「そ、それは…あなた様が王女様だとは存じ上げていなかったからで…」
シエラの豹変ぶりに動揺しながらも、私は彼女の申し出を固辞しようとするが…
「だったら何?、私があなたに王女としてそれを命じたら、あなたは言うことを聞いてくれるって言うの? ねえ、どうなのよ!?、何とか言いなさいよっ!」
「そ、それは……」
彼女の強情かつ手厳しい追及に、私はついに言葉に詰まってしまった。
重々しく表情を浮かべる私の顔を見たからか…、奮激が冷めて落ち着きを取り戻したシエラは再びゆっくりと語り始めた。
「ごめんなさい…意地悪なこと言ってしまって…。私ね…どうしても学校というものに行ってみたくて…、無理を言って宮中でのお勉強と両立する条件で、一生徒として学院に通わせてもらってるの。だから毎日通うことが出来なくて…、それにお城の中じゃ同じ年の対等なお友達なんか出来ないから、クラスのみんなとどう接したらいいかもわからなくて……、せっかく学校に行けてもいつも一人ぼっちだった…。編入早々にみんなと打ち解け合えているあなたが、とても輝かしく見えたわ…。そんなあなたが、私なんかに『友達になろう』って言ってくれた…。本当に嬉しかった…。いつも一人眺めていた教室の窓からの景色が、より鮮やかに彩られたようだったわ…。だからお願い……、そんなこと言わないで…!、私の側からいなくならないで……!」
シエラは終盤、体を震わせて涙を流しながら、声を振り絞って私に縋り付くように訴えた。
彼女の子供のように純真無垢で悲愴な涙を見て、私は心が張り裂けそうなぐらいに痛くなった。
烏滸がましいようだが、それだけ私が彼女にとって大事な存在になっていたことに気付かされたのだ。
そして…、それは私にとってもそうだった。




