第3章 3.リグの想い
そうこうしているうちに、目的の賭博場とやらに到着した。
まるで寂れた倉庫のような外観…、彼らに付いて中に入ってみると、カードゲーム、サイコロ賭博、ルーレット…、薄汚い身なりの大人の男たちが、様々な種類の賭け事に興じていた。
当然、そこには、少女どころか女性一人すらもいない。
賭けの結果を巡ってトラブルになったのか喧嘩をしている者たち…、大負けしたのか発狂して奇声を上げている者…、側で酒瓶を抱えて酔っ払って寝込んでいる者…。
その退廃的で殺伐とした空間に、私は直感的に身の危険を感じた。
「ご、ごめん…私はやっぱりいいや…。街巡りでもしてるね…。じゃ、じゃあ、また後で……」
私は一方的にリグにそう告げて、そそくさと逃げるようにその場を後にした。
さて…、一人になって途方に暮れた私は、とりあえずリグに伝えた通り、街巡りでもすることにした。
こんな治安が悪そうな地区でも、人通りが多い場所なら、少女一人でもたぶん問題はないだろう。
それに単純に、商店やそこで売られている商品には興味があった。
そういうわけで、何気なく目に留まった一軒の商店に行ってみるが、私はそこで現実を思い知らされた。
さっきは遠くから眺めていたのでわからなかったが、目の前まで近づくと、店頭に置かれた野菜や果物は所々腐っており、店内にはハエなど小虫が飛び交っていて、生臭い異臭が漂っている。
その不衛生過ぎる店内は、今の私には到底耐え難いもので、私は逃げるように店から飛び出した。
こうして、少し距離を置いて各商店の様子を見て回るが、肉屋や魚屋はそのまま常温で虫が集った商品を店頭に並べているし、服屋や金物屋には中古品と思われる薄汚れた商品しか置いていない。
私は言えば、頻繁に街行く男たちから、舐め回すような厭らしい目で見られている。
そして…
「きゃっ…!」
「へへへ…、すまねえな嬢ちゃん…」
下衆な笑みを浮かべた小汚い男が、通りすがりに私の胸を掴んで来たのだ。
そんなふうにして、ぶつかる振りをしながら私の胸やお尻を触って来る者も数人いた。
(こんな街に興味を持った私が馬鹿だった…、一刻も早くここを抜け出したい…、家に帰りたい……)
今にも泣き出しそうに、そう切に思ったその時だった。
私の目の前を、リグが小走りで通り過ぎたのだ。
彼は私の存在に気が付いていないようだ。
私は彼の後を追いかけて、背後から大声で声を掛けた。
「ちょっと…!リグくん、どこに行くの!?」
「おお、何だクラリスか…。いや…あいつらがさ、喉乾いたって言うんで、酒を買いに行くところなんだ。まったく…参っちまうよな…。まあ、頼りにされてるんだから、悪い気はしないけどな」
リグは「じゃあ、また後でな」と一言言い残して、小走りで去っていった。
それは使いパシリにさせられているだけなのではないのか…。
(やっぱりおかしい…!、どう考えても、こんなのまともな交友関係じゃない!)
とはいえ、今のリグにそれを忠告したところで、先ほどみたいに聞く耳持たずだろう。
そうなれば……、私の足取りは、再びあの賭博場に向かっていた。
あの少年たちと話をして、リグから手を引いてもらうのだ。
あんな身なりでも、一応はリグが友達と言い切った人間たちだ…、根っからの悪人ではないだろう。
私が誠心誠意話をすれば、きっとわかってもらえる…、そんな甘い期待を私は抱いていた。
賭博場に着き、私は恐る恐る中に足を踏み入れる。
当然のことながら、場内の男たちの視線が全て私に集中する。
得も言われぬ恐怖に酷く緊張しながらも、私は男たちに視線を一切合わさず、前だけを向いて少年たちを探すが、彼らはもうすでに場内にはいなかった。
散々、場内の男たちからは奇異な目で見られたが、幸いにも声を掛けられることはなかった。
屋敷から抜け出る時、土にまみれたのが功を奏したのだろうか…。
手掛かりがつかめないまま賭博場を出て、とりあえずリグを探そうと思ったその時、賭博場の裏手から大声で談笑している男たちの声が聞こえた。
(あの声はまさか…)
そう思って裏手を覗いてみると…、案の定彼らはいた。
ずいぶんと盛り上がっているようなので、しばらく隠れて様子を見ることにした。
「しっかし、アレだな…、本当にリグ様様だよなあ」
「まったくだぜ、毎週食い物持って来てくれるし、最近じゃ金まで持って来るようになったからな」
背嚢袋とは別に、リグが彼らに手渡ししていた物…、あれはお金だったのか…。
「少し優しくしただけで、簡単に俺らに懐きやがって。まったく、名家のお坊っちゃまはチョロいよな」
「ぶっちゃけ、最近は結構ウザいんだけどな。でもまあ、アイツのおかげでこうやって金も入って俺たちが遊べるんだ。贅沢言っちゃいけねえな」
「違いねえ、うはははははっ!」
やっぱり私の思った通りだった…、彼らはリグを金ヅルとして利用していただけだったのだ。
話せばわかると考えていた、私の見通しの甘さも痛感した。
とにかく、リグを無理矢理連れてでもここから出よう…、そう思ったのだが……。
「それにしてもアイツ本当にバカだよなあ。俺らが友達だって…?笑けて腹が痛くなるぜ。まあこれからも、お友達料をがっぽりいただいてやろうぜ。ははははっ!」
……………………
「……そんな…ひどい…!」
「あっ?、何だ、お前!?」
気が付けば、私は彼らの前に姿を現していた。
リグの想いを踏み躙る、彼らの物言いに我慢ならなかったのだ。
「リグくんはあなたたちのことを友達だと、ずっと信じてたのよ? それなのに…こんな仕打ちって…ひどすぎる…!」
「ああっ、何言ってんだこいつ……、あっ、こいつリグが連れて来た女じゃねえか!」
「何だ、消えたと思ったらノコノコと戻って来やがったのか。まあ聞かれちまったもんはしょうがねえ…。折角だ、アイツからの手切れ金代わりに、この女でも犯っちまうか」
「ヘヘヘ…そいつはいいな」
そう言って、彼らは下衆で厭らしい笑みを浮かべて私に詰め寄る。
実際のところ、魔術を使えば、彼らをねじ伏せるくらいのことは造作もない。
しかし、平時における街中での術の使用は固く禁じられている。
それに正当防衛とは言え、彼らに大怪我、いや…下手をすれば殺しかねない。
そして何より、私たちがここにいたことを知られるのが、一番都合が悪かった。
今の私になす術はなく、私はあっという間に彼らに取り囲まれる。
すると、リーダー格の少年が仲間に咄嗟に指示をする。
「こいつらは魔導士だ。魔導士は手から術を出すらしい。手を押さえろ!」
私は腕を組み伏せられて、ベルトで後ろ手に縛られた。
「へへへ…これでもう変な術は使えねえだろ…。それにしても改めて見ると、本当にいい女だな。名家の令嬢とヤレるなんて、マジでリグ様様だぜ」
「い、いや……やめて……」
私の顎を掴み、品定めをするように舐め回す目で私を見る少年に対し、私は恐怖で震えながら無意識に声が出た。
ブチッ!
「ッ…!」
ついには、少年の一人が、無理矢理私のブラウスを襟元から引き裂いた。
ブラウスのボタンが弾け飛び、開いた胸元からは乳房が垣間見える。
「おおー、ガキの割にはいい乳してんじゃねえか。たまんねえな…」
興奮した少年の、生温かく臭い吐息と鼻息が、私の顔に吹き掛けられる…。
性欲に駆られて理性のない野獣と同然の彼らを前に、私はもう、絶望と恐怖で声も出せなかった。
ただただ、蒼白になった顔を強張らせて、涙目で打ち震える。
「助けて……リグくん……」
無意識にそう強く願ったのか……、次の瞬間だった。
「おいっ、お前ら何やってるんだっ!」
その声の先にいたのは……リグだった!




