第3章 2.リグの友達
屋敷外に出てからも森は続いている。
そしてまた、リグによって踏み固められたであろう獣道も続いている。
それにしても気になったのが、さっき彼が言っていた『むしろ少し薄汚れていた方が好都合』という言葉。
一体どういう意味なのだろうか…。
森の中をひたすら歩き続けること数十分…、森を抜けるとそこには城下の街並みが広がっていた。
どうやらあの抜け道は、市街への近道でもあったようだ。
リグに付いて市街地に入るが、そこは私がいつも買い物に行っている繁華街とは、何やら様相が違った。
築年数が古い上に、十分に手入れや補修がされず老朽化が激しい建物が多く、中には石壁が崩落しかかっている危なっかしいものもある。
そこに住む人々の営みはと言えば、店構えは少々不潔感があるものの、商品が店先に積まれた商店がちらほらあり、それなりに活気は感じられた。
しかし、道行く人々の身なりは全体として小汚く、あぶれたように目的もなくフラフラとしている大人の姿も目立つ。
私がガノンにいた頃に、檻の中から見ていた街の風景を彷彿とさせ、あまりいい心地がしない。
ところで、リグの言っていた言葉の意味…、ようやく理解が出来た。
小綺麗な格好をしていると、ここでは悪目立ちし、最悪襲われる可能性があるのだろう。
リグは一切の躊躇もなく、この不穏な地区の深部へと進んでいく。
迷路のような路地を往くことおよそ10分、私たちの前に五人ほどの少年が現れた。
年齢は私たちと同じ年から数歳年上ぐらい、皆この地区の住人と違わず、小汚い身なりをしている。
すると意外にも、リグの方から彼らに声を掛けた。
「おう、待たせたな!」
「おう。ん…、誰だ、その横の子…? まさかお前の女か?」
五人のうちのリーダー格の少年が、私の存在に気付く。
他の少年よりも一際体格が大きく、顔には大きな切り傷の跡があった。
「ばっか…!、そんなんじゃねえよ。ウチの養女でクラリスって言うんだ。一応籍上は俺の姉ちゃんになるのかな…。でも実質タメみたいなもんだけどな」
私は「ど、どうも…」と、不安げながらに彼らの前で頭を下げる。
「ほーん…、羨ましいねえ…お坊っちゃまは…」
「だからそんなんじゃねえって…」
少年の一人が、皮肉たっぷりにそう言葉を吐いたが、鈍感なリグはその皮肉に気付いていないようで、呑気に顔を赤くして苦笑いを浮かべながら言い訳をしている。
一体、彼らとはどんな関係なのだろうか…。
「そんなことより、今日はどこへ行くんだ? 早く行こうぜ」
「まあ待てって…、その前にアレ出してくれよ」
「おう、そうだったな。ほら!」
そう言って、リグは持参したパンパンに詰まった背嚢袋を彼らに渡した。
「うほっー、きたー!」
袋を受け取って、少年たちは歓喜を上げる。
そして間髪入れずに袋を開けて、内容物をチェックし始めた。
「おおー、今日は干し肉があるじゃねえか! あとは…パンにチーズにピクルス、干し魚、干し杏、干し葡萄、ビスケット…まあまあだな」
背嚢袋に詰められた中身は食品だった。
屋敷の食材庫からくすねてきたのだろうか…。
そういえば少し前に、料理番のおじさんが、最近何故か貯蔵庫の食品の量が帳票と合わないとボヤいていたのを、たまたま横で聞いたことがある。
我が家は家族だけでなく、30人近くいる家人の食事も賄っているので、これぐらいの量なら、消えても大した問題にはならないだろうが…。
「あと、ほらこれ」
リグはさらに、リーダー格の少年に何かを手に握らせるように渡した。
「へへへ…いつもすまねえな」
彼は厭らしい笑みを浮かべて、リグから受け取ったそれをそそくさとポケットに入れる。
目の前で餌をお預けされている子犬のような目で、期待に胸をときめかせているリグに、少年は言った。
「よし、じゃあ今日は街の賭博場に連れて行ってやるぜ」
「うおー、マジか! そいつは楽しみだな」
リグは興奮を抑え切れない様子で返事をして、何の疑念もなく少年たちに付いて行った。
移動中、私は彼らに聞こえないぐらいのひそひそ声でリグに尋ねた。
「ねえ…、あの人たち一体何者なの…?」
「何者って…、俺の友達に決まってるじゃんか」
彼は何の躊躇もなく、あの少年たちを友達と言い切った。
その発言に、私は強い違和感を覚えた。
物品を渡して交遊をしてもらう…、そんな打算的な付き合いが、果たして友達関係と言えるのか…?
そりゃあ、私だって10年分の記憶がなく、人付き合いの経験はとても乏しい。
よって、偉そうなことを言える立場ではない。
それでも…ジェミス、リグ、フェルカ、フェニーチェ、ターニー、バラッド、アルタス……
私が友として慕い愛した人々は、私に損得勘定では到底論じることが出来ない、計り知れない安らぎと活力と勇気を与えてくれた。
友というのは、本来そういう存在ではないのか…?
「でも、あの人たち、リグくんに物を要求してたよ? そんな友達関係なんておかしくない? それに賭博場なんて、私たちが行っていい場所じゃないでしょ?」
「うっせえなあ…。どうせウチは金持ちなんだ、少しぐらい持ってない奴に恵んでやったっていいだろ。それに賭博場だって、あいつらはいつも入り浸ってる場所なんだ。何も問題はねえよ」
リグは私の言葉に、全く聞く耳を持とうとしなかった。




