第3章 1.リグの休日
これより第3章ですが、今章は短めのエピソードとなります。
主にクラリスとリグ、二人のお話です。
晩餐会から1週間が経ち、ようやくあの非日常の余韻も抜けて、私たちはいつも通りの変わらぬ日常を送っている。
私はといえば現在、体力強化などの補助術の習得を目指しているが、如何せん、通常の魔術とマナへのアプローチの方法が全く異なるため、中々コツを掴めずにいる。
リグはひたすらに、今使える術の威力を追い求めるような修練をしている。
お義父様からは、出来る限り多属性多領域の術を習得するよう指導されているのに、いつか雷を落とされないかが心配だ。
そして、長男のトテムだが、彼は来年の王立魔導審査会に向けて、さらに己の術に磨きを掛けていた。
王立魔導審査会とは、魔導士が王国に仕えるための試験であり、これに合格することで宮廷魔導士の称号を得ることができる。
もちろん、これ以外にも宮廷魔導士になるための手段はあるが、それには余程の経験か人並み外れた魔術の才能が必要で、少なくとも新人は、この審査会に合格する以外に魔導士として王国に仕える道はない。
トテムにとっては、合格すること自体は造作もないことだ。
すでに合格は約束されていると言っても過言ではない。
彼にとっての目標とは、ただ合格することではなく、上位三位以内に入ることだ。
魔導士一族の名家センチュリオン家では、暗黙の了解として、常に審査会において首席かそれに準ずる成績での合格が義務付けられて来た。
見栄や世間体といった理由もあるが、王宮に入ったあと、出世面などで優遇されるという、実利的な理由もある。
そして、一族の中でも逸材とされるトテムは、首席での合格が期待されており、本人もそのつもりなのだろう。
ただ一方で、彼のその自尊心の高さと、周囲の人々が向ける期待の目は、彼をさらに傲慢かつ尊大にさせている。
先日の晩餐会の際には、私たち子供に対して見下すような態度を取ったり、この家の家人にはまるで奴隷に対するような辛辣な態度を取ることもある。
今年は、当家に匹敵する王国第二第三の魔導士の名家、グラベル家とレジッド家の子女も受験するということで、余計に気が立っているからかもしれないが…。
側から見ていて気持ちの良いものではないが、立場上、彼に注意できない自分がもどかしい。
ところで…、ここ数ヶ月前ぐらいからリグの様子が少々おかしい。
休日になると、そそくさと敷地内の森の中に入って行って、そのまま夕方の門限ギリギリまで帰らないのだ。
実のところ、厳格な我が家ではあるが、休日の時間の過ごし方については、門限さえ守ればそれほど制約は受けず、皆が思い思いの過ごし方をしている。
私はと言えば、部屋で読書をしたり、フェルカに料理や裁縫を教わったり、屋敷の近所を散歩したり…。
たまに、私物やフェルカから頼まれた物を買うために、街の方まで出ることもあるが、以前彼女に連れて来てもらった繁華街より路地奥には入ったことはない。
リグは一体何をやっているのか…、気になるところではあるが、男の子には男の子の世界があるのだろう…。
女の私がズカズカと無神経に踏み入るのは、野暮というものだ。
ある日の休日、いつもより遅めの朝食を摂って自室に戻る時だった。
そそくさと廊下を小走りしている、リグの姿を見かけた。
「おはよう、リグくん」
「お、おう…おはよう…」
「いつもお休みの日に、コソコソ何やってるのかは知らないけど、あんまりやんちゃしてお姉様に心配かけちゃダメだよ?」
「なんだ…知ってたのか…」
「そりゃあ、毎回同じ行動してたらね…。大丈夫よ、お義父様に言い付けたりとかしないから」
彼は私に図星を指されたのか、バツが悪そうな表情を浮かべつつ、何か考え込んでいるようだった。
そして、考えがまとまったのか…、私の顔色を伺うように言った。
「なあ…、もしよかったらクラリスも一緒に来ないか…?」
「『一緒に』ってどこに…?」
「ま、街の方かな……」
リグは街へ行くと言う。
何だか腑に落ちない部分もあったが、街になら私だってよく行っている。
特に予定もなかったので、私はリグに付いて行くことにした。
屋敷から出ると、やはり彼はいつものように、真っ先に森の中へと入って行った。
「ね、ねえ…何で森に入るわけ? 街に行くなら普通に門から出ればいいんじゃ…」
「まあ、ちょっと事情があってさ…」
私の疑問に対し、彼は肝心の理由をはぐらかそうとする。
いつもの修練を行う空き地に出て、さらにそこからリグが踏み慣らして作ったのか、細い獣道を通って森の奥へと進んで行く。
進むことおよそ数分…、ついに屋敷の塀にまで来てしまった。
するとリグが、ぼうぼうに生い茂った草薮の中を漁っている。
そして、前もって草薮の中に隠しておいたのか、パンパンに中身が詰まった大きな背嚢袋を取り出した。
「なにこれ……」
困惑する私を尻目に、彼は塀に不自然に枯れ草が盛られた箇所に移動した。
そして徐に、盛られた枯れ草を退かし始める。
すると…、枯れ草を退けた跡には、子供一人が辛うじて通れるぐらいの穴が空いていた。
「よし、行こうぜ!」
「ちょ…ちょっと…、まさかこんなとこを通るの…? 服が汚れちゃう……」
「いいんだよ、むしろ少し薄汚れていた方が好都合だ。それとも、やっぱやめるか?」
(行く場所も告げず、こんなところまで私を連れて来ておきながら『やめるか?』だなんて…、何と無神経な…)
「もう、わかったわよっ!、行けばいいんでしょ!、行けばっ!」
私は声を荒げて、半ばヤケになりながら、お気に入りのブラウスとスカートが土で汚れることも厭わず、穴を潜って屋敷外へと出た。




