第2章 2.気まずい時間
そうこうしているうちに、晩餐会まであと3時間…、私のお粧しも終わった。
姿見で自分の姿を見てみると…、肩部が露出しフリルとレースがふんだんに施されている、バックリボンがアクセントのピンク色のドレス…、大粒のパールのネックレス…、そして、頭は銀色のティアラで飾られている。
またフェルカにとかしてもらった髪は、いつも以上に艶があり、毛先は内巻にされていた。
まだ子供なので本格的な化粧はされていないが、頬と唇の発色を良くするために、少量のチークと口紅が使われた。
「これが私……」
自分の姿を見た、私の第一声がそれだった。
「本当にお姫様みたいね! まあ、元の素材がいいんだから、当然ではあるんだけどね」
フェルカはまるで自分のことのように、興奮気味に喜んでいた。
「この可憐な姿をリグが見たらなんて言うかしら…。あの子の反応が楽しみだわ。さて、私はこれから自分の準備があるから、早くリグの元へ行ってあげなさい」
そう彼女に急かされて…、私は半ば追い出されるように部屋を出た。
彼女の指示通りに、内心ドキドキしながらリグの元へ向かう。
晩餐会の準備で屋敷内は人々が慌ただしく動いており、いつも以上に廊下で彼らとすれ違う。
「まあ…お嬢様……なんと麗しい……」
すれ違う度に、彼らから感嘆気味にそう言われて、私は恥ずかしさから会釈で応えるだけで、逃げるようにその場を後にする。
男性、特に子供のリグは身支度に手間はそれほどかからないので、彼は自室にいた。
コンコンと、私は彼の自室のドアをノックする。
「リグくん…入るよ……」
「おおー、クラリス! ちょうど暇してたんだ、入れよ」
リグはいつもと変わらない、カラッとした快活な声で返事をした。
彼の部屋はその性格に違わず、服がそこら辺に脱ぎ捨てられていたり、読んだ本や教科書なども乱雑に放置されていて、とても散らかっていた。
しかし…、私の姿を見たリグは、暫し目をまん丸にして、私を見つめて呆然としている。
まるで、初めて彼と出会ったあの時のようだ。
じっと見つめられて気まずい状況なのも、あの時を同じだ。
ただ、今は気まずいというよりも、気恥ずかしいと言った方が適切だが…。
「お姉様にしてもらったんだけど……、どうかな……」
「……………お、おう…、悪くはないんじゃねえか……」
数秒の沈黙の後、リグは冷や汗をかいたように硬い表情を浮かべて、ぎこちなく答えた。
そしてソワソワし出した後、急に脱ぎ散らかしていた服を掻き集めて、乱雑にクローゼットに押し込んだ。
「そんなに気を遣わなくていいよ…」
「べ…、別にお前が来たからじゃねえし…。急に掃除したくなっただけだし……」
そう言いつつ、リグは顔を赤らめながら、黙々と服と本を片付ける。
「ま、まあ座れよ……」
リグに促されて、私たちは彼のベッドに腰を掛けた。
すぐ横に、右手と左手がちょっと動くだけで触れてしまいそうな距離感で、彼が座っている。
それなのに、彼は顔を真っ赤にしたまま、私から視線を逸らして押し黙ったままだ。
正直、とても居た堪れないしもどかしい。
いつものように、戯言の一つでも言ってくれたら、この場の気詰まり感は一気に和らぐのに…。
「来るんじゃなかった……」
そう、後悔の念が心の中で生まれ始めたその時…、リグが囁くような小さい声で言った。
「すげえ似合ってるよ…。本当にお姫様みたいだ……」
「えっ…今、何て……?」
彼の言葉は聞こえていた。
ただ咄嗟のことだったので、心の準備が出来ておらず、思わず聞き返してしまったのだ。
すると彼は必死になった様子で弁解をする。
「は、はあっ?、俺何も言ってねえし…! 空耳だろ?、空耳!」
彼の躍起さを見て…、私は面白可笑しくて、笑い出してしまった。
「あはははっ、リグくんって本当に面白いね。うん、そういうことにしておいてあげる」
「チッ…なんだよクソ……」
彼はふてくされたような表情を見せたが、すぐにそれは苦笑いへと変わり、さらに、いつもの無邪気な笑顔へと変わっていった。
そこからは、すっかりぎこちない空気は氷解し、私たちは時間が経つのも忘れて、他愛のないお喋りに耽けた。
「リグ坊っちゃま、そろそろ御仕度を…。クラリスお嬢様もそろそろお越しいただけますよう…」
そうしているうちに、使いの人が私たちを呼びに来た。
身支度をするリグと別れて、再びフェルカの部屋まで行くと、ちょうど支度を終えた彼女が出て来た。
彼女は、華美にならない程度に色鮮やかな宝飾品が散りばめられた、純白のロングドレスを着ている。
髪は、いつもの一本にしている三つ編みをまとめ髪にして、彼女の顔ぐらいの大きさはあるかと思われる、鮮やかな青色の花のコサージュをあしらっていた。
薄く化粧もしているのだろう…、彼女の白く透明感のある肌は、いつも以上に発色が良い。
「お姉様…とてもお美しいです……」
身支度を終えたフェルカの麗しい佇まいを見て、私は思わず感嘆の声が出てしまった。
「ふふふ…ありがとう、クラリスちゃん。そう言ってもらえると嬉しいわ…。さあ、行きましょ!」
フェルカは、意気込むようにそう言って、私に手を差し出した。
私は嬉しさを抑え切れない様子で、「はいっ!」と元気よく答えて、彼女の手を優しく握った。




