第2章 3.一族の子供たち
フェルカに連れられて行ってみると、そこは屋敷内の大広間だった。
こういう行事の際にしか使用されることがなく、普段は閉鎖されているので、もう1年間以上ここで生活している私でも初めて入る場所だ。
広間にはクロスが掛けられたテーブルが整然と並べられ、その上には高価そうな食器が各席、寸分の狂いのない位置間隔で配置されている。
そして、格調ばったスーツやタキシード、華やかなドレスに身を包んだ貴賓客も続々とやって来ている。
見たところ、私と同年代と思われる子供も数人いた。
他家の子供たちだろうか?
これまで見たこともない荘厳で絢爛な雰囲気に、思わずたじろいでしまう。
その時…、後ろからリグがやって来た。
彼は、しっかりとシワ取りがされたピカピカの一張羅に身を包み、首元には蝶ネクタイをあしらわれている。
いつもボサボサの髪は、整髪料でしっかりと七三分けに整えられていた。
こんな彼の姿を見るのも初めてなので、厳粛な場にも関わらず、思わず吹き出しそうになる。
「……ふふふ…に、似合うね…リグくん……」
「う、うるせえ!、お前吹き出しそうになってんじゃねえか! ジロジロ見んなっ!」
ムキになって怒る彼の姿が、余計に面白くて可愛らしかった。
「こらっ、リグ!、こんなお客様がたくさん来られている場所で、乱暴な言葉遣いしないの! クラリスちゃんも少しはしたないわよ? もっとお淑やかに振る舞いなさい」
「はい…ごめんなさい、お姉様……」
フェルカに注意されて、私は笑いを堪えながら彼女に謝った。
そんなふうに戯れている内に、場の空気に飲まれた緊張感はほとんどなくなっていた。
「ありがと…リグくん…」
「はあ?、何で礼言われなきゃなんねえんだよ…。気持ち悪いなあ…」
私の言葉を全く理解出来ていない様子の彼は、戸惑いながらそう答えた。
そうこうしていると、向こうにいた他家と思われる子供たちが、私たちの方へと近付いて来た。
男の子二人に女の子一人…、男の子の一人は恐らく私より少し年上で、スラリとした長身に肩に着く程度の長さのサラリとした髪、温和で優しそうな顔付きで眼鏡を掛けており、知的な風貌の子だった。
一方、もう一人の男の子は、その眼鏡の彼とは対照的に、短髪で肌は日に焼けているからかやや黒く、年齢はリグぐらいで、彼同様幼さが残る顔付きをしている。
決して容姿自体がリグに似ているわけではないが、ポケットに手を突っ込んでいたり口笛吹かして歩いていたり…、その粗野な所作から、イメージがぴったし彼と重なる。
そして、女の子の方は、恐らく彼女も年齢はリグと同じぐらい…、黒と赤の子供にしてはやや大人びたドレスを着用している。
パッチリとした翡翠色の瞳に一際長いブロンズ色の睫毛、金髪の長い美しい髪をロール状に巻いて、大きめのリボンでアレンジしていた。
年齢一桁の子供とは思えないほどの堂々とした所作で、顔立ちが整っていてとても可愛らしいが、その顔付きからは気の強さを感じた。
「お久しぶりにございます、フェルカお姉様」
「あら、バラッド君、2年ぶりよね…。またまた凛々しくなったわね…」
「恐れ入ります」
眼鏡の彼ことバラッドが、率先してフェルカに丁重に挨拶をすると、彼女はとても嬉しそうに彼を迎えた。
バラッドが口火を切ったように、彼の後ろに隠れるように立っていた女の子と、彼の横にいたもう一人の男の子が一斉にフェルカの元に駆け寄る。
「フェルカおねーさまー!、会いたかったです〜!」
「フェルカ姉ちゃん、俺も、俺も!」
「はいはい…、フェニーチェちゃんにアルタス君…私もよ…」
(アルタス…、確かお義父様の弟の子…?)
それにしても、容姿が似ているわけでもないのに、本当に佇まいがリグそっくりだ。
彼らの勢いに少々押されながらも、フェルカは我が子を宥める母親のように、彼らを優しく迎える。
ところがその時…、突然、リグがアルタスに詰め寄った。
「お前、馴れ馴れしくウチの姉ちゃんにちょっかい出してんじゃねえぞ」
「ああっ、ただ挨拶しただけだろうがっ! そんなに姉ちゃん取られるのが嫌か、このシスコン野郎!」
「何だと、てめえっ!」
わけもわからず、いきなり一触即発の事態となり…、私は当惑して、ただただ立ち尽くすことしか出来ない。
フェルカが言っていた、二人が仲が良いとは何だったのか…。
とりあえず、似た者同士の二人だからか、リグとこのアルタスが犬猿の仲であることはよくわかった。
「こらっ、二人ともやめなさい!」
「おい、アルタスもリグも、お父上に怒られるぞ!、やめろっ!」
フェルカとバラッドが揉める二人を何とか制止しようと試みる一方で、もう一人の女の子フェニーチェは、「まったく…これだから男って嫌なのよねぇ…」とボヤいて、小さい体で肩をすくめる素ぶりを見せる。
純粋なセンチュリオンの血を引いている彼らを前に、完全に蚊帳の外の私は、疎外感を感じないと言えば嘘になるが、出自も過ごして来た環境や時間も違うのだ…、私が彼らと同じ舞台に立てないことぐらい、十分に弁えてはいるつもりだ。
するとその時だった…、目の前の騒動には関わっていない、私とフェニーチェは目が合った。
彼女は目をまん丸にして、私を見つめている。
まるで、初めてリグと出会った時と同じ状況だ。
「……美しい…。なんて素敵なの……」
彼女は呆気に取られたような様相で、唐突に言葉を漏らす。
困惑する私にお構いなしに、フェニーチェは私に尋ねた。
「あ、あの…わたくし、フェルトから来ましたフェニーチェ・ヴィア・センチュリオン、8歳です。あなたのお名前は…?」
気が強そうでおませな彼女のイメージを裏切る、素直でいじらしい自己紹介に思わず戸惑うが、私は彼女の誠意に応えるためにも、気を取り直す。
「私の名前はクラリス・ディーノ・センチュリオン、12歳です。よろしくね」
緊張しながらも精一杯の笑顔で自己紹介を返すと、彼女は私に対して祈るように手を組んで、目を輝かせて私を見つめる。
「……クラリスお姉さまぁ……」
まるで感嘆の言葉を吐くかのように…、彼女は浸り入った様子でそう呟いた。
リグとアルタスの件が一段落したみたいで、そうなると、必然的に注目は私に集まる。
「ところで、フェルカお姉様、この方はどなた様ですか?」
まずはバラッドが、フェルカに私のことを尋ねる。
「あら、ごめんなさい、紹介が遅れたわね。この子の名前はクラリス、我が家の次女よ」
フェルカはそう答えて、私に視線を送る。
「はじめまして、次女のクラリス・ディーノ・センチュリオン、12歳です。よろしくお願いします」
彼女の視線に促されたように、私は目の前にいるバラッドとアルタスに自己紹介をした。
「こちらこそ、お初にお目に掛かります。私の名はバラッド・ヴィア・センチュリオン、11歳です。フェルトのセンチュリオン南家の長男で、こちらのフェニーチェは私の妹になります。至らぬ点もあるかと思いますが、よろしくお願い致します」
バラッドが、極めて丁重に挨拶を返してくれた。
てっきり、彼は私よりも年上かと思っていたのだが、なんと年下だった。
しかもこれで、リグと同じ年だというのだから驚きだ…。
とても年下とは思えない、大人びて落ち着いた彼の佇まいに、彼と話していると少し緊張感すら覚える。
「こらっ、アルタス、お前もご挨拶しろ」
続けて、バラッドはアルタスに対して、私に自己紹介をするよう促す。
指示されたのが不満だったのか…、アルタスは不服そうな顔でだんまりした後、渋々口を開いた。
「俺の名はアルタス・ローネ・センチュリオン、10歳…。……てか、あんた誰…? 次女って言うけど、俺こんな奴初めて見るぞ? 余所者じゃねえか…。どこのどいつだよ、こいつ?」
彼の突飛もない発言に、融和ムードが醸成されつつあったこの場が、一瞬にして凍り付く。
実のところ、この手の反応は覚悟はしていた。
そりゃあそうだ…、いきなり見ず知らずの小娘が、本家次女の座に当然のように居座っていたら、誰でも不審に思うだろう…。
先にバラッドがそういう反応を見せなかったのは、単に彼の人柄によるものに違いない。
しかし、実際に面と向かって、こう現実を突き付けられると、とても気が滅入る。
悪感情が表情にもろに出てしまった私を見て…、リグが再びアルタスに詰め寄り、彼の胸ぐらを掴んで、怒りを露わにする。
「おいっ、お前クラリスに謝れよっ!」
「は、何でだよ? 本当のこと言っただけだろ!」
さすがにこの騒ぎには、周りの大人たちも気付き出したようで、周囲がざわつき始めている。
「おい、リグ、落ち着け」
バラッドが熱り立ったリグを制止しつつ、アルタスを咎める。
「リグの言う通りだ。お前が悪い。すぐさま彼女に謝れ!」
「そうよそうよ、お姉様に謝りなさいよっ!」
兄に加勢するように、フェニーチェもアルタスを激しく非難する。
「ちょ、ちょっと…、みんな冷静になりましょう……」
フェルカが皆を落ち着かせようと呼び掛けるも、皆が激情に駆り立てられているこの状況下では、彼女の言葉でさえも誰の耳にも届かない。
「何だよ、お前らみんな…、偽善者ぶりやがって! 本心ではおかしいと思ってんだろ!?」
アルタスがさらに声を荒げる。
そんな一向に収拾が着きそうにない状況で、ある意味一番の当事者である私は、とても居た堪れず、またその原因となったことに強い罪悪感を感じていた。
私のせいでこんなことに……。
「ごめんなさい……、少し一人にさせてください……」
私は一方的に皆にそう告げ、その重苦しい表情を見せることなく、逃げるようにしてその場から立ち去った。




