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とある魔導士少女の物語   作者: 中国産パンダ
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第2章 1.兄と母のお話

 私がこの家にやって来て、早一年が経った。

 さて…、明日はセンチュリオン家主催の晩餐会の日…、昨年は本家のみでの主催だが、今年は2年に一度、一族合同による大規模なものとなる。

 センチュリオン一族は私たち本家を筆頭に、北方の都市フォークの北家とフェルトの南家とに分かれる。

 そして明日は、北家南家はもちろんのこと、王国中から当家と親交のある貴賓客が一堂に会する。

 私はそれに先立って、昨日、お義父様より話を受けた。


「クラリスよ…、明後日はセンチュリオン一族主催の晩餐会がある。しっかりと準備をしておきなさい」


「はい…。ただ…私、そのような格式高い場に出るのは初めてで…、何か粗相をしてしまうのではないかと不安なのですが……」


「そんなに固くならんで良い。お前はいつも通りにしていれば問題ないだろう。むしろ心配なのはリグだ。去年は事前にあれだけテーブルマナーを叩き込んだというのに、音立て鳴らすわ床に落とすわ、挙句には手掴みで料理を食べようとするわで大恥をかいたわ……」


 お義父様は先のことを想像したのか…、胃を痛めたような、やや陰鬱な表情で力なく語った。


「でも、準備と言っても、私は何をすれば…?」


「女の身支度に関しては、男の私にはわからんよ。フェルカに聞きなさい。きっと良いようにしてくれるだろう」


 そう言って、彼は颯爽と私の前から立ち去った。



 こうして今、昨日お義父様に言われた通り、私はフェルカの元を訪ねている。


「あら、どうしたの?クラリスちゃん」


 彼女は、いつものように安らぐ笑顔で出迎えてくれた。


「明日の晩餐会の準備について、お姉様に聞くようにとお義父様が仰って…」


「ああ、そのことね。大丈夫よ、お父様に言われなくてもそのつもりだったから。当日はクラリスちゃんをお姫様みたいにしてあげるわ!」


「あ、ありがとうございます……」


 『お姫様』という言葉に、気恥ずかしさを感じる一方で乙女心をくすぐられて…、私は沸き立つワクワク感を抑え切れない様子で、フェルカに礼を言う。


「ところで、やっとお父様って言えるようになったわね…」


 フェルカが感慨深げに私を見つめて、頭をそっと撫でる。


「はい…そうですね……」


 ここに至るまでの、お義父様との様々な情景が脳裏に込み上げて来て…、私は感傷に浸るようにそう答えた。

ところが…


「あとは、お兄様とも打ち解けられればいいんですけど…」


 特に他意もなく、そう言って話を続けた時だった。

 穏やかな優しいフェルカの表情が突然曇り出す。

 そして、彼女は衝撃の言葉を放つ…。


「……残念だけど、それは無理だわ、クラリスちゃん…。あの人は自分がこの家を継ぐことと、自身の魔導士としての名声しか考えていないの…」


「そ、そんな……」


「悪いことは言わない…、クラリスちゃん…。あの人とは距離を置いた方がいい。あの人に関わっても、あなたが傷付くだけよ…」


 まるで優しさを体現したような彼女の口から、このような言葉が出たことに、私は途轍もないショックを受けた。


「ごめんなさい…失礼します……」


 私は酷く落胆して、フェルカの部屋を出た。



 そして、晩餐会当日になった。

 昨日の件がまだ尾を引く中、私はフェルカにお粧しをしてもらっている。

 すると、彼女の方から話を切り出して来た。


「ごめんね、クラリスちゃん…、昨日は変なこと言っちゃって…。そうよね、あなたの言う通りだわ。信じていれば、いつかはお兄様とも打ち解けられるわよね…」


「いえ…、私は気にしてませんから……」


 もう一年以上も彼女と生活しているのだ…、それがフェルカの本心でないことはすぐにわかった。

 というよりも、そもそも彼女は、嘘を吐くのがとても下手な人間のようだ。

 それでも…、私はもうこの件を蒸し返すつもりはなかった。

 これ以上、フェルカとの仲を気まずくしたくはないし、何より彼女の方から歩み寄ってくれたことが嬉しかった。

 それに、他人がどう思おうと、私さえしっかりしていれば…、私が根気強く頑張れば道は必ず開ける……、そう思っていた。

 とりあえず、無事フェルカと打ち解けられたところで、私たちはまたいつもの仲良しの姉妹に戻ることが出来た。

 仲直り直後の円熟した場の空気を利用して、私は気になっていたことを聞いてみた。


「あの…もしよろしければ、この家のお母様のお話を聞きたいのですが……」


 確か、彼女らの母親は、早くに病で亡くなったとだけは聞いている。


「いいわよ…。そうよね、同じ家族なのだもの…気になるわよね…」


 フェルカは決して暗い表情を見せることなく、物悲しげながらも優しい表情で快く話してくれた。


「私たちのお母様はね、エスカという名前で、私が6歳の時に亡くなったの…。私と同じで、元々体が弱い人でね…リグを産んだ際にひどく体力が消耗して、さらにそこで運悪く流行り病に掛かってね……。だからリグはお母様のことを全く覚えてないのよ…。可哀想に……」


「……お母様はどのようなお人だったんですか?」


「とても優しくて気立ての良い、素晴らしい方だったわ。まさに私の理想の女性だった…。実は私、リグの姉だけど、あの子の母のつもりでもあるの。そう思えるのも、やっぱりお母様の面影が脳裏に焼き付いているんだと思う。実際、母親としてはお母様には遠く及ばないけどね……」


 フェルカは自嘲気味に苦笑いを浮かべて、母への想いを語った。

 その時…


「そ、そんなことないです…!」


 私は咄嗟に言葉が出た。


「差し出がましいこと言ってごめんなさい…。確かに私はお母様がどれだけ素晴らしいお人だったかはわかりません…。でも…私、初めてお姉様に出会った時、まるでお母さんのような懐かしさというか優しいぬくもりを感じたんです…。だから…そんなことはないと思います……」


 勢いのままに、私は話し出してしまったが、終盤で言葉が詰まり、最後は尻すぼみの状態で話を終えた。

 しかし、私がそんな言葉足らずな弁明をしても、フェルカはちゃんと私が伝えたかった意を汲み取ってくれた。


「ありがとう、クラリスちゃん…。そう…私のことをそんな風に思ってくれていたのね…。嬉しいわ。もし、あなたさえよかったら、私のことをお母さんと思ってくれてもいいのよ…?」


「えっ…、いや…それは……」


 フェルカの突飛な発言に、困惑して言葉に詰まる私を見て、彼女は屈託のない安らかな笑顔を見せた。


「ふふふ…冗談よ。お顔真っ赤にしちゃって…本当に可愛いわね……」


 そう言うと、フェルカは自身の右手を私の左頬に優しく当てた。

 彼女の柔らかく温かい手の温もりが、じんわりと頬に伝わる…。

 私は全てを彼女に委ねるように…、ただただその幸福感に満ちた余韻に浸っていた。



 ところで、気を取り直した私はここぞとばかりに、フェルカにその他の気になることを質問した。


「そういえば、お義父様には他にご兄弟はいらっしゃらないのですか?」


「そんなことないわ、弟様が二人がいらっしゃるわよ。ご次男の方はフェルトに住まわれていて、今日息子さんを連れて来られる予定よ。その子の名前はアルタスって言って、ちょっとリグと仲が良いの。ご三男は、実は魔導士になるのが性に合わなかったみたいで、今では城下で魔導器具を製造販売する仕事をされているわ。だから、ちょっと私たちとは疎遠になっていてね…」


 フェルカは少し寂しげな表情を浮かべつつ、答えてくれた。


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