第1章 最終話.家族になるということ
こうして、私たちは二人でカンタレ先生の授業を受けることになった。
リグは私に迷惑をかけまいと…、そして私に追い付こうと、これまでの怠け癖が付いた姿が嘘のように、一生懸命に勉学に打ち込んだ。
一方の私も、付きっ切りで彼を教えた。
そうすることで、彼への心咎めは徐々に消えていって、心持ちは楽になった。
特に術式については、元々センスがあったのか、次々と新しい術式を覚えていった。
「へえー、術式ってこうやって組み立てられて出来てるんだなあ…」
「そう、術式を構成する一つ一つの成分に、それぞれ決まった意味が付与されてるの。まずは火水雷風などの術の根源となる元素記号を中心に置いて、その周りに現象の形態や範囲、方向、威力などを決定する指示記号を接続記号で結び付けて、有機的に連動させる。上手いこと記号配置が出来れば術式が成立して、魔術として発動する感じかな…」
「難しい言葉はよくわかんねえけど……、まあ、確かにその与えられた意味から覚えていった方が、頭に入りやすいな。やっぱ、お前すげえよ」
「そ、そんなことないよ…。リグくんがそれだけ頑張ってるんだよ…」
「そ、そうだな……はっははは……」
リグは照れ隠しをするように、ぎこちなく笑った。
カンタレ先生からもこう言われた。
「クラリス、本当にありがとうね……。まさかあの悪餓鬼があんなにまで改心するとは…。全部あなたのおかげよ……」
そう言った彼女は、涙ぐんでいるように見える。
「そ、そんなことないですよ…。リグくんが頑張ってるだけですよ……」
「あんたは本当に良い子だね…。あのぶっきらぼうで不器用な子が、あんたには本心を見せようとする理由がよくわかるわ」
「えっ…それってどういう……」
彼女から、思ってもみない言葉が飛び出て、私は反応に困った。
「気付いていないのなら、無理に知ることはないわね。こういうのは他人から言われるものでもないしね。まあ、そのうちあんたにもわかるよ…」
そう私に語りかけた先生は、子を見守るような、とても穏やかな笑顔をしていた。
そして、肝心の魔術はというと…、リグが言っていた通り、自身の魔素と心通じて一度発動に成功すると、これまでの苦難が嘘であったかのように、心の中で術式を念じるだけで発動出来るようになっていた。
ご主人様に初めて会った時に言われた、『魔術の素質がある』というのは本当だったのだろう…。
これまで座学でしっかりと術式を学んでいた甲斐もあって、炎雷風水氷…使いこなすにはまだ至らないが、多属性の術を発動出来るまでになった。
その成長ぶりを見て、ご主人様は、
「うむ、やはり私の見込んだ通りだった。よくぞ、ここまで頑張ったな、クラリス…」
厳つい表情の中に薄っすらと笑みを浮かべて…、私を褒めてくれた。
その様子を見て、リグが興奮気味に言う。
「すげえな…、父上にここまで褒められることなんて、まずないぞ。まあ、俺が教えてやったんだからな、当然だけどな!」
「うん、そうだね…。みんなリグくんのおかげだよ」
「そ、そういう反応やめろよ…。調子狂うなあ……」
私は、「ふふふ…」と軽く笑いながら、戸惑うリグを愛しく見つめていた。
ここまで来て…、勉学など、リグと共に過ごす時間が増えたことで、私は彼の性格人柄を熟知し、その扱い方にも慣れて来た。
そして彼は彼で、事ある度に私に絡んで来た。
「なあ、クラリス…、俺さ…将来このジオスだけじゃない、クアンペンロード全体に名を轟かす最強の魔導士になるんだ。その願いが叶った時には、お前を俺の嫁にしてやるよ!」
「ふふふ…、うん、楽しみにしてるよ」
いつものように、リグの戯言に付き合ってあげていると、たまたま通りかかったフェルカが私たちの会話に入って来た。
「こらっ、リグ!、クラリスちゃんはお姉さんなのよ? そんな口の利き方しちゃダメでしょ!」
フェルカの注意に対し、リグはいつもように減らず口を叩く。
「姉ちゃんとは年離れてるけど、こいつは年上って言ったって2歳しか変わらないじゃん…。タメみたいなもんだよ、なあ、クラリス?」
「うん、そうだね。あの…お姉様…、私は全然気にしていないので、どうかリグくんを叱らないであげてください…」
「まったく…あんたという子は…。クラリスちゃん、本当にリグが迷惑かけてごめんね…」
フェルカは力なく私に謝ったが、当のリグはそんなことどこ吹く風で、平然とした表情をしている。
「第一『嫁にしてやる』だなんて、女の子に対して失礼でしょ! クラリスちゃんにだって選ぶ権利があるのに…。それに、私たちは家族なんだから、あなたとクラリスちゃんは結婚なんて出来ないわよ?」
フェルカの言葉に対し、リグは反論した。
「家族って言ったって、俺とこいつは血が繋がっていないんだろ? だったら結婚できるんじゃね?」
「こ、こらっ…!リグ!」
リグの言葉が私の心に刺さったと思ったのか…、フェルカは思わず彼の言葉を遮ろうとする。
しかし、確かに無神経な言葉だったのかもしれないが、彼の無邪気さと大らかさのせいか、その言葉が私を傷付けることはなかった。
私は笑いながら、「大丈夫ですよ」と、酷く心配するフェルカを気遣った。
フェルカが去った後、私はリグに気になっていたことを尋ねた。
「リグくんってさ…、なぜお姉様のことだけ『姉ちゃん』って呼ぶの?」
彼はしばらく物思いに耽るような仕草を見せた後、私の問いに答えた。
「うーん…、別に大した理由じゃないんだけどさ…、姉ちゃんだけが本当に家族って感じがするんだ。兄上は性格最悪でいけ好かない野郎だし、父上は父親としては尊敬しているけど、俺には手が届かない全く別世界にいるような人だし…。それに比べて姉ちゃんは、小さい時から親身に常に俺の側にいてくれたんだ。自分は病弱なクセに、それでも俺の心配ばかりしてくれたよ…。だから自然に『姉ちゃん』って呼ぶようになった。ただ、父上の前でそう呼ぶと、ぶん殴られるけどな…」
「そっか…、そうだね、優しい人だものね、お姉さん……」
「うん…、そうだな……」
リグは、少し物悲しげな表情を浮かべて、そう言葉を吐いた。
私がこの屋敷にやって来て早数ヶ月…、ここでの生活もすっかり慣れた。
フェルカとリグやカンタレ先生が親身になって私を助けてくれたし、執事長のコマック始め、使用人の人たちも、私を令嬢というよりも、まるで自身の娘や孫娘に接するかのように可愛がってくれた。
ご主人様は相も変わらず厳格な佇まいだが、魔術の修練などで褒めるときは褒めてくれる。
そんなわけで、私はとても充実した日々を送っていた。
しかし…、そんな中で気がかりだったのが、長男のトテムのことだった。
未だに、彼とは会話すら出来ずにいる。
屋敷内の廊下でたまに出会うことはあるが、私が挨拶をしても無視される。
最初のうちは、私のことをただ侮蔑するような目で見ていたが、最近は敵意が混ざったような鋭い眼光で、私を睨み付けるように視線を送って来る。
リグは、『性格が最低最悪』と言っていたが…。
果たして、トテムと打ち解けられる日は来るのだろうか…?
とある日の朝のことだった。
私は屋敷の廊下にて、偶然ご主人様に出会った。
いつもならここで、『おはようございます、ご主人様』と挨拶して頭を下げるのだが、この日は何故か私の心持ちが違った。
ご主人様に褒められる機会が増えて、彼に対する畏怖心が和らいだせいもあるかもしれない。
私は特に考えがあるわけでもなく、その場でこう言ってしまった。
「お、おはようございます、お義父様…」
緊張して畏まったように両掌を前に合わせ…、いつもよりも一段と深く頭を下げ…、ご主人様の表情は見えない。
たった数秒の沈黙がとても長く感じる…。
そのたった数秒の間に、後先考えずに言ってしまった、後悔やら不安やらが私の心を過ぎる。
しかし…、私の心配とは裏腹に…
「うむ、おはよう、クラリス」
ご主人様は私にそう挨拶を返しただけで、そのまま通り過ぎてしまった。
いつものように淡々とした冷厳な口調ではあったが、私にはそれだけで、彼の思いは十分に伝わった。
それ以降…、私がガノンの街からずっと付き従って来た彼は、真の意味で、私の『ご主人様』から『父親』になった。
第1章はこれにておしまいです。
皆様、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
次回から、第2章、新エピソードに入ります。
それに伴い、新キャラも増えます。
今後とも、よろしくお願い致します!




