渚にて5
空には雲一つなく、燦然と輝く太陽がこれでもかと熱を浴びせる。眼前に広がる大洋が寄せて返す波の音と蝉の声が辺りに満ちている。
浜辺は思っていたよりも小さく、人もあまりいない。あまつさえ泳いでいる人さえもいない。この町にきている人は海を向くようにして立っているショッピング施設に来ているようだった。
「どうして人が少ないの?」
また麦わら帽子をかぶっている麗奈に聞く。
「ここの海は大腸菌がいるから」
「大腸菌っておなかにいる?」
母なる海とは言うけれど、人の体の中じゃあるまいしとてもいるとは思えなかった。
「そう、その大腸菌。この海には私たちが生活で使う水を処理したものを流しているの。でも、雨が降ると処理しきれなくなってそのまま垂れ流される」
私は目の前に広がる海が途端に汚く見えた。
「汚くはないの?」
「そんなこと言っても、どうせ私達はこの世から消えるのだから気にしてもしょうがないでしょう」
確かに言われて見るとその通りだった。
「うん。綺麗な死に方も、汚い死に方もないものね」
麗奈はじっと目を閉じて頷く。多分、海の音を聞いているのだと思う。
私も目を閉じる。蝉の声、体に感じる熱、潮風の匂い、そして、潮騒。視界がなくなって余分な情報が消えると、そこにある自然を感じた。
私達がいく場所、それはこの自然なんだと思った。
「私達はここに溶けていくんだね」
「そうだよ、小夜」
音と感覚の世界に麗奈の声がこだました。
†
浜は公園になっていて名前も知らない木々が植えてあった。
私達は麗奈の持ってきたレジャーシートに寝っ転がりながら、その木の下で直射日光を避けて、ずっと海の音を聞いている。打ち寄せる波と返す波、その周期的な音が心を穏やかにさせていた。
これは瞑想だった。私達が心置きなく死ねるようにするための準備だった。
だけも昨日ちゃんと寝られなかったせいで微睡み、私はいつの間にかに眠っていた。
顔に冷たいものが触れて目が覚める。
「やっと起きた」
麗奈が私の頬に触れながら、微苦笑している。
私が寝ている間に帽子は取ったらしく、長い髪が潮風に遊ばれている。
「もうやるの?」
「ううん。まだだよ。まだ人がいるから」
確かに人はいるが、ずいぶん疎らに見えた。
「さっきよりも少ないね」
「お昼の時間だから」
麗奈はカバンから取り出した銀の懐中時計を私に突き出した。
時間は十二時半をまわったところで、思っていたよりも寝てしまっていた。これから死ぬのにもったいない気がした。
「ご飯食べるでしょう?」
私は欠伸をしながら頷くと、麗奈は鞄からビニール袋を取り出す。
「コンビニで買っただけのものだから、味は大したことないけどどれ食べる?」
麗奈は卵サンドとハムサンド、ツナサンドを取り出した。
「ツナ」
一言そう言うと自分で言って子供っぽい言い方だと思った。
私は気恥ずかしさから奪うようにツナサンドを取って袋を開けて食べる。
口に入れるとツナのあっさりとした味が広がる。確かに、あまり美味しいとは言えないけど、寝起きの私にあっさりとした味は食べやすかった。食べやすかったから思わずいっぱい頬張って咀嚼し飲み込むと、変なところに入って咳き込んだ。
「口に入れすぎだよ」
と言いながら、大きな水筒を渡してくれる。
それを一気に飲み干すと、麦茶だった。
胸のあたりに感じる異物感がゆっくりと落ちていくのを感じる。
「ありがとう」
「いいんだよ」
麗奈は微笑む。そんな麗奈を見ると、何も食べていないことに気づいた。
「食べないの?」
「お薬のせいか。最近食欲なくて。でも少し食べなくちゃいけないから、ちょっとだけ小夜の食べても良い?」
「いいも何も、麗奈のだから」
「ありがとう」
麗奈は私の口をつけたところをわざわざ何口か食べた。
「ツナとマヨネーズ、それに小夜の味もするね」
麗奈は冗談めかして笑う。
「もういらないの?」
「うん。あとはこれだけ」
またカバンから錠剤を取り出して手のひらに乗せ、私に見せてくる。
「効果は?」
「鎮痛剤。死ぬほどの痛みを抑えてくれるの」
「でもガンのせいで起きる頭痛は抑えられないのでしょう?」
「この薬の副作用にも頭痛があるからどっちが原因かは分からない」
麗奈は静かに首を横に振りながら言うと、続けて「けど」と口にして薬を口に含み、カバンから取り出したペットボトルのお水で流し込み、
「何も飲まないよりかはずっとマシ」
と言って薄く笑う。
外はこんなに明るいのに、麗奈からはおどろおどろしくてはかない印象を受け、私は見とれてしまっていた。
「食べないの?」
麗奈の声で我に返り、今度はちゃんと噛んで飲みこんでいく。
食べ終わると伸びをする。伸びた体に活力がわいてくるのを感じた。
麗奈を横目で見ると、立ち上がって木陰から日のもとに出ていく。
「どうしたの?」
「ずっと寝っ転がっているのも、それはそれで疲れるから少し動きたいの」
「散歩?」
「ううん、予行練習。海に足だけつけてくる。小夜はどうする?」
「行くよ」
私と麗奈は浜辺を歩く。
少女が二人同じような白い服で歩くのが珍しいのだろう。すれ違うたびに男女関係なく私達のことを凝視している。
麗奈はしばらく歩くと、満足したように足を止めて海の方を見る。そして、サンダルを脱いだ。
私が同じように海を向き麗奈の手を握ると、麗奈は首だけこちらに向ける。
「小夜はいいから、私のことを見ていて」
麗奈は私をリードしたいのだろう。本当は一緒に行きたかったけど、握った手をすぐ離す。
「見てて小夜」
「うん」
麗奈はそのまま歩いていき、波打ち際で止まるとじっと海を見る。水平線の向こう側、そこをじっと見据えている。麗奈が見てきた未来が今、目の前にあるのを感慨深く見ている。
ゆっくりと足を踏み出す。波の感覚を確かめるように海に入っていくと足首まで浸からせている。
麗奈は足を止める。
ワンピースの裾に当たりそうなほど海に入った麗奈は、片足を蹴り上げる。はじかれた水が太陽の光に触れて宝石のように輝く。
足を変えて、繰り返し行い、向きを変えあっちこっちに動く。舞踊とかは知らないけど、照り輝く太陽の下で白く美しい麗奈が舞でもしているように見えて、言葉も出ないくらい綺麗だった。
周りを見ていると、男女のカップルが数名足を止め、口を半分開けて間抜けな顔をさらしながら麗奈のことを見ている。
麗奈は時折私達を見ると薄く笑う。
みんなそれを見て感嘆のため息をついていた。
私はそれが誇らしくて、ほくそ笑んでいた。
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次は5/13に更新予定でございます。




