渚にて4
海の近くまでは麗奈の家の近くにあるバス停から一本で行けるそうで、もう長いことバスに揺られている。
お母さんには止められなかったのか麗奈に聞くと、昨晩遅くに抜け出してベッドの中にぬいぐるみを入れて偽装しているそうだ。ゆいぐるみが早々にバレないよう部屋の前に注意書きも書いて万全らしい。
私は陽輝さんには何も言わずに、というよりは会わずに来た。昨晩も帰る前に結局寝てしまったし、朝起きてから会おうにも今日は土曜なのに家にいなかった。
不思議に思って、カレンダーを見ると発表と書いてあった。ただの言い訳で顔を合わせたがらないだけかと思っていたけど、私の相手ができないくらい忙しかったのだと今朝知った。
今日死ぬと言うのに心残りができそうで嫌だったから、机の上に手紙を置いた。麗奈みたいに深いことは言えないけど、育ててくれたことの感謝とこれからは自分のために生きて欲しいことを書いた。
私がいなくなればきっと陽輝さんもお母さんに似ている私を見ずに済んで、お母さんの呪縛から離れられると思った。
「麗奈は遺書みたいなの書いた?」
右から左に動いている景色を窓に頬をつけて眺めている麗奈に私が聞いた。
「どうしたの急に?」
「麗奈は死んだ後、誰かに残す言葉はあるのか知りたくて」
考え込んだように少し黙り込んでからおもむろに口を開く。
「親には一応書いたよ。私は死ぬ理由と育ててくれてありがとうとかありきたりな言葉を並べたよ」
麗奈はまだ窓の外を見ている。
遺書というのは被るらしい。親への感謝の言葉は卒業式とかでも馴染みあるから無意識にみんな似たようなことを書くのかもしれない。
「死ぬ理由は何て?」
私の問いに麗奈は小さく声に出して笑う。
「私が病人でいる限り、自然と死に向かうようにできてますって。だから、この体に住んでいるガンだろうと、私自身の手だろうと大した差はない。むしろ死ぬ時を選べるのだからそっちの方が良いって」
「でも、麗奈は私達だけの死が欲しいから死ぬんじゃないの?」
麗奈は私の方を見て冷笑する。
「嘘に決まっているじゃない。これは永遠に返されることのない、静かな仕返しなの。私を正しく見ることのできなかった両親への」
言い終えて麗奈はまた外の景色を見る。
「自分達が育てた存在が選ぶ死の瞬間は、自分達の目の前ではなかった。暗にあなたたちを選ばないって言っているの」
ガラスに映っている麗奈は、冷たい瞳が暗く輝いていた。
「小夜は何て書いたの?」
「育ててくれてありがとうと、自分のために生きて欲しいって書いた」
「ふーん」
麗奈は口を動かさずに素っ気なく答えるとちょうど運転手さんが次は終点とアナウンスした。
私は外を見る。途中渡った大きな橋からは積まれたコンテナの山と海の端が見えたけど、ここからは大海の姿は見えない。
バスが緩やかにブレーキをかける。一時間以上揺られてやっと目的地にたどり着く。
座席から立つと、周りには数名のカップルがいた。
海と言えば若いカップルや友達同士、家族で行くものだけど私達が死ぬ場所は人気が少ないのだろうか。
麗奈のことだから、ぬかりはないのだろうけど私と麗奈だけで死にたい。観客はいらない。
私達の死を見世物にはしたくなかった。
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