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人として生きたい  作者: 松吉なぎ
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闇夜花7

 私達はすぐに病院を出て帰路についた。夕方来た時は分からなかったけれど、あたりの街灯は少なく、また月光が雲から出てくることもなかったせいで薄暗い中女の子二人で夜道を歩いた。


 バスはもうなく、歩いて駅まで行ってから電車に乗った。麗奈と別れる時になって麗奈は、また行こうと言って薄く笑った。


 私はあんな事をしたのに、何事もなかったのようにいつもの笑顔を浮かべる麗奈が不思議でたまらなかった。


 家に着くと、私は真っ先にお風呂に入った。それは汚れを落とすためではなく、お父様のことを考えるのに一番適しているように思ったからだ。


 頭や体を洗い終えて、顔を洗う時に私は唇を触わる。この唇が私と麗奈の心の架け橋になっていたのが奇妙に思える。この小さな口が互いの存在を意識させ、自分の存在を浮き彫りにさせるものだと言うのが夢のように思える。


 湯船に浸かりながら、私はお湯にたゆたっている橙色の照明を見てさっきまでのことを振り返る。


 麗奈に感じた違和感の正体、自らの現実感を生み出すために暴力を振るっていたこと、その証の手首にあったあの白い筋が私には印象的だった。


キスも私には刺激的な体験だったけれど、思い返すとあの白い筋が脳裏に浮かぶ。


 お父様が暴力を私にしていたのは、もしかしたら麗奈のように生きている実感を得るためだったのかもしれないと思った。私を痛めつけた後、心地よい疲労感に満たされたお父様は、その余韻の中に自分の存在を見出していたのではないかと思えた。


 かつて私は憎しみのない暴力というものを追い求め、お父様に迫ろうとしていた。まるで雲を掴むような話に思えていたのが目の前にある。その事実は、お父様の真相へと近づいているという確信につながった。


 いつものように湯船に身を沈めようとすると、玄関の鍵を開ける音が聞こえたので私は急いでお風呂から出る。


「ただいま」

「おかえりなさい。夕飯まだ作っていないから急いで作る」


 私が言い終える頃には、陽輝さんは風呂場の前に立っていた。肩を落として、猫背気味になっている。


 陽輝さんは目を見開いていた。


「小夜がご飯を作っていないのは珍しいね。でも、毎日作っているんだから、今日はいいよ。スーパーで惣菜でも買ってくるから。小夜はゆっくりしていな」


 私の様子をつぶさに見ながら優しく言って、すぐに家から出ていった。


 陽輝さんは、普段は怒ることのない人だが怒るときは怒った。小学生の頃などは人の気持ちを理解できておらず、思ったことを言ってしまい、度々言葉で人を傷つけることがあってその度に私は陽輝さんに怒られた。でも他人に害をなさない限り、私を怒ることはなかった。


 私は陽輝さんの言葉通りにゆっくりと体を拭き終え、髪をドライヤーで乾かして一階にあるリビングに行き、食器の用意をする。


 程なくして陽輝さんが帰ってくると、料理を皿に盛り付けた。シーザーサラダとコロッケ、焼き鳥が机の上に並ぶ。そこに陽輝さんは冷蔵庫から出してきた瓶ビールを付け加えた。


 陽輝さんがいただきますと言って、箸を料理につけてから私もいただきますをして料理を口に運んだ。


 陽輝さんは食べたものを流し込むようにビールを飲んだ。口の中の食べ物がしっかりとなくなったのを確認して、私に聞いてくる。


「今日は何かあったの?」


 私はどう答えるべきか分からず、口に入れたサラダをゆっくりと咀嚼して時間を稼いだ。


「部活帰りに友達と本屋行ってきた」


 陽輝さんはその答えに気になるところがあるらしく聞き返した。


「友達?」

「同じクラスで部活も一緒の友達、名前は浅川麗奈さん」


 陽輝さんは関心したように頷いた。


「その子はどんな子なの?」


 私は暗くておどろおどろしい麗奈の姿が浮かび、また言葉が詰まる。もし、私が大人で陽輝さんが子供なら前やられたように、子供が聞くなと言えるのにと思った。


 私はゆっくりとお茶を飲みながら答える。


「肌の白い女の子で落ち着きのある子」

「友達はその子だけなの?」


 私の頭には真奈美の顔が浮かんだ。多分傍から見ても私は真奈美とも友達だろう。けれども、もし麗奈がいなかったとして真奈美と私が一緒にいる姿が想像できず、真奈美の名前を言うところまではいかなかった。


「うん」


 私はまとまらない思考を落ち着かせるため口に水を含み、返事とも相槌とも取れる言い方をした。


 陽輝さんはそうと呟くように言ったきり、私に何も聞かずにただ料理を口に運び続けた。


 陽輝さんは私に何かを尋ねては、考え込むように黙り込むことがあった。


 恐らくは、お母さんのことを思い出して、お母さんならどうやって育てるのだろうかと考えているのかもしれない。具体的にどういうことなのかは私に分からないけれど。


 お母さんは若くして死んだ。麗奈は若くして死にそうだ。


 以前、麗奈の頭痛を見て死神の名付け親のことを思い出したけれど、誰だって自分の命日は知らない。死は唐突で平等だから。だから、七の月に世界が滅ぶ前に自分が死ぬなんてことも十分あり得る。だとしたら、もっともっと麗奈を観察し、考察しなくてはならないと思った。


 私は箸でコロッケを運び、さっきまで麗奈がいた口の中に入れた。


お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ご感想、ご意見賜われましたら幸いです。

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