5-6 戦いの終わりに
目を覚ますと、当然と言えば当然だけれど、目を覚ます前とまったく同じ景色が広がっていた。
高い天井と、広場のように開けて薄暗い場所。周囲の壁はゴツゴツとした岩でできている。紛れもなくここはサマンサと死闘を繰り広げた場所だった。
サマンサをやっつけたという実感がまだ沸いていなかった僕は、少し不安そうな顔をしていたのだろう。
「そんな顔をしなくてももう終わったのよ」
アスカは僕を安心させるように口元に優しい笑みを浮かべた。
その笑みは魔法のように僕を安心感で包み込んだ。
「僕はどのくらい寝てた?」
「一時間ってとこね。本当はユウヤを担いで洞窟から脱出しようかとも思ったんだけど、リリィさんも運ばないといけないし、ナナちゃんはほら」
アスカは僕の腹の方を指さすと、そこでナナが僕のお腹を枕にして気持ちよく寝ていた。
穏やかな寝顔で幸せそうに寝息を立てている。大魔法を二発も使ったのだから、疲労も相当なものなのだろう。
サマンサとの戦いの最優秀賞は、サマンサにトドメを刺したナナだろう。大役を担ったわけだし、このまま寝かせておきたい気もするけどそういうわけにはいかない。
「ナナ、起きて。いくよ」
ナナの身体を揺さぶってあげると、抵抗するように身じろぎした。
そういえば、これまでの五年間で僕がナナを起こしてあげることはほとんどなかったような気がする。いつも寝坊するのは僕のほうで、いつもナナに起こしてもらっていた。
こんな些細なことでも、改めて僕はナナに支えられていたんだなと実感する。
「うーん。もう食べられないよう」
「ナナちゃん。随分、ベタな寝言を言うのね……」
アスカは呆れたように目を細める。
そんな寝言を聴くと、なんだかこれから日常が戻ってくるんだろうなと思う。
いや僕にとっての日常はもうこの世界にはないのか。
僕のお腹に涎を零しているナナは、きっと幸せな夢を見ているのだろう。
でも僕はあのサマンサに悪魔の素質があると言われた男。その幸せな夢を中断させる冷徹な男なのだ。
「おきろーっ!」
「うわっ! なになに!?」
ナナの頭に手をのせ髪をくしゃくしゃとすると、ナナは跳び上がるように起き上がった。
「目が覚めた?」
目覚めのよいナナは、すぐにいつもの元気な表情に戻った。それを見て僕も地面から腰を上げる。
「ねえ、そうだ! あれやろうよ。せっかく世界を救ったんだから、アスカさんとユウヤが前にやってた、私たちが最強だよってやつ!」
「それはいいね。それじゃあ、アスカ、それとマリヤも一緒にやろう!」
アスカも同意を示してくれたが、僕らから少し離れたところにいたマリヤは戸惑ったような表情を浮かべていたので、僕ら三人で彼女に詰め寄った。
「私はやらなくていい。別に何もしてないから。三人でやればいい」
困惑の混じった声でマリヤが言うが、ナナはそんなのお構いなしでマリヤの腕を取ろうとする。
「いいから。マリヤちゃんもやろうよ!」
しかし、この世界のものに触れられないマリヤの身体は、マリヤの意識とは無関係にもナナの手を拒んだ。
「前にも言ったと思うけど、この世界の生命体は私に触れられない。私はあなたとは違う存在だから」
「そんなの関係ないよっ! 一緒にやろう」
どこまでも真っ直ぐのナナの言葉に、マリヤは助け船を求めるような視線を僕らに送ってきた。
「マリヤ。もう観念しなよ。こうなったら、ナナは止められないよ」
「そうね。せっかくだし、四人でやりましょう」
僕とアスカは目配せして、二人がかりでマリヤの腕を掴んだ。マリヤも一瞬は抵抗したものの、すぐにそれが無駄だと悟り、力を緩めて僕らに腕を預けてくれた。
「仕方ない。じゃあ、さっさとやりましょう」
諦めたような表情のマリヤ。だけどその横顔はどこか嬉しそうに見えた。
「やったー、ありがとうマリヤちゃん!」
マリヤの手を掴んで喜びを表現しようとするナナだが、その手はむなしくマリヤをすり抜けていた……。
大きく息を吸って、僕たち四人は広い天井に向かって手を掲げ、人差し指を突き上げる。
「僕たちは世界を救った勇者だ。 決して、歴史に語られることのない戦いだったかもしれない。だからこそ、僕たちの記憶にこの戦いを永遠に刻み込もう!」
僕は声高らかに宣言すると、天井や壁を反射して僕の声が洞窟内に響き渡る。
やがてその音が消えたことを確認してゆっくりと腕を下ろす。
「相変わらずユウヤはこういうの好きよね。ま、あたしも人のこと言えないんだけどさ。今回はユウヤに譲ったけど、次はあたし主導でやるからね」
「うんっ! なんかいいね! こういうの。私も絶対忘れないよっ!」
ナナは楽しそうにぴょんぴょんと跳ねている。
「たまには悪くない……かも」
マリヤは少し恥ずかしそうに俯きいている。
そんなマリヤの表情が初めて見られたのだから、やった甲斐はあったというものだ。
とまあ、こんな感じで一息ついたところで、抜け殻となってしまったリリィさんの身体もとへと歩み寄る。
足下には拳二つを重ねたくらいの真っ赤な宝石が落ちている。イヴの身体が抜け出たものよりも数段大きく、サマンサという悪魔の強大さを感じた。
「リリィさんこれで、全部終わったよ」
眠ったように目を瞑っているリリィさんに、手を合わせながら報告する。
「リリィさんって、すっごい綺麗な顔してるね。ニールと二人で歩いてたら、みんな振り返って二人のことを見るんだろうな」
目の端にうっすらと涙を溜めたナナが、リリィさんの整った顔立ちを眺めている。
リリィさんの身体を持ち上げて、その場を後にした。
帰り道、相変わらず洞窟内は薄暗かったが、行く時に感じた不気味な気配はすべて消失しており、僕らは晴れやかな気持ちで洞窟を抜け出した。
洞窟から地上に顔を出すと、すでに太陽は西のほうに傾いており、雲一つない空は夕陽で真っ赤に染まっていた。
「さて街に戻る前に、リリィさんをニールの隣に眠らせてあげよう」
そして僕らは洞窟を後にして、ニールが眠る共同墓地へと向かったのだった。
これから話すのは、森を歩いている時にマリヤから聞いた話だ。すべてが終わった今となってはどうでもいい話かもしれないけれど、いろいろと興味深いものがあったのでかいつまんで説明をする。
むしろすべてが終わったからこそ、マリヤはこうして僕に説明をしてくれるようになったのだと思う。
まずは大魔法エクスプロ―ジョンについて、本来エクスプロージョンという大魔法は、相手の肉体を越えて精神に対してを直接攻撃する魔法であり、物理的な威力は二次的なものにすぎないらしい。あれだけ大きな爆発が起きていたにもかかわらず、それはただの副産物にすぎないらしい。
もちろん僕自身も『硬化』の魔法を使用せずに、生身の状態で受けていたら間違いなく命はなかっただろう。それくらい間近で見たエクスプロ―ジョンの爆発はすさまじいを通り越して、エグかった。
次に悪魔についての説明、ミニデーモンやイヴのような、第三者の手によってこの世に召喚された悪魔はこの世界に実体を持ち、実体があるならば僕達でも致命傷を与えることができる。現にイヴに関しては、僕がトドメを刺したしね。
ただ、サマンサのような、純粋にこの世界に存在する悪魔に関しては少し特殊だ。彼らは実体を持たず、精神体だけでこの世界に留まっていることが可能で、物理的な攻撃がいっさい通用しない。だからエクスプロ―ジョンなどの魔法を利用し、精神面から攻撃してやる必要がある。
要するに、いくら僕が奮闘しても、永遠に僕の手でサマンサを倒すことはできなかったわけだ。
ここから先は、マリヤが語ってくれたわけではなくて、僕の推察によるもの。
サマンサを滅し、この世界を救ったのは、この世界の住人であるナナだ。
結局、僕やアスカはその手伝いをしただけにすぎなかったわけだ。
世界の均衡とやらのためには、この世界を救うためにはこの世界の住人が手を下さないといけない、みたいな縛りがあったのかもしれない。マリヤがそこまで見越していたかはわからないけれど。
僕は勇者としてこの世界に送り込まれた。世界を救う勇者になれたかどうかは、自分でも疑わしいところがあるけれど、世界を救うという契約条件は達成できた。
これで思い残すことがない――というわけじゃないけれど、僕は元の世界に戻ろうと思う。




