5-5 最終兵器その2
僕の剣とサマンサの右腕が交錯した瞬間、サマンサの右腕が吹き飛ばされ、身体を失った右腕は灰となって空気中に消えてゆく。。
「結局、ただ切れ味が増しただけ。それじゃあ、意味ねえんだよ!」
サマンサが僕に向かって言い放つと同時に新たな右腕が生えてくる。
力任せに振り回してきたサマンサの左腕を、身体を低くしてかわして横へと回り込む。その勢いで同じように右腕を切り落としてやる。
「仮にお前らの言う所での心臓を貫かれたって、俺はなんともない」
吐き捨てるように言うと、時間が巻き戻されたかのように新たな右腕が生えてくる。
「やってみなくちゃわからない。バラバラに引き裂いてもダメだったら、そしたらまた別の方法を考える。僕は絶対に諦めない」
「ひでえこと言いやがるぜ。この身体は、おまえの大事だった人の恋人のものなんだろ。お前も悪魔の素質があるぜ。魔王の手先として、俺と一緒に世界を征服しねえか」
サマンサの軽口には答えず、僕は無心でひたすら斬りかかる。
自分の中に眠っているすべての力をぶつけるように、感覚を研ぎ澄ませていると、サマンサの反撃にも対応できるようになった。ひょっとしたらマリヤが僕に力を貸してくれているのかしれないが、その分析をしている暇はない。
ただ消耗は激しく、身体全体にとんでもない疲労感が襲いかかっているが、このさい無視することにした。
それでもサマンサに致命傷の一撃をたたき込むことは叶わず、サマンサは胴体が引き裂かれようと、頭が吹き飛ばされようと、数瞬後には五体満足で復活する。
「馬鹿の一つ覚えというか、どれだけやっても、てめえに俺は殺せない。あがいた所でテメエが死ぬ時間が少し伸びるだけだぜ!」
「はあ……はあ、はあ……」
構わない。それでも斬り続ける。僕にできるのは、これしかないから。
ついに身体が言うことを聴かなくなってきて、何度もサマンサの反撃を受けるようになってくる。
身体が真っ赤に染まって、炎の中に突っ込んでいるかのように熱い。こんな状態でも、なんとか身体が動くことが自分でも不思議なくらいだった。
それでも、僕はひたすら斬り続ける。
そんなボロボロの僕の身体を、サマンサは滑稽なものを見るような目で見ている。
構うもんか。
覚束ない足取りで、サマンサへと斬りかかる。
しかし、もうとっくに身体の限界を迎えていた僕は、ついに気力まで限界を迎えてしまったかのように、サマンサの目の前の何もないところで躓いてしまい、情けなく足をもつらせながらサマンサへと身体を預ける。
サマンサは呆れたような表情で僕を見下ろしながら僕の体を支えた。
僕がこの態勢から反撃することもなければ、そもそもすでに反撃できるだけの力も残っていないと思い、そんなボロボロの僕を見て内心でほくそ笑んでいることだろう。
事実その通りなのだからそこは認めよう。強がっても結果は変わらない。
だけどっ! 僕はこの瞬間を狙っていたのだ。
絞りかすみたいな最後の気力を振り絞って、サマンサの背後に回り込み、羽交い締めにする。
「まだ元気が残っていたのか。それで? こっからどうするんだ? くくっ、拘束したところで俺を殺す算段はついているのか?」
拘束されたサマンサは、突然の僕の行動に笑みを零していた。
ああそうだ。
すべてはこの作戦のための布石。
「かっちんこっちんになれ!」
珍妙な呪文は、広場全体に蔓延していた緊張感を弛緩させた。
「くっ、くはは、なんだその間抜けなセリフは。とうとうとち狂っちまったか? ん? いや、な――」
緩んだ空気は一瞬で引き締められ、自分がどういう状況に置かれているかを把握したサマンサはジタバタともがいて僕の拘束から逃れようとする。
「なにをしやがった?」
鋭い目つきで首だけを動かして背後の僕を睨み付ける。
一度は狼狽えたサマンサだったが、この状態になった僕から追撃がないことを確信すると、いつもの表情に戻る。
「これも魔法なんだか知らねえが、確かにこれで俺の身体は動けなくなった。だけどな、おまえはこの状況から俺に攻撃を仕掛けられるのか? 無理なんだろう? だったら俺はこのままのんびりとおまえの魔法が解けるのを待っていればいいだけだ」
確かに、この状態でいられるのはせいぜい二分が限界だろう。しかもこの状態になってしまった僕は指先一本動かすことができないわけで、サマンサに致命傷を与えることなんてできやしない。
そう、僕はね。
サマンサが拘束された状態で数秒が過ぎた時洞窟が、いや世界全体が大きく震え始めた。
その震源地に立っている少女は、両腕を神秘の光に包み込んでいる。
気絶して倒れていたはずのナナは、すこぶる健康的な顔つきでサマンサを、そしてその奥にいる僕を見据えている。
その横では、アスカが仕事を成し遂げたような満足した表情をしている。
「今度は全力全開! さっきのも全力だったけど……、今度は百二十パーセント!」
ナナの両腕の腕輪が、激しく輝いている。
「な、なぜ――」
呆然と呟くと、サマンサはこれから自分の身に起こることを予見したのか、もがく力がいっそう強くなるが、『硬化』した状態の僕の拘束は、いかに魔王の力といえど振りほどくことができない。
「いにしえより悪魔を滅亡せし精霊たちよ。私に悪魔を、ううん、魔王を倒す力を私に貸して下さい! エクスプロージョン・バースト!」
今度は空間の歪みに僕も巻き込まれた。
視界がぐにゃりと歪み、その威圧感に圧倒されそうになりながら、僕はサマンサを掴んでいる腕を放さない。
歪みに耐えきれなくなった空間は、その歪みを修正するかのように大きく弾けた。
爆風と轟音が僕とサマンサを包み込んだ。
それでも『硬化』の状態が続いている僕は衝撃を受けながらも、その場に立ち続けている。
「どうして……、なぜだ。あの小娘は気絶させたはずだ……。しばらく意識すら戻らない程度には痛めつけたはずなのに……」
腕の中のサマンサは当然生身の状態なので、炎に炙られながら信じられないという表情をしている。
アスカが使う治癒魔術はこの世界には存在しない魔法。その存在を知っていたのは、僕とマリヤ、ナナだけであり、こうしてその存在を知る由のないサマンサの隙を突く事が出来た。
サマンサの意識では瀕死のナナは戦闘に復帰出来るはずがないと考えていたのだろう。
「なぜだ。なぜ、俺から受けたダメージが回復してやがる。回復……、まさか――」
その可能性に思い至ったのか、サマンサは歯を食いしばって背後にいる僕を睨み付けた。
この一瞬を突くために、アスカはボロボロの身体になってもなお自分の身体に治癒魔術を施すことなく隠し通してきた。
「貴様、こんな奥の手まで隠してやがったのか!」
口角に泡を溜めながら、声を荒げるサマンサ。
灼熱の炎に炙られてサマンサの生気が徐々に希薄になってゆく。
自分の運命を悟ったのか、サマンサはどこか諦めたような表情で呟く。
「やられた。こりゃあ俺の負けだ。ここまで完璧に策を練ってくるとはな。しかしこの状況だとお前も巻き添えだ。くはは、俺と一緒に地獄へ墜ちようじゃないか」
ネジが振り切れたのか、その端正な顔にサマンサは笑みすら浮かべている。
「それじゃあ、我慢比べだ。ナナはきっとあんたの気配が完全に消えてなくなるまで、この炎を維持し続けるだろう。あんたが消滅するのと、僕がこの状態を維持できなくなるのは、どっちが早いか勝負だ」
言い返すと、サマンサは僕から目を逸らしてため息をついた。
「その賭けはどのみち俺にメリットはなさそうだな。おまえが地獄にいったところで俺には関係ねえことだし。今回は勝ちを譲ってやるよ。ただ、これで勝ったと思うなよ。もう一度俺は地獄から這い上がり、おまえたちのまえに立ちはだかってやる。そのときは本気でお前らをたたきつぶす」
吐き捨てるように言葉を並べると、リリィさんの身体に漂っていた邪悪な気配が薄れてゆく。
間もなくして、その邪悪な気配は完全に消え去り、僕の足下に宝石のような硬い石が転がる音とともに、腕の中のリリィさんはがっくりとうなだれて僕に身体を預けた。
「ナナ! もう大丈夫だ!」
すると、僕らを包んでいた巨大な炎の勢いが弱まり、それからすぐにその炎は消失した。
周囲に危機がなくなったことを確認して、僕は『硬化』の魔法を解く。
魔法の反動で身体のいっさいに自由が利かなくなった僕は、腕に抱いていたリリィさんの身体を支えていられなくなり、彼女の身体が腕から抜け落ちる。そして僕自身も地面に膝をつく。
「ユウヤ!」
ナナは全速力で僕のほうに駆け寄ってくると、そのまま勢いを落とすことなく、僕に抱きついてきた。その衝撃を受け止める気力すら失われていた僕は、残念ながら仰向けに倒れてしまい、後頭部を地面に思いっきり打ち付けた。
「――あだっ!」
「よかった! よかった! ぐすっ――」
危うく致命傷を追いかけて僕に対して、ナナは無慈悲にも僕の胸に顔を押しつけてくる。
胸のあたりに広がっている湿った感触は、僕の血かそれともナナの涙か。
きっと両方だろう。
気が抜けたせいで、視界がふらついてきた。つい数秒前に後頭部を打ち付けたことも原因の一部かもしれない。
「おーい、大丈夫かね?」
アスカが僕の顔を見下ろしながら、頭を突っついてくる。
「ちょっとヤバいかも。ただでさえあの魔法は消耗が激しいのに、あれだけボロボロの状態で使ったからさ。できればアスカさんの治癒魔術なんかで僕のことを癒やしていただけないでしょうか……」
「悪いわね。ナナちゃんとナナちゃんの腕輪に全魔力を使ったせいで、スッカラカンよ」
手をひらひらとさせて絶望的なことを告げるアスカ。
ああ、なんだか眠くなってきた。
もう脅威は去ったんだし、寝ちゃってもいいよね。
僕はナナのぬくもりを胸のあたりに感じながらゆっくりと目を閉じた。




