5-4 最終兵器
「ぜぇーぜぇー……」
息が絶え絶えになっているが、それでも構わず僕は自分の身体を動かす。サマンサに呪文を唱えさせる隙を与えないため、がむしゃらにサマンサに突っ込んでいき、剣を振り下ろす。
そんな攻防が長時間にわたって続いていた。
最初のうちは、破れかぶれの僕の攻撃がサマンサにヒットしていたものの、それも剣戟を繰り返しているうちに僕の攻撃の単調なリズムにも慣れられて、もはや僕の攻撃はほとんどサマンサまで届いていないという状態だった。
「そろそろ満足したか? 」
僕の刃を軽く躱して、サマンサはつまらなそうに言う。
サマンサの瞳は愚かな攻撃を繰り返す愚かな人間を見下していた。
「はあ、はあ……、そうだね。もう終わりにしよう」
ただ僕だって考えなしで、がむしゃらに攻撃を繰り返していたわけではない。自暴自棄になるには少し早すぎるからね。
「それじゃあ、今度こそおしまいだな」
全身に殺気を身に纏ったサマンサが僕へと仕掛けようとしたその瞬間――サマンサの昨期以上の覇気が洞窟全体を支配し、大気が震え、大地がうねりを上げた。
「な、何が起きた?」
突然の事態に狼狽えるサマンサ。
そう、これこそが僕らの切り札。魔王を仕留めるための最終兵器だ。
かなり分の悪い賭けと思ってたけど、神様はどうやら僕たちに微笑んでくれたみたいだ。
少し時を遡ろう。
これは僕たちが洞窟の中に入ってすぐのこと。
突然、何かを思いついたようにナナが口を開いた。
「この腕輪のことで、相談があるんだけど……いいかな?」
「いいよ。なんの話?」
僕が答えると、ナナは腕を捲って、両腕に巻き付いている腕輪を露出させる。
「もしもだよ、その悪魔とやらが手強くてどうしようもなくなったら、この腕輪の力を解放して、ひとつ試してみたい魔法があるの。私個人の力じゃ到底使えような魔法でも、この腕輪の力があればきっとできると思うから……」
ナナが僕に許可を求めるように上目遣いで僕を見つめる。
「その魔法って、もしかしてエクスプロージョンのことだったりする……?」
おそるおそる訊ねると、ナナは小さな顔を縦に振った。
――エクスプロージョン。
それは、とある偉大な魔道士が魔王と呼ばれる悪魔を葬った時に使ったとされる魔法。
伝説の大魔法の一種で、ナナのような未熟な魔道士が呪文を紡いだところで、魔力が枯渇するだけで何も起きないだろう。
だがドーピングに近いものかも知れないが、ナナの腕に巻かれている腕輪があれば、わずかでも使える可能性があるのかもしれない。
とても曖昧な言い方ではあるが、実際に大魔法を使っているところなんて僕も見たことないし、いくら魔力が増幅しようとそれだけでは大魔法を使いこなすには足りないのかもしれない。
ただゼロパーセントの可能性が、たとえコンマ一パーセントでも増えるのなら、その可能性にすがるのも悪くない。
「わかった。大魔法の反動とか、どんなことが起きるからあんまり使って欲しくないけど……。力を出し切らずに負けるよりはそっちのほうが幾分はマシかもしれない。本当にすべてのことを試してそれでも、サマンサには勝てないと思ったら試してよう」
「うん。わかった。どうしようもなくなったら、使うよ」
ナナは覚悟を決めたように、胸の前で拳をぎゅっと握りしめた。
本当はこの魔法を使うような状況になる前に決着をつけておきたかった。
だけど無力な僕らではサマンサを傷つけることすら敵わない。だからこそ、ここはもうナナに託すという選択肢を取るしかなかった。
洞窟内に、緊張したような空気が張り詰めていた。
絶妙なバランスを保った空気感は、誰かが無闇に触れてしまえば暴走するのではないかと錯覚させるほどだった。
それはあのサマンサですら狼狽えさせている。
「なんだっ! このこれは、いやまさか!?」
この空気を支配する原因に思い至ったサマンサは、焦った表情で目の前にいる僕から一人の少女へと視線を移した。
視線の先では、全身を優しい光に包まれたナナが、サマンサに向けて両手を掲げながら呪文を紡いでいる。
「精霊界住む精霊よ。悪しき力を滅ぼすために私に力を貸して下さい! エクスプロージョン!」
普段の調子とはまったく別人かと思われるような、真剣な表情のナナ。
ナナの口から発せられた力強い呪文が空間全体に響き渡る。
「て、てめえええええええええええええ!!!!」
完全に取り乱したサマンサは、ナナの魔法を阻止するために走り出した。
――だが。
「いっけええええええええええっ!」
ナナの叫び声と同時に、サマンサが立っている空間が大きく歪み始めた。
直後、その空間が轟音とともに大きな爆発を包み込み灼熱の炎が舞い上がった。
洞窟全体が大きく揺れ上がり、爆破場所から少し離れたところに立っていたにもかかわらず、僕は揺れに足を取られて尻もちをついてしまった。
身体全体で大魔法の余波を感じながらすぐに立ち上がって、サマンサがどうなったのか確認したいところだが、それよりも今はナナの心配をしたかった。
「はあ……、はあ……、やったっ! できた、できたよっ!」
ナナは顔中に汗を滴らせて、息を切らしている。当然、疲労は溜まっているのだろうが、その元気そうな姿に僕は安堵の息を漏らした。
ナナの隣にいるアスカも安心したような表情で、作戦成功を告げるように僕に目配せしてきた。僕は小さく頷いてそれに答える。
灼熱の炎がゆっくりと空気中に霧散していき、ゆっくりと砂煙が引いてゆく。
そして目を凝らして、大魔法の跡を見つめると、その場所には抉られて焦げ付いた地面には何も残されていなかった。
それを見て、僕は自分の使命を達成できたことに小さくを息を吐こうとしたその時だった。
「キャアアアアアアアアアアア!」
突然、ナナが空気を切り裂くような叫び声を上げた。
慌ててナナのほうへ顔を向けると、そこには右腕を失ったサマンサが佇んでいた。
僕がサマンサの姿を認識したと同時に、サマンサはナナの腹部目がけて拳を突き立てた。
ごふっ、と息を漏らしたナナは、近くの壁まで吹き飛ばされた。そのままズルズルと壁を伝いながら地面へ倒れ込んだ。
それと同時に、ナナの腕を包み込んでいた黄金の腕輪はその輝きを消失させた。
「ナナ!」
すぐさまナナの元へと駆けよって、肩を揺さぶってみるが、すでに意識を失ってしまったようだった。
「よくも、ナナを!」
怒気をぶつけるようにサマンサを睨み付けると、サマンサはまったく意に介した様子もなく僕を見下ろしている。
「いやいや、さすがに焦ったぜ。まさかあんな大技を隠しているとはさすがに予想してなかった。だがな、いくら大魔法といえど、完璧にコントロールができていない魔法じゃ俺を消し去るのは無理だったな。そんな小娘にあの大魔法を完璧に扱うのはやっぱり無理なんだよ。驚かせやがって。ただいつの間にか俺のナイトメアを破ったのことは称賛に値するぞ。その小娘もお前と同様に強い意志の持ち主みたいだな。ますますおまえらへの興味が尽きないね」
サマンサは危機を脱したことによって若干興奮気味にまくし立ててくる。
「ただこれでお前らは打つ手がなくなったわけだ。その小娘も数日は目を覚まさないだろうさ。いい加減諦めたらどうだ? なんだったら俺の部下になるっていう条件で見逃してやってもいいぞ」
「ふざけ――」
「まだ手はある」
声を荒げようとした瞬間、無機質なマリヤの声が割り込んできた。
僕の前に立ったマリヤは、膝を曲げて僕が手にぶら下がっていたニールの形見の剣の刀身に優しく触れた。
すると、ナナの腕輪のように神秘的な光が刃を包み込んだ。
「ほう貴様がこいつらに肩入れするのか。そんなことをして、世界の均衡とやらは大丈夫なのか?」
「あなたに心配されるまでもない。ナナが大魔法を放ってくれたお陰で、今このあたりの空間はかなり乱れた状態にある。私が少しユウヤたちに手を貸したところで、乱れの一部として世界には認識される」
マリヤの言っていることはよくわからなかったが、それでも僕に手を貸してくれているということだけはわかった。力が未知数のマリヤだが、いやだからこそ力を貸してくれるというのはとても心強い。
世界を滅ぼす魔王に対して、光の剣で世界を救う。これほど勇者としてぴったりなシチュエーションはないだろう。
「あたしだってまだやれるわよ」
いつの間にか背後に立っていたアスカが、拳を構えて端正な顔でサマンサを睨み付ける。
ナナを庇うように、気絶しているナナの前に立って、僕ら三人でサマンサと対峙した。
僕らという獲物を見据えたサマンサは小さく息を吐くと同時に、千切れた右腕の断面から新たな右腕を生やした。
僕はその隙をついて、横にいるアスカに言葉をかける。
「ねえ、アスカの魔法ってさ、人間だけじゃなくて物とかも直せたりできないの?」
「わからない……でも、どうして? あっ!?」
僕たちは横目で、倒れているナナのほうを見る。
右腕には母さんからもらった腕輪。左腕には王様からもらった腕輪が巻き付けられている。
「やってみる価値はありそうね」
小さくアスカが頷いたのを見て、僕は四肢が元通りになったサマンサへと視線を向ける。
「作戦会議はいいか? せいぜい、良い案を考えるんだな。どうせ無駄だろうけどな」
完璧でなかったとは言え、エクスプロ―ジョンという大魔術を食らったにもかかわらずサマンサはまだ余力を残しているようだった。
「くかかっ、さてこれが最終ラウンドだ。さっさとくたばっちまいな!」
僕の体力はとっくに限界を振り切っている。
身体強化の反動がきているのか、身体の節々がぎしぎしと音を立てている。
だけどあと少しだ。
――僕は世界を救う勇者なんだ!




