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3-8 対決、ギーグ山の悪魔

 登山を再開すると、ミニデーモンの襲撃はぱったりと止んでいた。原因はわからないけれど、これ以上の消耗を避けられるのは歓迎すべきことだ。

「もうすぐ、頂上か……」

 ここまで歩いてきた道を思い返して、僕は感慨を込めて呟いた。

 今僕達が歩いているところは、九合目あたりだろうか。

「うん。そうだね。頂上までもうちょっとだから頑張ろう――」

 気合いを入れ直すために拳を西利閉めて呟いたナナの言葉は、第三者の声によって遮られた。

「いいや。その必要はないぜ!」

 どこから現れたのか、僕らの目の前にそいつは立っていた。

 体の大きさは、僕より大きいくらいでニールと同じくらいだろう。目も鼻も口もあって、二本足で立っていて、四肢がちゃんとある。姿形は人間とあまり大差ないように見える。

 しかし決定的に人間と異なっている点があった。全身の色が病人も泣いて逃げるほど真っ青で、へそのあたりには目玉のような不気味な模様が描かれていた。

 全身から放つ邪悪で禍々しいなオーラは、明らかに人間が放てるようなものではなかった。

「待ってるのはあんまり好きじゃないんでね。まあ、ちょっとしたサービスだ」

 この軽い感じの口調は、間違いなくふもとで僕らに話しかけてきたヤツと同一人物だろう。

「僕はおまえを倒すためにここまでやってきた。それでおまえは僕の何を知っている?」

 はやる気持ちを抑えることなく、僕は目の前の悪魔に疑問をぶつけた。

「まあまあ、そう焦るなって、順を追って説明するからよ」

 悪魔はめんどくさそうにぽりぽりと後頭部をかいた。

「おまえをここに呼びよせた理由は簡単だ。お前に記憶を戻すチャンスをやろうと思ってな。でも、お前の記憶のこと、俺が話しちゃっていいのかな?」

 そう言って悪魔はマリヤのほうをちらりとみた。マリヤは悪魔の視線を受け止め、まったく反応をしめさず虚空に視線を彷徨わせていた。

「まあ、良いってことなのかな。しかーし、いきなり全部を教えちゃつまらないだろう。だから戦う前にヒントだけ教えてやろう。もし、すべての記憶を取り戻したかったら俺を倒すことだな――っとその前に、自己紹介がまだだったな。俺の名前はイヴ」

 イヴは胸に掌を当て、僕らに一礼した。その紳士的な仕草に僕は、どう対応するべきかわからなくて、ただにらみ付けてることしかできなかった。

「これははっきりしておこう。キミの記憶を奪ったのは間違いなく俺だ! だから俺を倒せば、君の記憶もよみがえる。どう? わかりやすいよね」

「そうか。お前を倒せば、僕の昔の記憶が取り戻せるのか……」

 僕は剣を抜き、身体の前で握りしめる。いつもよりも柄を握る手に力がこもる。

「昔……? まあ、待てよ。なんか一つ勘違いしてるといけないから、言っておくけど、キミが持ってる一番古い記憶って五年前とかだよね?」

「そうだ」

「なるほどね。キミは五年間こっちで暮らしたわけだ。う~ん、ぱっと見は随分馴染んでるように感じたが、じっくり観察すると、まだまだって感じだな」

 イヴは顎に手を置いて、僕の顔をまじまじとのぞき込むように眺めている。

「…………」

「それって、どういう意味なの!? 何が言いたいの?」

 返す言葉を失っていた僕だが、僕の気持ちを代弁するかのようにナナが叫んだ。

「まあ、ヒントはこれくらいにしておこうか。残りは俺を倒した後に、自分の記憶を噛みしめるがいい。さあ、キミは本当の自分を取り戻すことができるのか? それともあっさりと俺に殺されるのか?」

 ああそっか、なんとなくわかった気がする。

 この間、見せてもらった映像で、僕が今とほとんど変わらない姿をしていたこと……。

 もちろん確証なんてなにもないけれど、そうすればあのとき見た夢についても合点が行くような気がする。ただそんなことが実際に可能なのかという疑問は残るけど……。

「んじゃあ、次はお嬢ちゃんを呼んだ理由だな。それは至極簡単な理由さ。お嬢さんが身につけているその腕輪。俺の計画にどうしても必要なんだよね。ちょっと拝借させてほしいなって」

「ひっ――」

 ナナはイヴから腕輪を守るように胸の前で右腕ごと腕輪を抱いた。

 イヴの言っている言葉の意味を、脳が理解するとともに、身体の内側から何か熱いものがこみ上げてきた。

「あの時のは、お前の差し金か?」

 頭に血が上っている自分を自覚して、冷静になれと言い聞かせながら、静かな口調で訊ねた。

「さて、どうだろうね? さておしゃべりはこのへんにしておこうか」

 首をコキコキとならして、イヴは腰を低くして身構えた。

 それを見て、僕も大地を踏む両足と、剣を握る両手に力がこもる。当然、「クイック」の魔法を使うことも忘れない。

 イヴが地面を蹴り上げ、こちらへと直進する。

 ガギィン!

 イヴを迎え撃った僕の剣と、イヴの右腕が交錯して、甲高い音が響き渡る。

 イヴの肘から先がいつの間にか、剣の刃のような形になっていて、僕の剣を押し返そうとしてくるが、僕はなんとかそれに耐えていた。

 その瞬間、左腕も刃の形に変わり、振り下ろしてくる。

「クッ!」

 僕は横に跳び込んでその攻撃をかわす。地面に着地すると同時に態勢を立て直して、眼前の敵を見据える。

「なかなか、動きがいいじゃないか。前に会った時とは別人だ――」

「ファイアランス!」

 ナナが炎の槍を生み出し、その槍が腰に手を当てて余裕を見せているイヴへと向かっていく。

 イヴは向かってくる炎の槍を一瞥すると、回避する様子もなくただ眺めていた。そして槍の刃先がイヴの身体に触れた瞬間、炎の槍がイヴの体内へと吸い込まれてしまった。

「う~ん。まあまあ良い炎じゃないか。それだけにもったいないなあ。腕輪の力も全然使えてないみたいだし……。そうだ。キミの炎を使って、俺が本物の炎を見せてやるよ」

 言うと、イヴは刃物の形をしていた右手を手のひらの形に戻して、右手に集めた炎をナナに向かって投げつけた。

「ファイアストーム!」

 轟音とともに灼熱の炎の嵐がナナへと襲いかかる。ナナが後ろに退いてそのばから回避すると、一瞬前までナナが立っていた場所にその炎が直撃し、火柱が舞い上がる。

 いや火柱というには生ぬるい。それはもはや炎の壁だった。僕の身長の倍以上はある炎を壁が、僕とナナの間を遮っていた。

 炎の壁によって、完全に僕とナナは分断された形になった。当然、こちらから壁の向こうの様子は窺えないので、ナナがどんな状況にあるのかもわからない。

「ユウヤー! 私は大丈夫だから。すぐにこの炎をどかして駆けつけるから、それまで待ってて!」

 炎の奥から姿の見えないナナの声が聞こえてくる。

「さあて、これでキミはあの子のフォローを受けられない。純粋な一対一の勝負だ。本当はさ、あの子も最初の二人と同じように場所移動させたいんだけどさ。それだと腕輪まで移動しちゃうから。まあ困ったものだよ」

 やれやれといった様子で、イヴが肩を竦める。

 姿が見えなくたって、力を貸してくれなくたって、炎の壁の向こうにはナナがいる。そう思うだけで、僕は頑張らないといけない気分になってくるんだ。

「お前が、何度もナナの腕輪を奪おうとしてたんだな!?」

 凄んだ声でイヴを睨み付ける。

「さーて、どうだろうねえ。俺は君達を襲った二人組の事なんて知らないし、宿を襲った奴の事も知らない」

 口元に手を当てながら、イヴがニヤニヤと笑いを漏らす。

 ああそうだ。間違いない。コイツは僕たちが腕輪を巡って襲われたことを知っているんだ。

 それはどういうことを示すのか。決まっている。あの二人組はコイツの差し金だったということだ。

 あの二人は文字通り悪魔に魂を売ったということか。ただ今はこの場にいないあの二人のことなんてどうでもいい。

 ナナの腕輪を守るためにも、ナナに悲しい思いをさせないためにも、僕はコイツを倒さなければいけない。

 ニールやアスカがこの場にいないのはやっぱり心細いけれど、それでもやるしかない。

 だって僕は――勇者なのだから。

「どうしておまえはあの腕輪を欲する。あの腕輪になにか秘密があるのか?」

「そこまで答える義理はない。とりあえず、俺に必要なものってことだけ」

「じゃあ、なおさら渡せない」

「別にいいよ。キミたちを殺して奪い取ればいいだけだからな」

 イヴが大地を踏みしめて、大きく息を吸い込んだ。

 大気が震え、僕の背筋を冷たいものが駆け抜ける。

 だからといって引くわけにはいかない。

 確かに僕はちっぽけな存在かもしれない。でも勇気を振り絞って立ち向かうことはできる。

「さて、本気で行かせてもらうぜ!」

 イヴが言葉を放った瞬間、目の前のイヴの姿が消えた。左の方から感じた殺気に対して、咄嗟に剣を差し出すと、ちょうどイヴの左手と交錯した。

 刃物のようなイヴの左手の勢いに負けて、僕は数歩後ずさる。

「遅いぜ!」

 体勢の崩れた僕に対して、イヴは追撃をかけてくる。

 肩口を狙った一撃に、僕の身体が何とか反応して、身体を捻ったが完全に躱しきることは敵わず、鎖骨のあたりを抉られた。

「ぐっ!」

 傷は決して浅くはないが、致命傷というわけではない。もし『クイック』で身体強化していなかったら、間違いなくこの一撃に反応できなかっただろう。しかし身体強化していても、反応するだけで精一杯だ。

 このままじゃ間違いなくやられる。時間の問題だ。

「へえーやるじゃねえか。よく今の攻撃を防いだな」

 あくまで余裕そうなイヴ。その態度に苛立ちを感じてはいたが、実際にそれだけの力の差があることは今のやりとりで明白だ。

 待っていても事態は変えられない。障害を乗り越えて、道を切り開かないと何も変えられない。

 僕は地面を蹴り上げ、イヴへと突進する。

「お、潔いじゃねえか。そう言うの嫌いじゃねえぜ。ならこっちも真っ向勝負だぜ!」

 僕の剣とイヴの右腕が交錯する。

 ギィィン!

 金属特有の甲高い音が鳴り響く。

 僕の武器は両手で持っているブロードソードのみだけど、イヴには左右の腕にそれぞれ武器がある。

 イヴは僕の剣を払いのけて、左手を僕の心臓目がけて突き出してきた。

 ――ここだっ!

 僕はイヴの一撃を恐れずに、イヴの左脇腹のほうへと、さらに一歩前へと踏み出した。

 一瞬の差で心臓目がけたイヴの一撃は空を切り、イヴの身体の近くに潜り込んだ僕はその隙を逃さずに、返す刀でイヴの腹を一閃する。ちょうど腹部に描かれている目玉の模様目がけて。

 ――ぐしゅっ!

 だがその一瞬後、地面に膝をついて、血を吐いていたのは僕のほうだった。

 何が起きた?

 僕の腹部から血がぽたぽたと滴り落ちている。

 ああそうだ。思い出した。

 僕のブロードソードがイヴの腹に触れようかという瞬間に、あの目玉からトゲのような鋭利なものが飛び出して僕の腹を貫いたんだ。

 とはいえ、現状を分析できたところで何も変わらない。

 イヴは満身創痍になっている僕を見下ろして、楽しそうに唇の端を歪めている。

「ククク。死にそうになってるねえ。ただ、何の注意もなしで、悪魔の俺に突っ込んできたキミが悪いんだよ。最期はちょっとあっけなかったけど、もうおしまいだな」

 刃の形をした腕の先端が、僕の目の前に晒される。

 動け動け動け!!!!

 脳みそが身体全体に命令するも、身体がその命令を受け入れてくれない。

 イヴが、とどめを刺すかのように腕をゆっくりと振り上げた。その瞬間がスローモーションになって、その後に待っているであろう死という結果を受け入れられない僕は、無意識のうちに目を瞑っていた。

 ――その時だった。

「ファイアランス!!!」

 その声が聞こえてきた時に、僕は反射的に目を開けていた。

 どこからか飛んできた炎の槍がイヴのほうへと向かっていた。イヴは僕へのトドメを中断して、その槍の飛んできた先を眺めている。

「へえ。あの炎を突破したのか。思った以上にやるじゃねえか。でもなあ、こんなちんけな炎は俺には通用しない」

 不適に笑っているイヴは、炎の槍をよけることもせずに迎え入れていた。

 しかし槍が直撃しその炎がイヴの身体を包み込んだ瞬間、明らかにイヴの様子が変わった。

「な、なに……」

 自分の身に起きたことが信じられないというように狼狽えて、よろめきながら後退るイヴ。

「まだこんなもんじゃ終わらないよ。フレアボム!」

 今度は掌サイズの火の球がイヴへと向かっていく。イヴはさっきの『ファイアランス』のダメージが残っており、動けないでいる。

 火の球がイヴに接触した瞬間――。

 火の球がはじけ飛び、爆音とともに粉塵が舞い上がる。

 その爆風の勢いは、当然イヴの近くにいた僕のほうまで飛んでくる。踏ん張るだけの余力もなかった僕は地面を転がった。

「す、すごい」

 僕はナナのの威力に感嘆の声を漏らしていた。爆破の近くにいただけの僕ですらその威力を実感したのだから、直撃を受けたイヴだってこの一撃でやられた、っていうことはないかもしれないだろうけど、それなりのダメージは受けているだろう。

 それにしても、いつの間にナナがこんなのを使いこなせるようになったんだ? どう見ても、魔法の質自体がさっきまでと違っている。

 ナナが駆け寄ってきて、地面に手をついて起き上がろうとしている僕に声を掛けた。

「大丈夫?」

「うん。なんとか。それよりも……、ナナ、それ――」

 ナナの腕に身につけられていた腕輪が、神々しい光を放って輝いていた。見ているだけで、力が輝いてくるようなそんな不思議な光。

「うん。なんか気づいたらぴかっと光ってて。そしたら、なんか力が溢れてきて」

 ナナ自身もよくわかっていないのだろう。説明も要領を得ず、困惑したような表情が浮かんでいる。

「くっ。面倒な事になった。まさかアレを使いこなすとは」

 粉塵の向こうから現れたイヴが歯噛みしながら姿を現した。それでもダメージは負っていたようで、その足を少し引きずっているように見える。

「もういい! そっちの女からだ!」

 明らかに憤った様子のイヴは、引きずっていた足で思いっきり地面を蹴り上げて、こちらに向かってきた。

 そうはさせない。痛む身体に鞭打って僕は、ナナを制して前に出る。

「ナナには手を出させない!」

「けなげだねえ、カッコイイねえ。でも、おまえじゃ役不足だ! さっさとくたばれ!」

 イヴの両腕が、なぎ払うように僕の太もも目がけて攻撃してくる。

 僕のすぐに後ろにはナナがいる。僕がここで退いてしまえば、次の一撃はナナへと向かうだろう。僕にはその攻撃を迎え撃つ以外の選択肢は残されていなかった。

 二方向からの攻撃に対して、僕は手にしていた剣で片方の腕を払うことしかできなかった。

「――――っ!」

 もう片方の腕が迫ってきて、僕の太ももを切り刻んだ。

「うぐあああああああぁぁぁ!」

 激痛が走り足に力が入らなくなってしまった僕は、尻餅をついてしまう。すぐさま手をついて起き上がろうとするも、激痛がそれを許してくれない。

「遊びはおしまいだ」

 面倒くさそうな表情を浮かべたイヴは、僕の頬を思い切り蹴り飛ばした。

 僕は地面を二転三転して地面をなめた。

 すぐに身体をおこそうとしたけれど、脳みそが直接揺さぶられたみたいに気持ち悪い。吐き気がこみ上げてきて、自分が今仰向けなのかうつぶせなから理解できなくなるくらいに平衡感覚が曖昧になっていた。

 地球の中心がここだと言わんばかりに、身体がぴたりと地面にくっついてしまっている。

 ぼやけている視界の中で、イヴがゆっくりとナナに歩み寄っていく。

 ナナに手を出すな! そう言ってやりたいけれど、声帯を震わせるだけの力も今の僕には残されていなかった。

 僕は唇を噛みしめながら、イヴの前進を見守ることしかできない。

「フレアボム!」

 ナナが魔法を唱えると火の玉が、接近してくるイヴへとまっすぐに向かっていく。

「もう、その攻撃は受けない!」

 イヴは身軽に身体を捻って、単調な動きの火の玉を難なく躱した。

「まだまだ終わらないよっ! もう一回、フレアボム!」

 その後もナナは火の球を出し続けるが、イヴは苦もなく躱していく。

 ナナの魔法が悪いんじゃない。イヴが速すぎるんだ……。

「ほら。捕まえた」

 イヴの右手がナナの首を掴み、そのまま締め上げる。

「うぐっ―――」

 苦しそうに口元からよだれをこぼして呻くナナ。

「おい……! やめろ……! ナナから……手を離せ」

 その姿を見ていても立ってもいられなくなった僕は、最後の力を振り絞って、ブロードソードを杖代わりにしながら、地面から立ち上がった。

「さて、まずその腕輪を外させてもらおうかな」

 僕のほうには見向きもせずに、イヴはナナの腕輪に手をかける。

「うぐぐぅぅ。やめ……やめて」 

 その腕輪を守ろうと、ナナはうめき声を上げながら抵抗している。

「ねえ。ユウヤ。あいつをどうしたい?」

 いつの間にか僕の横に立っていたマリヤが、僕を見上げていた。彼女の真っ黒な瞳はなんだか吸い込まれそうなほど不思議で神秘的な感じがした。

 僕は洞窟で腕輪を取り返した時のことを思い出した。

「まさか、こんなとこで腕輪が覚醒するとはな」

 腕輪を守ろうとするナナの手を払いのけて、イヴはもう一度腕輪に手をかける。

 それを見て、僕の身体の中を渦巻いていた暗い感情が自己主張を始めた。

 憎い。コイツが憎い。ナナをこんな奴から守ってやれない自分が憎い。僕に力さえあれば、こんなやつ殺してやるのに。

 ナナを守りたい。だったら、どうすればいい。簡単なことさ。コイツヲコロセバイイ。身体の痛み? そんなものは関係ない。我慢すればなんてことはない。

 ――ボクハコイツヲコロス。

「僕はあいつを殺したい!」

「そう。じゃあ、頑張って」

 マリヤの手が、そっと僕の額に触れた。

「うあああああああああああああああああああ」

 殺意。憎しみ。苦しみ。それらの負の感情が身体を支配する。

 なんだか頭の中がぐちゃぐちゃになって、意味わからない感じになって、僕は疲弊しきった身体のことも忘れて、そのむかつく感じをぶつけようと背後からイヴに斬りかかったのだった。

「シネエエエエエエエエエ!!!!!!!」

「は? なんだこいつ――」

 イヴは困惑に染まった声をあげると、自身の身を守るために即座にナナから腕をはなして、両腕を交差して僕の剣を受け止めた。

 ガギイイィィン!

 耳をつんざくような金属音が辺り一帯に響き渡る。

「なぜその傷で動ける?」

 剣越しに見えるイヴの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。

「はあ……、はあ……。ゆるさ――許さねえ」

 呼吸が上手にできなくなって、僕は荒い呼吸を繰り返していたせいもあり、僕は言葉をかえさなかった。

 それにコイツに返すべき言葉なんてない。

 イヴの拘束を逃れたナナは、首を絞められていたせいもあり、意識が朦朧としている様子だった。

 一度飛び退いて距離を離してから、勢いをつけてイヴに斬りかかる。イヴは片腕で僕の攻撃を受け流して、もう片方の腕で反撃してきた。

 イヴの腕が僕の脇腹に突き刺さって、衝撃とともに血があふれ出す。

 ――どうでもいい。

 不思議と痛みはなかった。

 怯むことなく刃を返して反撃を試みると、イヴは僕の攻撃を読み切っていたかのように、一旦距離を取った。

 しかし僕の刃は掠っていたようで、イヴの体の中央部にある目玉が血の涙を流した。

「コイツ……動きがさっきとは段違いじゃねえか……」

「ふふふ……コロスコロス……。ボクはオマエヲユルサナイ」

 憎しみをぶつけるかのように、地面を蹴って一瞬でイヴとの距離を詰める。

 ――コロスコロスコロスコロセコロセコロセ!!!!

 思考はすでに役立っていない。僕はすべての行動を感情に任せていた。


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