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3-7 虎穴に入らずんば…

 翌日の朝、僕の部屋に五人が集まっていた。なぜ僕の部屋だったかというと、僕の目覚めが一番遅く、僕を起こすために全員が集まったというとても単純で情けない理由だ。

 言い訳をさせてもらえば、これからようやく自分の記憶が戻るかもしれないと思うと、おとなしくベッドで眠りにつくことができなかったのだ。窓の外がうっすらと明るくなったのは覚えているから、その時間までは起きていたのだろう。

 それにしても一人部屋だというのに、五人が入ってもまったく肩身の狭さを感じないのだから、改めてこの部屋の広さを実感した。

 みんなを待たせるのも悪いので、せっせと準備を済ませた。

 豪華な作りの廊下を五人で抜けて屋外に出ると、ニールは一団の先頭に立ち、街の外にうっすらと見える大きな山を指さして宣言する。

「王都の近くにある洞窟で、恋人のリリィともにとある悪魔と戦った。その結果、リリィは命を落とし、悪魔を死んだ。ここに来る前はそいつが蘇ったんじゃねえか、なんて思ったりもしてたけど、王様が言っていた情報だと、俺が昔倒した悪魔とは違うらしい。だがあの悪魔本人の仕業じゃないにしても、俺は、俺からリリィを奪った悪魔という存在そのものが許せない。と言うわけで、俺はこれから悪魔を退治しにいく。できればおまえらも力を貸してほしい」

 その言葉に全員が首を縦に振ると、ニールは全員の顔を眺めて満足そうに笑みを浮かべた。

 そして、北のギーグ山に向けて出発するのだった。


 王都ガーデルの北にそびえたつギーグ山。

 頂上に立てば、国を一望できると言われるくらい標高が高い山だ。

 僕はもちろん初めて訪れるのだが、ニールは以前に山の頂上まで登ったことがあるらしく、頂上からはダリアの村もうっすらと見えるらしい。正直、半信半疑だけど。

 そんなギーグ山だからこそ、以前はけっこう有名な観光名所だった。

 以前というだけあって、今は違う。僕らは山の近くを歩いていたが、人の気配はほとんど感じられない。

 実際ニールと彼の恋人のリリィさんが倒したという悪魔が現れるまでは、ギーグ山も登山者で賑わっていたらしい。その名残もあってか、道中の道筋は石畳をしっかりと敷き詰められ、歩きやすいように整備されていた。

 結局、ニールたちがその悪魔をやっつけたものの、登山者や観光客が以前のように山に登ったりはしなくなったらしい。加えて、現在は悪魔が出没するかもしれない、ということから、国のほうで、完全に立ち入り禁止にしているそうだ。

 王都の先にある森を抜けると、その先にある山のふもとが見えた。

 そこには大きな洞窟があって、通り過ぎた際に、ニールがその洞窟を指さして、

「俺は以前に、この洞窟の奥で悪魔と戦ったんだ」

 ぼそっと呟いた。その横顔の寂しさに誰も言葉を返すことができなかった。

 そのまま真っ直ぐ道なりに進んでいると、斜面が急勾配になってきたところで、ギーグ山に足を踏み入れたことを実感する。

「近くで見るとこの山。ホントにおおきいね。ここに悪魔がいるのかな?」

 ナナが、上空を見上げても見えない頂上に視線を向けて驚嘆と疑問の声を上げる。

「これを登るだけでも大変そうね……」

 アスカが珍しく弱気なことを言う。

「なんかさ、妙に嫌な空気が流れてる気がする。どんなと言われたら上手く説明は出来ないけど、なんかどんよりというかべっとりとして、肌にこびりついてくるような、なんか不快に感じるような空気っていうか、そんな感じ」

 僕は周囲を見渡して言った。

 空は雲ひとつない快晴で、さわやかな陽光が僕らを照らしている。そのはずなのに、山の頂上へと一歩踏み出すたびに空気がどんよりしているように感じる。

 できるだけ周囲に注意を向けながら歩いていると、

「そこの人間ども! ちょっと待ちなっ!」

 唐突に聞こえてきた聞き慣れぬ声に、全員の視線が一斉に同じ空間へと向けられた。

 しかしその視線の先には何もなかった。

 でも声が聞こえるということはそこに確実に何かがいるわけで、僕らは目に見えない何かと対峙するために、各自戦闘準備に入りながら、その声に耳を傾けていた。

「ずいぶんとぞろぞろと大所帯で来てくれるじゃないの。でも悪いけど、そんな人数を俺は相手に出来ないんでね。ちょっとバラバラになってもらうぜ」

 指ぱっちんのような乾いた音が聞こえてくると同時に、アスカとニールの姿がその場からふっと消えた。

 思わぬ事態に言葉を失った僕だけど、それ以上にナナが取り乱していた。

「えっ、なになに! なんなの!ニール! アスカさん! どこいったの?」

 アスカは赤い髪を振り乱して視線を泳がせている。

 自分以上に平静を見失っている人間を見ると、平静を取り戻せるというのは誰の言葉がわからないが、ナナの様子を見て僕は少し心を落ち着かせることに成功した。

「大丈夫。おそらく、二人をこの山のどこかに飛ばしただけ……」

 そう告げるマリヤは、こんな状況に陥ってもいつも通り冷静そのものだった。

「ほう……そっちのちっちゃい女の子はよく知ってるじゃねえか……と思ったけど、あんたか……そりゃ知ってるわな」

「さっさと姿を見せたらどうなんだ? それとも僕たちにびびっているのか?」

 僕が虚空に向かって凄むように言うと、笑い声の混じった楽しそうな声が返ってきた。

「まあまあ、兄ちゃん、落ち着けって。さてと……」

 そこで一旦間をおいてから、謎の声は仕切り直して語りかけてくる。

「そこの一番小さいのは別として、あんたら二人を残したのには訳がある。兄ちゃんの方は久しぶりだな。俺のこと覚えてるか? まあ、覚えてるわけないんだけどな。っていうか、そっちからは俺の姿は見えてないし、覚えてても意味ねえか。ぎゃははははは」

 気軽な調子で話しかけてくる声。

「おい! どういうことなんだ!」

 思わず虚空へと声を荒げた。

「まあ、詳しいことはまた後でということで。俺は頂上で待ってるからよ。そこまで来たら、いろいろと教えてやるさ。せいぜいがんばれよ」

「おい! 待て」

 しかし声は返ってこない。虚空からぼんやりと感じていた気配も、消え去ったみたいで、どうやらさっきの声の主はどこかに行ってしまったみたいだった。

「ねえ、さっきの声の人ってユウヤの過去について、何か知ってるのかな?」

 ナナがどこか複雑そうな表情で僕に話しかけてくる。

「まあ、そういうこと……だと思う……僕も自信があるわけではないけど……」

 マリヤの言葉を信じるならば、さっきの声の主が僕の記憶の握っているのだろう。僕のこともなぜか知っているみたいだし、その話もいよいよもって信憑性を帯びてきた。

「ユウヤの記憶、戻るといいね」

 口元を綻ばせるナナは自分のことのように嬉しそうな表情をしていたけれど、その目の奥に何か別の思いを秘めているような感じもした。

「ああ、そうだね。ところでさ、あいつマリヤの事も知ってるみたいだったけど、ひょっとして知り合いだったりするの?」

 僕とナナの視線が一斉にマリヤへと向く。

「面識はない。それよりも早く登った方が良いと思う」

その言葉に応じ、僕らはそれ以上追求することもなく頂上へと歩き始めた。

「あいつがやった二人をどこかに送ったやつ。あれってなんなの?」

 いつの間にか、わからないことはマリヤに聞けばいいと身体にしみ込んでいる気がする。

 まあアスカとニールがいなくなった時の落ち着きっぷりを見る限り、なんか心当たりがありそうだなって思って聞いてみたわけだけれど。

「一応あれも魔法に分類されるのかしらね。あなたたちは存在すら知らないと思うけど、昔、この世界にも実際に存在していた古の魔法よ。私自身も実際に使っている場面に立ち会うのは初めてだわ。ちなみにルミナスの図書館にある一部の学者しか読めないような図書にはその存在も載っているはず」

 一部の学者しか読めない書物に載っているものをどうしてお前が知ってるんだよ、というツッコミは無意味な気がするのでやめておく。

「それと忠告しておくけれど、この山全体に結界が張ってあるの。さっきユウヤが『山に入ってからなんだか不快な空気を感じる』って言ってたでしょ。それはこの結界のせい」

 そこでマリヤは一旦言葉を切った。説明に聞き入って止まっていた足を再び動かし始めると、続きを話した。

「結界を作った本人は、結界内で起こった出来事を手に取るように把握出来るようになる。さっきのあいつは、私たちが結界内に侵入したことに気づいて、結界内の魔力を通して私たちに語りかけてきた。二人を転移させた方法も同じ。結界内に漂っているあいつの魔力が結界内の別の場所に二人を運んだの」

「ってことは、今の僕達の会話も筒抜けってこと?」

「おそらくそうでしょうね」

 その瞬間、虚空から小さな悪魔のような姿をした生物が五匹現れた。真っ黒な体躯にその僕の腰までくらいの身長の生物には見覚えがある。ミニデーモンだ。しかし前に遭遇したミニデーモンと違い、羽は生えていないようだった。

「全部見られてるってわけか。そりゃ、のんびり登山ってわけには行かないね。ナナ! こいつらをとっとと蹴散らして先に進もう!」

「うん。私も本気でいくよー!」

 剣を抜いて、目の前のミニデーモンに斬りかかった。

 不意を突かれたミニデーモンは、僕の一撃を避ける間もなく、黒い灰へと姿を変える。

「ユウヤ! 下がって!」

 ナナの言うとおり、ミニデーモン達から距離を取ると、ナナの持っている杖の先が赤く光った。

「フレイムバーン!」

 ミニデーモンの集団を燃え盛る炎が包み込むも、炎の中から二匹のミニデーモンが飛び出してくる。

「キーーー!」

 正面から向かってくるミニデーモンに対して、僕は一瞬で間合いを詰めてブロードソードを振り下ろしてやった。

 炎を逃れた一匹はナナの方に向かっているが、ナナは落ち着いた様子で、体内で魔力を練ってミニデーモンに向けて杖を振りかざした。

「ファイアランス!」

 火の槍がミニデーモンへと向かっていく。一度は炎から逃れたミニデーモンだが、今度の槍からは逃れられずまともに食らってしまった。

 炎の槍が通った後に、ミニデーモンは呆気なく黒い灰となって空気中に霧散してしまった。

「これで一段落だね。それじゃあ、頂上に向けてしゅっぱーつ!」

 頂上を指さして宣言するナナは、実践を重ねたおかげで自信を身につけているようだった。

「うん。この調子で行こう。二人もきっと頂上を目指しているだろうから、二人を探す意味を含めて僕らも頂上を目指そう」

 僕らはどこか遠くから向けてられている視線を感じながら、頂上への道を進んだ。


 その後も何度か、ミニデーモンの襲撃は続いたが、僕らはそれらを全て苦もなく撃退していた。自分で言うのもなんだけど、実践をくりかえしているうちに強くなったという実感を得られている。

 あんまり調子にのると、痛い目を見るのはわかっているから調子に乗ったりはしないけど。

「ふう、結構登ったかな。ここらで少し休もうか」

 山の中腹にさしかかったところで、ちょうどベンチがあったので、僕らは腰を下ろした。ギーグ山が観光スポットだったころは、このあたりが休憩スペースとして用いられていたのだろう。

 ただ今この瞬間も、声の主が監視していると思うと、あんまり落ち着けないけど。

 ふもとではぐれてしまったアスカとニールとはまだ合流できていない。二人は僕らよりもよっぽど頼りになるから心配はしていないけれど、これから頂上にいる何者かと一戦交えるのに二人がいないというのは少し心細い。

 だけど弱気になってはいけない。いざとなったら僕たちだけでやるしかないんだ。

「そうだね。私は賛成だよ少し休もう」

 三人で同じベンチに腰掛けたところで、まずナナが口を開いた。

「ねえところで、マリヤちゃんは、なんか魔法とか使えないの?」

 実際、マリヤは一度も戦闘に参加していない。よく考えてみれば、戦闘中は僕らも必死なので、マリヤが何をしているかも知らないのだった。端っこのほうに避難しているのは知っているけど、そこで身を震わせて怯えながら僕らの戦いを見守っている、なんていうのはマリヤのキャラじゃないしなあ。

「残念だけど、それはできない。私にできるのはあなたたちを見守ることだけ」

「そっかあ。なら仕方ないね。危なくないように、ちゃんと後ろで隠れていてね」

 ベンチに座って仲良く話している二人を見ていると、なんとなく姉妹みたいに見える。見た目的にはナナが姉かな? 落ち着き具合とかはマリヤのほうが勝っているけど。

 そんな二人のやり取りを微笑ましく眺めていると、突然ナナが思い出したかのように真面目な顔を作ってこちらを見た。

「ねえ、ユウヤはさ。記憶が戻ってもユウヤのままだよね」

 不意な質問に僕は咄嗟に言葉を返すことができなかった。

 確かに、昨日の僕は、記憶を取り戻すことに対して自分を見失うのではないか、という恐怖に駆られた。だけどマリヤもアスカも不安がることはないと言ってくれた。二人とはまだまだ付き合いの浅いけれど、そんなのとは関係なく彼女たちの言葉は信じられる気がする。

「きっと大丈夫。記憶を失う前の僕だって、同じように僕なんだから」

「そっか……そうだよね。記憶、戻るといいね……」

 その先の言葉を一度は飲み込んだナナだったが、結局は飲み込めずに吐き出した。

「そうだよね。なんかさっきの声の人が、ユウヤすら知らないユウヤのことを知っているみたいで。そう思ったら、なんかユウヤが遠くに行っちゃう気がして……。なんかちょっと落ち込んだ気分になっちゃった……。こんな事言っちゃいけないとは思ってるんだけど……」

 目を伏せて、懺悔するように言うナナ。

「大丈夫! 何も変わらない。きっと――」

「悪いのだけれど、そろそろ頂上を目指しましょう」

 空気なんて一切無視したマリヤが、僕の言葉を遮って横から口を挟んだ。

 少しは空気を読んでくれてもいいのに……おそらく読む気なんて一切ないんだろうけど……。

 ――きっと、これからもずっと一緒だ。

 そんな歯が浮くような恥ずかしい台詞を言おうとしていたんだけど、そんなふうに気障ったらしい台詞を決められないのも、まあ僕らしいと言えば僕らしいかな。

 ベンチから三人が立ち上がった瞬間、虚空から小さな笑い声みたいなのが聞こえたのは、きっと気のせいではないだろう。

 ただマリヤとナナにはその声が聞こえていなかったのか、何事もなかったかのように歩き始めた。

 僕もあたりを見渡して異変がないことを確認して歩き始めたのだった。


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