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3-6 記憶が戻るってことは……

 城の中に部屋を借りる、という破格の待遇を受けた僕らは、それぞれの部屋に荷物を置き、明日の出発に備えて、本日は自由行動となったのだった。

 僕らにあてがわれた部屋は、普段は客室として利用されている部屋らしく、走り回れそうなほどの広さの個室に、ふかふかのベッドに大きなテーブルが備え付けられている。こんな部屋を僕一人で使うっていうことにちょっとばかり気が引ける思いだったけど、まあこんな機会は二度とないかもしれないし、堪能することにした。

 ナナはここに案内してくれたメイドさんと仲良くなり、彼女に城を案内してもらうと言ってどっかに行ってしまった。それに僕もついて行こうとしたんだけど、アスカとマリヤが、話があるから部屋で待っていてとのことだったので自重した。

 ニールに関しては、街に買い物があると、城の外に出て行ってしまった。

 一通り部屋の中を物色して、テンションがあがって来ると、僕がふかふかのベッドに寝転がって背中でスプリングの感触を満喫していたところアスカとマリヤがやってきた。

 彼女たちを部屋に招き入れると、アスカはさっさと僕の横を通り過ぎて、勢いよくベッドに腰を下ろした。その光景を見守っていると、マリヤがその隣にちょこんと静かに座った。

 彼女らの両隣にもまだまだスペースは空いていたが、そこに座ってもなんだか落ち着かないような気がしたので、僕は近くにあった椅子を引いて彼女たちの目の前に座った。

「それで話って、何かな?」

 前置きもせずにいきなり本題を催促するっていうのは、切り出しかたが唐突すぎたかな、と言った後に思ったけれど、一度口に出した言葉はどうあろうと訂正できない。

 なんでそうなったのかといえば、二人がこれから話す内容がどんなものなのか、それが気になりすぎて少し先走ってしまったのだろう。

「昨夜の出来事はマリヤから聞いたわ。それで少しね……」

 呟いたアスカは、目を伏せてその後に続く言葉を探しているようだった。続きを待っていてもいいんだけれど、こっちも聞きたいことがあったし、まずはそれを聞くことにした。

「えーっと、二人の話って僕が勇者云々の話ってことでいいのかな? っていうか、アスカはそのへんの、僕の事情とか知ってたの?」

「え、まあ、そりゃあね。あたしとマリヤは、まあ知り合いなんだからね」

 答えたあとに、アスカは何かを思い出したかのように顔を上げた。

「あっ、そういえば! オークのアジトであなたに会った時、あたしはあなたに勇者の話をしたんだけど……。そのときは、全く本気にしてなかったわよねえ……。それどころか、あたしのことを少し馬鹿にしてたわよねえ」

 アスカが恨みがましそうに目を細めて、唇を尖らせながら僕に詰め寄ってくる。

「あっ、いや。あはは……」

 息づかいが聞こえてくるほどの距離――文字通り目と鼻の先にアスカの整った顔があって、僕は思わず顔を逸らして身を引いてしまった。

 女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐって、目眩をしそうになった。

「そ、その使命とやらはわかったけどさ。なんで僕が選ばれたのかもわからないし、そもそも世界を救えって言われても、具体的に何をすればいいのか、僕は知らないんだよね」

 僕の言葉にアスカは唇を尖らせたまま、その説明を求めるかのように目を細めて、マリヤを睨んでいた。

「そんな顔をしても無駄。私じゃ干渉出来る範囲は限られているのはアスカも知っているでしょう。目的をきちんと思い出しただけでも、今は十分よ」

 マリヤは足下に視線を向けたままつまらなそうに答える。

 アスカは、理屈は理解できるけど納得がいってない、とそんな表情をしていた。何か言い返したそうなアスカではあったけれど、ここで僕が静観を決め込むと、僕のこと抜きで二人が話を進めてしまいそうだったので、口を挟むことにした。

「ねえ、『世界を救って』と聞いて、僕がぱっと思い浮かんだのが、今王都を騒がせている悪魔騒動のことなんだけれど。それって、世界を救うこととなんか関係あったりするの? それともう一個聞きたいんだけれど、昨日の帰り際に言ってたけど、僕の記憶を封印した者って何?」

 矢継ぎ早に質問をぶつけると、マリヤは足をぷらぷらと動かせながら少し思案した後に口を開いた。

「そうね。じゃあ片方だけ。その悪魔があなたの記憶を封印した者。倒せば、あなたは以前の事を思い出せるはず……。世界を救う方法はユウヤが見つけるの。世界が今どんな危機にさらされていて、どうやれば世界を救えるのかを模索する。それも勇者の務めよ」

 昨夜は僕の質問にほとんど答えてくれなかったマリヤだけれど、今日は答えてくれるみたいだった。それでも全部には答えてくれないみたいだけれど……。

「僕の……記憶」

 改めて昨夜のことを思い出してみる。あの神秘的な空間には僕の知らない僕が立っていた。だけどあれは間違いなく、僕自身だった。脳みその理解は超えているけれど、本能というか直感的な部分がそれを認めていた。

 正直に言うと、少し怖い。

 だって、いくら僕が勇者という存在に憧れていたとしても、実際に自分が勇者という使命を与えられている、なんて思うわけがない。勇者とかいう役回りがいざ自分に回ってきたところで、力のない僕にできることなんてたかが知れているしさ。

 でも勇者である以上は、世界を救うということを義務づけられているわけだ。それにやっぱり自分が憧れていた存在に自分がなれた――というか、いつの間にか任命されていた、ということに喜びみたいなのはある。

 なんていうか、いろんな感情が頭の中でぐちゃぐちゃになってる感じがする。

 たった一片の記憶をのぞき見てしまっただけで、僕はこんなにも混乱しているのだ。だったら、すべての記憶を取り戻した時にはどうなるのだろうか。どうなってしまうのだろうか。

 もしかしたら昨夜の出来事以上の衝撃があるかもしれない。そう思うと二の足を踏みたくなる気持ちも理解して欲しい。

 だから僕は自分の記憶なんて興味ありませんよ、ということを装って、言葉を紡いだ。

「ふ~ん、そうなんだ。記憶って言っても、今まで記憶がなくて、そんなに不自由したことなんてないし……興味はあるんだけど……そう考えると別に思い出さなくても――」

「ふっざけんじゃないわよ! 記憶が戻らないのが普通? そんなわけが――」

 アスカが顔を真っ赤にしながら僕の胸ぐらを掴んで、唾が飛んでくるくらいの勢いでまくし立ててきた。

 その剣幕に唖然とした僕は、目を白黒とさせて、視界いっぱいに広がる彼女の整った顔の一部分――吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳に魅入っていることしかできなかった。

「アスカ、落ち着いて」

 諭すような優しい声音でマリヤがアスカの肩にぽんと手を置いた。

 すると、アスカは僕から手を離してくれた。重力に従ってもう一度椅子に座り直した僕は、アスカの顔を見つめると、彼女は眉をしかめて不機嫌な様子を隠そうとしていなかった。

「あなたは、村の外に出て旅をするのが夢だったって言ってたよね。今となっては違う目的もできたのかもしれないけれど、憧れたきっかけは自分の失われた記憶を求めてのことだった。これは前に話してくれたわよね」

 アスカは僕をなじるように言葉をぶつけてくる。

「うん……。そうだね」

 そして僕は望みの通り、そのひと欠片を手中に収めた。

「あなたは恐がっているの。記憶の一片を手に入れて、自分が知らない自分と言うものに恐怖を抱いた」

「…………」

 マリヤの言葉に僕は無言で頷いた。

「だから、記憶が戻った後も自分のままでいられるか、ということに恐怖を抱いている。きっとそれもあるよね?」

 それもまた事実だった。記憶がない頃の僕と今の僕。外から見ると同じ人間なんだろうけど、僕は本当に同じ人間でいられるんだろうか? 今になって、こんなことに怖じ気づくなんて情けないことこの上ないのはわかっている。

「これだけは言える。記憶が戻ってもあなたはユウヤよ。それは世界が滅びようと、あなたの存在が消えようと変わらない事実。それだけはぜったいに保障できる。だから記憶を取り戻すことに怯える必要はない。あなたにとって、あたしは付き合いの短い他人かもしれないけれど、それでもあなたのことは理解しているつもりよ」

 そう言うアスカの顔がどこか寂しげで、自嘲気味に口元を歪めている。そういうふうに見えたのは、僕の気のせいか、もしくは記憶を失った僕の境遇に同情してくれてのことなのだろう。

 アスカみたいな可愛い子にここまで心配されて悪い気のする男なんていないだろう。もちろん僕もそのひとりだ。

「ええ、それはあたしも保障する。どうせ、人間そんなに変わりはしないわよ」

 淡々とした口調のマリヤと、どこかぶっきらぼうな感じのアスカ。口調は全然違うのに、どっちも僕のことを心配してくれている手のが伝わってきて、鼻の奥がつんとなって、少しばかり目頭が熱くなった。

 僕の中に眠っていて臆病で怯えていた気持ちは、いつの間にか二人の優しい言葉が優しく包んでくれて溶かしてしまっていた。

「うん。そうだね。こんなの僕らしくもない。自分がどんな奴だったかなんて。そんなのは記憶が戻ってから考えればいいんだ。欲していたものが近くにある。取りに行かない手はないよね!」

「ええ。もちろんそのためにあたしは協力を惜しまないわ」

 年相応の無邪気な笑みを浮かべたアスカが肩を組んできた。アスカの頬が僕の頬にくっつきそうなくらい近づいてきて、自然と心臓が高く跳ね上がる。

 彼女の柔らかい肌が触れそうになって、数日前のあの出来事が脳裏を掠め、アスカという存在を余計に意識してしまう。

 忘れろ、と釘を刺されているのに。

「うん。本当にありがとう」

 覚悟はできた。僕は自分の記憶を奪ったという悪魔を倒して、過去の自分を取り戻すんだ。


 翌日の朝、僕の部屋に五人が集まっていた。なぜ僕の部屋だったかというと、僕の目覚めが一番遅く、僕を起こすために全員が集まったというとても単純で情けない理由だ。

 言い訳をさせてもらえば、これからようやく自分の記憶が戻るかもしれないと思うと、おとなしくベッドで眠りにつくことができなかったのだ。窓の外がうっすらと明るくなったのは覚えているから、その時間までは起きていたのだろう。

 それにしても一人部屋だというのに、五人が入ってもまったく肩身の狭さを感じないのだから、改めてこの部屋の広さを実感した。

 みんなを待たせるのも悪いので、せっせと準備を済ませた。

 豪華な作りの廊下を五人で抜けて屋外に出ると、ニールは一団の先頭に立ち、街の外にうっすらと見える大きな山を指さして宣言する。

「王都の近くにある洞窟で、恋人のリリィともにとある悪魔と戦った。その結果、リリィは命を落とし、悪魔を死んだ。ここに来る前はそいつが蘇ったんじゃねえか、なんて思ったりもしてたけど、王様が言っていた情報だと、俺が昔倒した悪魔とは違うらしい。だがあの悪魔本人の仕業じゃないにしても、俺は、俺からリリィを奪った悪魔という存在そのものが許せない。と言うわけで、俺はこれから悪魔を退治しにいく。できればおまえらも力を貸してほしい」

 その言葉に全員が首を縦に振ると、ニールは全員の顔を眺めて満足そうに笑みを浮かべた。

 そして、北のギーグ山に向けて出発するのだった。


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