読売桃奈①
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昼休みのチャイムが鳴り終わる頃には、教室もようやく落ち着きを取り戻していた。
さっきまで転校生を囲んでいた連中も、それぞれ自分の席へ戻っていく。俺も食べ終えた紙袋を丸めて鞄へ押し込み、スマホの画面を閉じた。
結局、動画はほとんど頭へ入ってこなかったな。
いや、別にさっきの転校生を気にしていたわけじゃない。ただ昼休みのペースを乱されたせいで、何となく集中できなかっただけだ。そういうことにしておこう。
「じゃあ午後も寝るなよー」
先生の一言に教室が少し笑う。
そんな空気の中で五時間目が始まり、六時間目が終わる頃には、窓から差し込んでいた日差しも少しだけ柔らかくなっていた。
「終礼終わりまーす」
ホームルームが終わると同時に、教室はまた騒がしくなる。
部活へ向かう奴、寄り道の約束をしている奴。
そして転校初日だというのに、また三人の周りには相変わらず人が集まっていた。
「ねぇねぇ、駅ってこっち?」
「一緒帰ろー!」
朝から思っていたが、本当にすごい。
まだ一日も終わっていないんだぞ。あれ、これさっきも同じようなこと…まあいいか。
俺なんて高校へ入学して二か月くらい、「この教室、話しかけてもいい空気なのかな」なんて訳の分からないことを考えていたというのに。まるで世界が違う。
その一言で片付いてしまうから便利なもんだ。
俺はそんな輪を横目に見ながら鞄を肩へ掛け、静かに教室を出る。今日も寄り道する予定はない。帰って読みきれなかったラノベの続きでも読んで、ゲームの日課だけ済ませれば十分だ。青春なんてものは、やっぱり画面の中で眺めるくらいがちょうどいい。
◇
廊下へ出ると、窓の外から運動部の掛け声が聞こえてきた。
上の階から聞こえる吹奏楽部の音も混ざっている。
放課後特有の騒がしさと言えばそうなんだが、昼休みとはまた違う空気だった。誰も彼も目的地が決まっていて、足取りだけが妙に軽い。
そんな人の流れへ逆らうように昇降口へ向かって歩いていると、廊下の角で誰かと肩がぶつかりそうになった。
「あっ」
小さな声。
慌てて一歩下がる。
「す、すみません!」
顔を上げると、朝から何度か見かけた小柄な転校生だった。
両手いっぱいにプリントを抱えていて、その上にはファイルまで乗っている。
そりゃ前なんて見えないか。
「いえ」
軽く返事だけして横を通り過ぎようとした、その時だった。
「あっ……!」
今度は手元のプリントがずるりと滑る。廊下へ散らばる白い紙。
本人は慌ててしゃがみ込むものの、ファイルまで落としてしまい、拾っては落とし、また拾っては落としの繰り返しだった。
もうここまで来ると、器用まであるな。
さすがにそのまま通り過ぎるのも気が引けて、一番近くへ飛んできた数枚だけ拾い上げる。
「あっ、ありがとうございます!」
受け取る時まで両手だった。
だからまた一枚落ちる。
「……」
「あっ」
本人も気付いたらしい。
また慌てて拾おうとして、
「あっ」
今度はファイルが落ちた。いや流石に学べよ。
こんなの笑う場面でもないはずなのに、思わず口元が緩みそうになる。
でも本人はそれどころじゃないらしく、
「ご、ごめんなさい……」
誰に謝ってるんだ。
床か?プリントか?
それとも俺か?
結局、全部拾い終えるまで一分も掛からなかったはずなのに、本人は五分くらい走り回ったような顔をしていた。
「ありがとうございました……」
深々と頭を下げる。律儀というか、真面目というか。
あの〜何だっけ…さわの?とはまた違うタイプだな、くらいの印象だけが残る。
「じゃあ」
今度こそ帰ろうと踵を返す。
「あ、あの!」
また呼び止められた。
今日は知らない女子に話しかけられる日なんだろうか。
「はい?」
「その…職員室って、どこでしょうか?」
思わず廊下を見回す。
ここは二年生の教室が並ぶ棟。
職員室は反対側だぞ?
そういえば昼休みに担任が何か言っていた気がしなくもない。転校生は放課後、一度職員室へ来るようにと。
「反対です」
「……え?」
「こっちじゃないですよ」
そう言って指を差すと、小柄な転校生は廊下の先と俺の顔を何度も見比べた。
「えぇっ!?」
やっぱり違ったらしい。
さっきまで必死に抱えていたプリントを見下ろし、
「ずっとこっちだと思ってました……」
目の前の女は小さく肩を落とす。
まあ初日だし仕方ない。
俺も入学したての頃は保健室と進路指導室を一週間くらい勘違いしていた。
……いや、それは俺だけか。
どうでもいいことを思い出しながら、その場を離れようとすると、
「あの!」
今日は去り際に声をかけられるDAYでもあるらしいな。
今度はさっきより少しだけ申し訳なさそうな声だった。
「もし、ご迷惑じゃなければ……」




