第55話 兄と妹、懐郷と棄郷
なにはともあれ十人の旅人たちを基地へ案内する。
入り口のゲートを通過した瞬間、『ノヴァ』からメッセージが。
『プレイヤー・カズヤに警告いたします。簡易スキャンを実行した結果、10人中3人がZ-ウィルスの感染初期状態にあります』
ありゃ、感染しちゃってるよ。
おれたちには『エリクサー』があるからいいけど、世界はこうやって爆発的に感染拡大していったんだろうな。
危険地帯から安全地帯へ避難民が移動する。だけどその避難民たちはすでに感染していて、安全だった場所まで安全ではなくなっていったんだ。
このまま放置していいわけもなく、10人にはまずシャワーを浴びて全身を洗浄してもらうことにした。
シャワー室には『エリクサー』入りのシャンプーその他がおいてある。
身体を洗っているうちに免疫が強化されていくから、軽度ならそのうち治るだろう。
「わあっ可愛い!」
シャワーを浴びてキレイサッパリしてもらった10人を次に待っていたのは、紫織がやたらと作りまくったスライムの群れだった。
赤、青、ピンク、白など、実にカラフルなやつらがピョンピョンはねて客を歓迎する。
ちっちゃいやつらが愛想よくすり寄ってきたり手の上や肩に飛び乗ってきたりしたので、女性と子供たちが大いに喜んでいた。
「すごいですねここは、まるで天国だ……」
男性たちは恐縮しながら大げさなことを言う。
おれとしては近未来的と言ってほしいところだ。
だがつらく苦しい終末世界を生きてきた彼らにとって、この基地の物質的ゆたかさは天国だと思えるらしい。
「どうぞ楽にしてください。それにしてもろくな武装もなしに、どうしてあんな所にいたんですか」
保護した人たちは、かつて鉄男さんたちが暮らしていた街の人たちだった。
街が大変なことになって逃げてきたのだという。
ある日から天使を名乗る蟻の怪物たちに襲われるようになって、子供や若い男女ばかりをねらって誘拐されるようになったのだとか。
ゾンビの群れならどうにか対処できていた街の自警団たちも、天使が相手ではかなわない。なにせ銃火器どころか弓矢、日本刀などもないらしいのだ。
木の棒や鉄パイプなんかで天使と戦えるわけがない。彼らの街は敵のいいように犠牲になっているのだという話だった。
「ちょっと待て」
鉄男さんが会話に割り込んできた。
「若いのと子供をさらう、だけか? 今の言いかただと中年以上は生き残っているように聞こえたが」
「そうだよ。ナメられているんだか、情けをかけられているんだか……。やつら、必要以上に殺人はしないんだ」
鉄男さんはふーん、と鼻を鳴らしながら首をかしげ、ジルヴァに問う。
「今までなんとなくスルーしてきたが、天使というのは何なんだ? どうして人間と敵対している?」
「人間の増殖を抑制するのが役目よ。本質的にはね」
ジルヴァはどこか白けたような表情でそう答えた。
「抑制?」
「そ。人類勢力がもう一度復活しないように、テキトーに殺して押さえつけるのが役目」
肩をすくめるジルヴァは、意味深な視線をおれに送る。
「で。逆に人類が絶滅しないように守るのが英雄の役目」
「ヒーロー?」
まるでおれがそのヒーローであるかのような口ぶり。
おれの頭の上にはハテナマークが浮かんだ。
「あんたやマサルはプレイヤーって呼んでるけどね。世界的にはヒーローって呼びかたが一般的よ。あんたのオリジナルだけじゃなくて、色々なヒーローが生まれては死に、生まれては死にをくり返してるわ」
「はえ~」
気の抜けた返事をするしかない。
おれのオリジナル、泉銀二は重度のクソオタクだったからこの世をゲームとみなして、おれたちクローンを『プレイヤー』と呼んだ。
勝さんが『プレイヤー』だったのもたぶん似たような理由なのだろう。
世界基準では「人類の繁栄を妨害するもの『天使』」と、「人類を守るもの『英雄』」がそれぞれの陣営で活躍していると。
はえ~、マジでゲームの設定みたい。
「ま、それはともかく」
話がそれすぎたので、鉄男さんが話をもどす。
「師匠が生きているのなら、俺はもう一度挨拶に行きたい。両親の墓参りにも」
切実な願いだった。
Z-ウィルスに感染したせいで故郷を追放されてしまった身として、逃したくないチャンスだというのは痛いほどよく分かった。
運が悪けりゃとっくの昔にゾンビになっていたはずの鉄男さんだ。
運よく生きのびた今、故郷にたいする想いはさぞ高まっていることだろう。
しかしその一方。
「…………」
紫織のほうはずっと不機嫌そうに顔が強張ったままだった。
顔見知りの十人に会ったというのに笑顔の一つも見せない。
むしろ恨んでいるように見えた。
鉄男さんはやむを得ない事情で『故郷を追放』されたのだが、紫織は兄を捨てた街に見切りをつけて『故郷を捨てた』のだ。
ちょっとした違いでしかないようにも感じられるが、まさかこんな形で現れるなんてな。




