第105話 小さな戦士たち
「存外あっけないものだな。大言壮語をはいたわりに、自分の足元も制御できずこの有様か」
「えーわかんなーい」
崩壊した『女王』アナスタジアの王国。
その最期の有様をあきれた顔でながめる『偽聖剣』のジーク。
そしてなんにも考えていなさそうな『夢と幻』のアリス。
アリスはもちろんジークのほうにも仲間意識は無いらしい。
彼らがたびたび匂わせてきたとおり、超上級天使を支配してきた『組織』なるものはすでに消滅ずみなのだろう。
昔の顔なじみ、という以上の感情はないらしい。まあ女王のあの性格では無理もないか。
「いやー驕れるものも久しからずっスねー! あんなに威張っていたオバさんも終わるときはあっけないものっス、ジーク様!」
付き人の小型天使ピコがジークのまわりをブンブン飛びまわり愛想を振りまく。
ジークはうっとうしそうに顔をしかめていた。
「それで?」
ジークは突然おれに視線をうつし、「それで?」となにかを求めてくる。
「えっ?」
わけが分からず戸惑うおれをにらむように見つめながら、ジークは遠くで暴れている巨虫ガルガントの姿を指さした。
「貴様ごときがあのデカいのに勝つとは、どうやるつもりだ?」
「えっ、いやそれは……」
この地獄耳め、空の上にいても聞こえていやがったのか。
「命がけでやれば可能性があるかもっていう話で……」
「……」
「それにおれ以外の仲間は確実に死んでしまうんで……」
「やってみろ」
「はあ?」
おそろしく簡潔に。
おれたちの命なんてどうでもいいという顔で。
『偽聖剣』のジークは淡々とおれに命令してきやがった。
「貴様の価値をしめして見せろ。出来るのならやれ」
「んな簡単そうに―――」
言わないでくれ。と言い終わるまえに『偽聖剣』の手刀がおれの喉に触れていた。
「う……」
「価値がないならこの場で殺す。俺は人類の敵だ。メルクリウスのように甘やかす理由は無いぞ」
敵意も殺意もありながら、こいつの瞳には別のなにかも秘められているように感じた。
だが殺すという言葉は脅しでもないだろう。
この手刀をほんのわずかに動かすだけでおれの身体は二つに両断される。横でも縦でも斜めでも自由自在、思うがままに真っ二つだ。
なんなんだこいつは。
一体なにを考えていやがるんだ。
価値をしめせだと? そんな行為が命よりも大事だっていうのか?
分からん。超上級天使ってやつらは、どいつもこいつもクセが強すぎる!
「さあ早く決めろ。いっそここで楽になるか」
「く、くそっ」
こうなったらやってやるぞ。
おれはその気になったが、スライムの群れに囲まれた紫織が会話に割り込んできた。
「待ってください! 私たちもう必死で戦ってきたんですよ! もう限界なんです!」
紫織の叫びにもジークは動じない。
「体調を考慮してくれる戦場など初めからあるものか。動けなくなった者から死ぬ、それだけだ」
「そんな!」
まだなにか批判めいたことを言おうとする紫織だったが、その前になんとスライムたちが進み出た。
みんな一斉にピョンピョンはねて集まり、ジークの前に立ちはだかる。
そして。
『ピッピー!』
スライムたちは気合のこもった鳴き声をだした。
『自分たちはやるぞ!』と言わんばかりに。
おれの耳が間違っていない証拠に、紫織が慌てだした。
「ちょ、ちょっとスラちゃんたち、どうしてよ、やめて!」
『ピーッ!』
弱く小さな生き物たちが見せた気概に、ジークはフッと微笑んだ。
「戦士の心は戦士にしか分からんものだ。そうだろうお前たち?」
『ピーッ!』
なぜか共感している両者。
戦士の心?
それが命よりも大事な価値だっていうのか?
紫織はオロオロしながらなんとかスライムたちをなだめようとするが、どうにも収拾がつかない。
こいつらはやる気だ。
だけどちゃんと分っているのかこいつら。
「分かってんのかお前たち、おれの作戦通りにやったら全員死ぬんだ。全員だぞ? 運が良いとか悪いとか関係なしに、全員死ぬんだぞ、分かってんのか?」
スライムたちはまったく心が乱れた様子もなく真っ直ぐおれを見つめ返してきた。
ジークの言葉を借りるなら、まさに覚悟を決めた戦士の顔だった。
「あとはお前一人だけだ」
ジークの言葉が背中に突き刺さる。
「良いだろう、こうなりゃやってやろうじゃねえか」
おれもスライムたちの闘志にあてられちまったのかな。
体が熱い。血が滾る。
なんだか燃えてきたぜ!
「人の命は燃やしてこそ輝くんだってことを、てめえら化け物どもに見せてやるぜ!」
フッと冷笑ぎみに微笑むジーク。なんだかスライム以下のあつかいを受けているようでムカつくぜ。
アリスのほうは。
「いのちってもえるの? もえるの?」
なんてとぼけたセリフを言って目を輝かせている。
「ああ、よっく見とけよ! いくぜお前ら!」
『ピッピッピー!』
スライムたちは一部が合体し、乗り物になっておれを戦場へ運んでいく。
その周辺を大勢のスライムが追う。
総勢数百匹。そして一人。
目指すは巨虫ガルガントだ!
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「みんな……どうして……」
紫織は涙をこぼし顔をそむけた。
自分から離れて戦場へ帰っていくスライムたち。
どうしてこんなことに。
「目をそむけるな小娘」
『偽聖剣』のジークは涙を流す乙女にむかって不愛想に命令する。
「あの小さな戦士たちはお前を想って死にに行くのだ。見ろ。見届けて魂に刻め」
なにをわけの分からない勝手なことを。と紫織の胸に強い不快感がふくらんでいく。
だけどきっと彼の言葉は間違っていない。なんとなく分かる。
だって駆けていくスライムたちの後ろ姿が活き活きとしているから。
これから死にに行くというのに、いつも以上に活き活きとしているから。
自分はこの姿を見逃してはいけないのだと、心の奥底の部分がそれを理解した。




