25章 大いなる災い 01
ザンザギル侯爵領で突発的に起きたモンスターの群れの発生と襲撃。
それは幸いにして大きな被害もなく抑えることができたが、代わりに『緑の種族』という、未知の存在を俺たちの前に残していった。
全身が緑色の、人型の生物。昆虫の複眼と平たい嘴を持った『緑の種族』。結局意思の疎通もできないまま、彼は帝室から派遣された調査隊に連れていかれた。
なお調査隊は『異界回廊』を使用して帝都プレイオーネからザンザギル領の領都ザンザギリアムに来たのだが、移動時間は半日であったそうだ。
普通に移動すれば一週間はかかるので、早速『異界回廊』の有用性が証明されたことになる。それとともに、この一件は『異界回廊』が国によって公式に使用された最初の例になるだろう。
それはともかく、調査隊には『アイテムボックス』持ちの冒険者も同行してきていたので、『緑の種族』が乗っていたサボテン型モンスターの死骸(?)も持ち帰ってもらった。
今後帝室直属の研究員たちが研究をするのだろうが、『大いなる厄災』が本格的に来る前に情報が得られることを祈るのみである。
さて、一方で俺たちは、ザンザギル侯爵領を後にして、帝国最南端の町ガッシェラへ向かい、そこで『異界の門』を新たに開いた。これで皇帝陛下に依頼された分はすべて設置したことになる。
ガッシェラに開いた『異界の門』からは、帝都と東のザンザギル領、西のドーラゼル領の帝国内3カ所の『異界の門』を確認することができた。俺たちは看板や杭を打つことでルートを作り、それら『異界の門』同士をつなげた。北のファルクラム領は帝都からつながっているので、これで帝国内5カ所の『異界の門』は互いにつながったことになる。
国内の移動における『異界の門』使用については帝室に任せてあるので、皇帝陛下の判断のもと、すぐに使用が開始されるだろう。
また帝国南端の都市ガッシェラの『異界の門』からは、南のヴァーミリアン王国王都の『異界の門』と、アルマンド公爵領の『異界の門』も視認することができた。こちらもルートは作っておいたので、帝国と王国の間で協定が結ばれれば、帝国―王国間の移動も開始されるだろう。
というより、もとは北の冒険者を南のメカリナン国、オーズ国へ移動させることが目的で作った『異界回廊』である。国をまたいだ使用をしなければ意味がない。
俺たちはその後、一旦帝都の家へ戻ることにした。というのも、冒険者ギルドのグランドマスター・ドロツィッテが、一回冒険者ギルド本部へ戻りたいと言ってきたからだ。そちらで冒険者の『異界回廊』使用についてのルールなどの制定に専念したいらしい。
一週間ほど離れていた我が家だが、戻るとやはりホッとする気持ちはある。
家に戻って昼食を摂った後、俺はリビングのソファで紅茶を飲みながら本を読んでいた。
隣ではフレイニルが筆を持ってなにかを執筆している。彼女は『ソールの導き』の今までの歩みを本にまとめたい目標があるようで、それを書いているのだと思われる。
時々、
「ソウシさま、ラーニさんと出会った時の、ラーニさんの言葉を覚えていますか?」
とか、
「エルフの里に初めて行った時、確か奴隷狩りに襲われましたね」
などと聞いてくる。
気になるのは、彼女が俺のことを誇張して書かないかということなのだが、「誇張する必要もありませんから」と逆にたしなめられてしまった。
俺がちらりとフレイニルの書いている文章を覗き込んでいると、エルフのスフェーニアが外から戻って来た。彼女はドロツィッテとマリアネとともに冒険者ギルドに行っていたのである。
「お帰りスフェーニア、話はできたか」
「ええ、『通話の魔道具』で直接父に話をすることができました」
スフェーニアはそう答えながら俺の隣に座った。
俺はティーポットから紅茶を注いで彼女の前に出す。
「『緑の種族』について心当たりはありそうだったか?」
「いえ、まったく聞いたこともないそうです。ただ、父は過去の厄災についてはあまり調べたことはなかったそうで、これから『聖樹の洞』の資料に当たってみるそうです」
「面倒をかけるな」
「むしろ嬉しそうでしたよ。父はああいう性格ですから、むしろ今まで手を付けなかった資料を読む機会ができて喜んでいると思います」
スフェーニアはニコリと笑って紅茶に口をつけた。
「ならいいが。となると、『緑の種族』については帝室の研究とエルフの里の調査を待つしかないか」
「ドロツィッテによるとヴァーミリアン王家、メカリナン王家、それからオーズ国の大巫女様にも調査を依頼したそうです。ギルドでもマリアネがギルドの資料を調べ始めましたが、ドロツィッテの記憶力は確からしいので、彼女が知らないということは情報が見つかる可能性は低いでしょう」
「そうか……」
俺がふうと息を吐き出して手に持っていた本をテーブルに置くと、スフェーニアは俺の顔を覗き込むようにしてきた。
「ところで、ソウシさんは『緑の種族』をどのような存在だと考えているのですか?」
その質問に、筆を動かしていたフレイニルも反応してこちらに顔を向けてくる。
「……そうだな、『緑の種族』が乗っていた球形のモンスターが他のモンスターを率いていたことを考えれば、あの『緑の種族』が、『大いなる厄災』の発生に深く関わっているのは間違いなさそうだ」
「そうですね。そう考えるのが普通でしょう。しかしあの妙な球形のモンスターと『緑の種族』はどこから来たのでしょうか」
「ライラノーラの話だと、『大いなる厄災』は南から来るということだった。実際に南方のモンスター出現数が増えているのだから、その情報自体は信憑性が高いだろう。となると、あの『緑の種族』自身も南から来たと考えるが妥当だと思うが、そうなるとザンザギル領という北の地に現れたのは不思議だ」
「ソウシさんの『天運』が呼んだ……というなら分かりやすいのですが」
「『天運』の効果は未だによくわからないが、なにかを引き寄せるというより、なにかが起きる場に居合わせるというものだと感じている。『緑の種族』も『天運』を持つ人間を追ってきたわけではないだろう」
「そう考えたほうが自然な気はしますね。すると、やはり『緑の種族』がなぜ北の帝国にまで足を伸ばしたかというのは気になりますね」
「意味があるとは限らないけどな。もしかしたら単に気まぐれでやってきたのかもしれない。以前の『黄昏の眷属』のように」
「確かに」
どちらにしても、あまりに情報が少なすぎて結論が出るものでもない。
とはいえ、いくつかの可能性を考えておくのは悪いことではないだろう。あの『緑の種族』が何らかの意図をもってモンスターの群れを率いて暴れるというのなら、俺たちが相手にすべきはモンスターではなく『緑の種族』だということになる。もちろんあの『緑の種族』がもっと上位の存在の走狗に過ぎない可能性もある。
そもそも、アーシュラム教の聖女様が受けた神託によれば、『大いなる災い』としてやってくるのは『魔物の王』という話だった。今まではそれを、古に現れた邪龍のような強大な力を持ったモンスターだと考えていたが、今回の一件で、モンスターを使役する『緑の種族』の代表者を指す可能性も出てきたわけだ。
そのように先入観を破壊してくれたという意味では、今回の襲撃はあって幸運だったと言えるかもしれない。
そんな話まですると、フレイニルが深くうなずいてから口を開いた。
「あらゆる出来事をいい方へ捉えるソウシさまのお考えは素晴らしいと思います。その上で、私たちはどのような準備をするべきでしょうか」
「そうだな……今回の件で、『大いなる災い』の本体がいつやってくるのか予断を許さなくなってしまった。『異界回廊』が一通り整ったから、とりあえずどの地域にもすぐに駆けつけられるように、大陸中央に近い王国の王都で待機をしておくのがいいかもしれないな」
「王都ならAクラスのダンジョンもありますし、戦いに身体を慣らしておくこともできますね」
そんな話をしていると、ラーニとカルマがやってきた。二人で稽古をしていたが、切り上げて風呂に入ってきたようだ。
「ソウシ、なんか動きがあったの?」
「いや、各方面に調査依頼ができたってだけだ。とりあえず『緑の種族』についての調査結果待ちだな」
「ふ~ん。でも待ってるだけっていうのも気持ち悪いよね。ライラノーラが言うように『大いなる災い』が南から来るなら、オーズ国やメカリナン国の南を調べるのもいいんじゃない? 大きな未開拓の森があるって話だし、ガルーダモスに乗って空から見るとかできる気がするけど」
「……なるほど、確かにそうだな」
恥ずかしながら、ラーニに言われるまでその考えはまったく頭に浮かばなかった。確かになにかが来るのを待っているくらいなら、こちらから調べに行くのもありだろう。
ただ、その考えが思い浮かばなかった理由の一つは、ガルーダモスをそこまで危険な調査に付き合わせていいのかという無意識の遠慮もあった気がする。だが一度、協力してもらえるか聞いてもいいだろう。
その後夕食の場で全員に相談をしたところ、全員一致で南の大森林調査に行くということになった。
ドロツィッテなどは、
「もしガルーダモスが駄目でも、歩きで大森林を調査するべきかもしれないね。最悪何かあったら『異界の門』を開いて戻れば大丈夫だろうし」
などと言うくらいであったので、どうやら俺たちのやることは決まったようだ。
さて、鬼が出るか蛇が出るか、それともただの空振りに終わるのか。そんなことで心が湧きたつのは、俺がすっかり冒険者となってしまったからだろうか。以前の俺なら考えられないことである。
所用により7月14日15日の更新はお休みします。
次回は7月16日更新になります。




