24章 異界回廊 25
順調にメンバーの装備が充実させた俺たちは、大休止を取った後、地下31階へと進んだ。
通路は変わらず広めだが、床が湿っていて、所々水たまりができているのが今までと違うところだった。
警戒しながら進んでいくとその謎が解けた。出てくるモンスターが水棲系のものだったのだ。
まず現れたのは、ヒレが足のように発達した巨大魚型のモンスターだった。見た目はシーラカンスに似ているが、顔つきは遥かに獰猛そうで、なおかつその口には凶悪な牙が並んでいる。全長は5メートルを超えるだろうか。背びれに並んだ棘には毒もありそうだ。
「『エレメンタルラングフィッシュ』という名のモンスターです。水属性魔法を使ってくるようですね」
「魚の姿で魔法か。見た目に騙されそうだな」
メンバーに注意をしておきつつ、いつもの通り魔法が全て俺が引き付ける。
30匹超のエレメンタルラングフィッシュだが、使ってくるのは『ウォータースピア』という超高圧水鉄砲の魔法だった。30本の水鉄砲を受け止めると、俺の周りにあっという間に水たまりができて大変なことになる。
ただ、それ以外は特に何もなく、俺がびしょぬれになっている間にメンバーが片づけてくれた。
「魔法防御力、物理防御力はAランク相当に高いようですが、私たちの相手ではありませんね」
というのがスフェーニアの見立てだった。
素材はなんと魚の切り身だった。ダンジョン産なので新鮮なだけでなく、寄生虫などもいないはずだ。もしかしたら刺身で食えるかもしれないと秘かに期待していたら、
「ソウシ、なんか変な顔してるけど、これって美味しいの?」
とラーニに指摘されてしまった。
「いや、生で食えそうだなと思ってな。俺の国では刺身っていって魚を生で食べる料理があったんだよ」
「え~……」
やはりというか、ラーニを始め数人のメンバーにはかなりひかれてしまったが、シズナが、
「海沿いではそういう食べ方があるというのは聞いたことがあるのう。オーズでも、魚を生で食べるのを贅沢としていた時代があったはずじゃ」
と言ってくれたので助かった。
地下33階からは、甲羅がオリハルコンでできたカニ型モンスター『オリハルコンクラブ』が出現するようになる。
自動車ほどの大きさのモンスターで、ハサミはまるで重機のアームである。見た目通り高い防御力を誇る物理型モンスターだが、口から麻痺毒を含んだ泡を飛ばしてくるという面倒さも持ち合わせているらしい。
「あの甲羅は普通に戦うと面倒そう」
というラーニの判断もあって、フレイニルの神属性魔法『神の後光』の使用が決定する。
防御力を下げる『神の後光』の効果は確かで、ラーニによると、
「オリハルコンが鉄くらいの硬さになる感じかな」
とのことであった。
もちろん『ソールの導き』のメンバーは毒の泡など食らうことなく巨大カニを殲滅する。
ドロップするのは当然オリハルコンの塊だが、時々食材としてのカニを落とすことがあった。巨大カニを倒したら普通サイズのカニが出てくる、というのはあまりに奇妙な感じだが、見たところズワイガニそのもので、もしかしたらこれも俺とライラノーラの合わせ技の影響かと思う次第であった。
なお、俺がつい「これは美味そうだな。今日の夕食の楽しみが増えた」と言ったら、今度はスフェーニア始め数名に妙な顔をされてしまった。
「エルフは沢ガニとか食べないのか?」
「沢蟹というのは川にいる小さなカニのことですか? ええ、食べませんね。あれはどうやって食べるのですか?」
「そのまま唐揚げにしたりするんだが……。獣人族は食べるんだろう?」
「時々、いっぱい取れた時は食べるともあるかな。カルマは好きなんでしょ?」
「そうだねえ。ウチでは茹でて食べてたけど、油で揚げても美味そうだね」
ということで、やはり食文化の違いというのは致し方ないようだ。
「まあ無理に食べることはないさ」
強引に話をまとめてダンジョンを進み、ようやく今日の最後、地下35階へ辿り着く。
ここで現れるのは、頭部に左右に突き出た二対四本の顎を持つ、ムカデのような身体をもったモンスターだった。
要するに全長20メートルオーバーのオニイソメなのだが、『オーガワーム』というそのままの名前らしい。顎には麻痺毒があるが、基本はそのまま物理で押してくるモンスターだそうだ。
問題はそんなグロテスクなモンスターが一度に10匹以上も出てくることだ。その光景はある意味圧倒的で、
「ひいいいぃ、これはちょいと無理じゃのう!」
と、ムカデ嫌いのシズナが青い顔で叫ぶのも無理はなかった。
見るとフレイニルやスフェーニアも青い顔をしている……というか、平気な顔をしているのはマリシエールとゲシューラ、それとライラノーラくらいである。
仕方ないのでここは俺が『誘引』で引き付けて、メイスですべて叩き潰すことにした。しかしイソメは釣りの時の餌として何度も扱ったことがあるが、こんな形で再会することになるとは思わなかった。
ブチブチと巨大オニイソメの頭部を叩き潰しながら進んでいくと、ほどなくしてボス部屋の扉前にたどり着く。ちなみにオーガワームが落とす素材はモンスター自身のグロテスクさに反して美しい水晶で、スキル効果のあるアクセサリーの材料になるようだ。
小休止後、ボス部屋に入る。
広大な部屋の床にはやはり水たまりが無数にあって、水棲生物系のボスが出るのだろうという雰囲気である。
ボス出現時の黒い霧は、量が今までで一番多い。
そして現れたボスは、実は予感はあったのだが、超巨大なタコの『クラーケン』だった。
数は一匹だけだが、その大きさは圧倒的だ。頭部の高さは優に20メートルはあるだろうか。まるでビルを見上げているかのようで、もやは怪獣といったほうがいい。
頭部は完全にタコのそれだが、触手は八本ではなく、パッと見ただけで30本以上ありそうだ。もちろん吸盤が無数についてタコのような触手で、すべてがうねうねとせわしなく蠢いている。
じっと『鑑定』をしていたマリアネが、一瞬鋭い目つきをした。
「……『エンペラークラーケン』という、『クラーケン』の上位種のようですね。確かにクラーケンより一回り以上大きいようです」
「ということはレアボスということか?」
「その可能性は高そうですね。一匹しか出ないというのも怪しいですし。強力な再生能力を持つほか、触手には雷をまとうそうです」
「電撃攻撃か、捕まるのはマズそうだ。床が濡れてるから電気がそれを伝ってくる可能性もある。遠距離からの攻撃をメインにして少しずつ末端から削っていこう。再生持ちというならヒュドラと同じく再生が切れるまでの長期戦になる。覚悟して臨もう」
「はいソウシさま。私は補助に専念します」
「了解~。電撃っていうとスフェーニアとゲシューラが使ってる雷魔法みたいなやつでしょ。ちょっと怖いわね」
というラーニの言葉には、ドロツィッテがフォローをいれる。
「魔法耐性があればいきなり大ダメージはもらわないだろうけど、少し痺れるかもしれないね。ソウシさんの言う通り近づかないのが一番かもしれないね」
「そういうのはヤダなあ」
そんなやりとりをしつつ、フレイニル、スフェーニア、シズナ、ドロツィッテ、ゲシューラら後衛陣は全員『精霊』に騎乗する。残りの6体の『精霊』はミスリル人形となってエンペラークラーケンを抑え込む体勢だ。『精霊』は電撃には強いはずだが、あの触手そのものには苦戦するだろう。
後衛陣、そして前衛陣も、エンペラークラーケンを半円に包囲するように広がる。
俺と6体の『精霊』は、エンペラークラーケンの動きを抑え込むために前に出る。エンペラークラーケンの巨大な目が、俺のことを無感情に見据える。こちらも負けないように睨み返してやると、エンペラークラーケンは10本以上の触手を振り上げてこちらへにじり寄ってきた。




