24章 異界回廊 16
夕食時となり、俺とマリシエール、そしてドロツィッテは国王陛下と食事を共にすることになった。
『ソールの導き』の中でこの3人だけが呼ばれたのは、帝国の爵位持ちだからだ。実際のところは先方から全員出席をという話もあったのだが、先方やメンバーとの話し合いの結果、さすがに12人全員出席はキツいという話になったという裏もある。
食堂の長いテーブルの主人席に国王陛下が座り、その一番近いところに俺が、その隣にマリシエール、さらにその隣にドロツィッテが座る。
俺の対面には王妃殿下、そしてその隣、マリシエールの対面には王太子殿下が、さらにドロツィッテの対面にはマルガロット姫殿下が座る。
国王陛下は茶色の髪を後ろに撫でつけ、口元には髭をたくわえた、貫禄のある紳士といった容姿の人物だ。
初めてお目にかかる王妃殿下は、金髪を後頭部でまとめた非常に上品な女性である。俺の顔を見るやいなや「先だって命をお助けいただきありがとうございました。お陰様で、こうして生きながらえることができております」と頭を下げられてしまったのだが、王妃が病気と聞いて『エリクサー』を献上したことも俺の中ではもう遠い過去の記憶である。
王太子殿下も初めて会うが、こちらは茶色の髪をきれいに揃えたハンサムな青年であった。まだ二十歳前に見えるが、その立ち居振る舞いにはすでに常人にはない気品と、威厳のようなものが備わっているように見えた。
「お初にお目にかかりますオクノ侯爵閣下。私はゼイクリッドの長子のエメロードと申します。閣下のご活躍は多く聞き及んでおり、感服申し上げているところです。この度も我々の常識を超えるお話を聞くことができるとのことで、非常に楽しみにしております」
などと隙のない挨拶をしてくるところは、俺としてもこれが王太子と感じ入ることしきりであった。ヴァーミリアン王国は今後も安泰であると思わずにはいられない。
フレイニルたちとトランプをしている時は年相応に砕けた雰囲気のマルガロット姫も、こういう場ではまさに姫君といった立ち居振る舞いで、金髪緑眼の美少女であることもあって、絵に描いたようなお姫様そのものであった。
皆が席に着いて一通り挨拶が終わると、食前の酒で乾杯が行われた。
王家で供される酒は俺が一口飲んで上等とわかるものだった。
国王陛下が、グラスを傾ける俺を見て目を細めた。
「先にエメロードが言った通りオクノ侯爵の話は様々に聞いているが、以前よりも英雄としての風格が身についているように見えるな」
「英雄などおこがましい限りですが、立場上虚勢でも張らないよりは良いと感じることは多くあります」
「その言いようは変わらぬな。しかし侯爵の挙げたいくつもの功績は、国を超えて称揚されるべきほどの大きなものだ。それを為したからには、貴殿が相応の態度を取ることは自然と必要になろう」
「今後努力して身につけたいと思います。……もしかして国王陛下も?」
さきほどのガンドロワ氏の言葉を思い出し少しだけ砕けた話をしてみると、国王陛下は「ふふっ」と笑った。
「無論だ。王という立場はその人間に相応のふるまいを求めてくるからな。もっとも余はそうあれと教育されてきた身ゆえ、ある程度は自然にこなせるが、オクノ侯爵のようにもともと腰の低い御仁は、侯爵の振舞いをするのは大変であろうな」
「本当にそうなのです。悩んだ挙句仲間に相談したところ、もとのままでいいと言われたので今は開き直っておりますが」
「ははは、そうだな、それも一つの処し方かもしれん。貴殿がどのような態度を取ろうと貴殿を侮るものなどおるまいしな。いざとなれば貴殿の《《奥方》》に頼めばよい。高貴な生まれの方々が揃っているゆえな」
いきなり不意打ちを食らって、俺は食前酒でむせてしまいそうになった。
横に座るマリシエールとドロツィッテが口に手を当てて「ふふふっ」と笑い、王妃も笑ったようだ。ただエメロード王太子とマルガロット姫は笑いが起きた意味がわからず、不思議そうな顔をしている。
国王陛下はその反応を楽しむように見回すと、今度はマリシエールに話しかけた。
「ところで音に聞く帝国の英雄、マリシエール殿が『ソールの導き』に入られたというのは我々も驚いたのだが、どのようないきさつがあったのだろうか?」
「簡単なお話なのです。帝都で開催された武闘大会の決勝戦で、わたくしはソウシ様に負けたのです。わたくしは前々から、わたくしより強い殿方に輿入れすると宣言をしておりましたので、自然と『ソールの導き』の一員となったのですわ」
「ふむ、話には聞いていたが、やはりその通りでいらっしゃるのだな」
と国王陛下はうなずいただけだったが、マルガロット姫が身を乗り出さんばかりに反応した。
「それはとても素敵な、まるで物語の一節のようなお話に聞こえます。武闘大会での戦いや、その後にどのようなやりとりがあったのか是非お聞きしたいのですが」
目を輝かせる姫の様子に、マリシエールも柔らかい笑みを浮かべる。
「決勝の舞台は、本当にただ互いに戦士として戦っていただけですから、お話できるほどのことはありませんわ。その後、兄の計らいでソウシ様にわたくしのお気持ちはお伝えはしました。ただそれからは自然と『ソールの導き』に入っていたという感じですし、特に記憶に残るやりとりもありませんわ。ソウシ様はなにか覚えていらっしゃいますか?」
「ん……っ!?」
再びむせてしまう俺。そんなクリティカルな話題を振ってこられても困るのだが、マルガロット姫が期待に満ちた目でこちらを見ているので、俺はなんとか記憶の糸を手繰ってみる。
が、思い出されるのは、確かにマリシエールに告白のようなものはされたが、その後はすでにパーティメンバーに《《話が通っている》》ということを言われ、それで勝手に話が終わったという記憶だけであった。
なので、
「気付いた時には外堀が埋まっていたという記憶しかないな」
と冗談半分に答えたら、国王と王妃、それからマリシエールとドロツィッテは大笑いをした。残念ながら王太子と姫はまた置いて行かれてしまった形になって、特に姫は不満げな雰囲気だった。
それを察したドロツィッテが、
「ソウシさんは非常に奥手で謙虚な男性でしてね。マリシエール殿下に『もう一度考え直したほうがいいのではないか』と答えたそうなんですよ。でもマリシエール殿下が告白した時点で、殿下が『ソールの導き』に入るのはすでに決まってたんです。ソウシさん以外のメンバーと事前に話し合いをしていたんですよ」
と説明をしてくれた。
「つまり、マリシエール様は、オクノ侯爵のもとになんとしてでも輿入れをしようとなさったわけですね?」
「そういうことになるでしょうね。女性であっても、意中の男性がいたら積極的に攻めていく、というところがいかにもマリシエール殿下らしいでしょう?」
ドロツィッテが冗談めかして言うと、マルガロット姫はこくこくとうなずき、国王陛下は「マルガロットに妙なことを吹き込んでもらっては困る」と苦笑いした。
その後は、『ソールの導き』が王都を出て帝国に向かってからの話を一通りすることになった。
武闘大会での『冥府の燭台』の暗躍、ファルクラム侯爵家の災難、『黄昏の眷族』の襲来と撃退、獣人族の里からアルマンド公爵領にかけての『冥府の燭台』との戦い、そして『異界』で目にした『悪魔』を作り出す装置『造人器』、さらに『冥府の燭台』との決着。すべて話すだけでも、フルコースのディナーがデザートに至るまでの時間を要した。
国王陛下は静かにうなずきながら、王妃と姫は『冥府の燭台』の蛮行に口元を押さえ、王太子は戦いのシーンで身を乗り出すようにして話を聞いていた。なにしろいずれも想像を絶するような話ばかりであるので、時には料理を口に運ぶのも忘れていたようだ。
話が終わると、国王陛下は料理の最後に供された茶に口をつけて、そして深くうなずいた。
「『ソールの導き』の業績については冒険者ギルド経由で聞いているところではあるが、やはり当人から直接話を聞くとその重みが強く感じられるな。しかし本当にオクノ侯爵と『ソールの導き』はよくやってくれたと礼を言いたい。もし『冥府の燭台』の思う通りに事が進んでいたら、それだけで我が国も帝国も恐ろしいほどの災難に見舞われていただろう」
「特定の集団同士の対立を煽り、争いを起こさせることを目的としていただけでなく、最終的には地上の人間をすべて『悪魔』に変えようとしていた集団、ということになるでしょうか。今考えても不気味な者たちでした」
「うむ。国内各地に一斉に『悪魔』が現れ始めた時にはどうなることかと思ったが、それがすぐに終息したのもオクノ侯爵らのお陰だ。『黄昏の眷族』については我が国は直接関係したわけではないが、それも恐るべき話であったな」
「そちらは基本的にレンドゥルムという者の独善が原因だったようなので、双方に被害が少なくて助かりました」
「それもオクノ侯爵の持つ力があればこそだ。『黄昏の眷族』の王など、一体どれほどの強者なのか想像もつかぬ。それこそ一人で国を落とすことができるくらいの者であろう?」
「戦力だけを考えるならばそうかもしれません」
レンドゥルムとの戦いも遠い昔に感じられるが、彼の力は恐るべきものではあった。Aランク冒険者が束になってかかっても……正直俺以外の『ソールの導き』のメンバーが全員でかかっても、恐らく勝てる相手ではなかっただろう。
ただどれほどの強さを誇ろうとも、個人は所詮個人でしかない。『黄昏の眷族』の軍勢も結局3000人しかいない小集団でしかなかったので、この大陸すべてを手中に収めるというのは結局は不可能だった気もしなくはない。
もっともここで問題なのは、その個人で一国の軍勢に匹敵するレンドゥルムを俺が一対一で倒したということだ。言うまでもなく、それは俺自身が一国を相手に戦える人間だということになる。
もっとも、国王一家はそういった俺に対する恐れなどはおくびにも出してはいない。それはもしかしたら演技なのかもしれないが、俺はそれでも救われる気がしていた。
「ともかく、今後も『大いなる災い』なるものが起こるとなれば、我々はオクノ侯爵に頼らざるを得ぬ。無論こちらも最大限の対応はする。今回貴殿が提唱する『異界回廊』の設置についても、前向きに対応したいと思っている。そのあたりは明日の話になるが、よろしく頼むぞ」
その言葉で夕食会は終了となった。
しかし考えると、帝国でもメカリナン国でも、俺は国の長と食事を共にする人間となってしまっているのであった。
『大いなる災い』の存在があるうちはまだいいが、もしそれを無事に収められた後には、本当に身の振り方は考えないとならないだろう。ただ先ほどの国王陛下の言葉ではないが、俺には頼れる仲間がいる。最後には彼女らに頼るのもいいのかもしれない。




