24章 異界回廊 14
『ガルーダモス』で王都へ向かう途中、サラマンダーに襲われている隊商を発見した。
急ぎ救助の向かったところ、襲われているのは以前に知り合った商会長トロント氏であった。
「なんと、こちら『聖獣』なのですか!?」
トロント氏は俺の手を取って一通りの礼を述べると、すぐに近くに着地したままのガルーダモスに気が付いた。彼は最後尾の馬車に乗っていたのでそれまで気付いていなかったらしい。
「ええ、オーズ国では『精霊獣』とも呼ばれている、『ガルーダモス』という『聖獣』です。以前クモのモンスターに捕まっていたところを助けたのですが、それを恩義に思って我々を運んでくれているんですよ」
「運ぶというのは、この『聖獣』に乗って空を飛ぶということですかな?」
「そうです。我々はアルマンド公爵領からここまで飛んできたのです」
と答えると、トロント氏は「はぁ~」と声を漏らし、しばらくガルーダモスを眺めていた。
「いやはや、『ソールの導き』の皆さんの活躍はあれからさらに色々とお聞きしておりまして、王都でもかなり噂になっているのですが、直接オクノ侯爵から話をうかがい、さらにこうして姿を拝見すると、なにか自分が英雄譚の登場人物にでもなったような気がいたしますな」
「前回王都を出てからのことは、さすがに自分でも色々やったという自覚はあります。しかし自分に関する噂はあまり聞きたくないですね」
「残念ながら嫌でもお耳に入ると思いますぞ。吟遊詩人によると、オクノ侯爵は世界を救い、多くの美女を虜にする絶世の色男にして最強の冒険者ということになっておりますからな」
そう言って「はっはっはっ」と腹を揺すって笑うトロント氏。
それを聞いてニヤニヤ笑うラーニやカルマ、シズナたち。
マリシエールも、
「ふふっ、吟遊詩人たちの目は確かですわね」
と言いながら、その目は微妙に笑っている。
真面目なサクラヒメは表情を殺してノーコメントを貫いているが、その時点で何を思っているのかは一目瞭然である。
なおフレイニルは、
「詩人はソウシさまのことをよく理解しているのですね」
と本気の顔で言ってくるが、それを受けてトロント氏が、
「私もそう思いますな。オクノ侯爵にはすでに英雄の風格がありますからな」
などと口にするにつけ、俺の顔はますます渋くなってしまう。
その流れを止めてくれたのは、グランドマスターのドロツィッテだった。
「まあソウシさんを話の種にするのはそこまでにして、何が起きたのか教えていただきたいのだけれどいいかな?」
「これは、もしや冒険者ギルドの総帥のドロツィッテ・オサロー伯爵でいらっしゃいますか」
と両手を広げて驚きを表現するトロント氏は、さすがやり手商人らしく、ドロツィッテの素性は知っているらしい。
「私のことをご存じなら話が早いね。ギルドとしてもモンスターの異常発生は把握しておきたいので協力をお願いするよ」
「かしこまりました。実はですな――」
トロント氏の話は、そこまで驚くほどのものでもなかった。
いつもの通り他の町に商品の買い付けに行き、王都に帰る途中、森からいきなりサラマンダーの群れが現れたというものだ。
サラマンダーの出現前後で特に奇妙な現象などもなく、ただ10匹も現れるというのが異常というだけだった。
「冒険者も雇っていたのですが、さすがにCランクモンスター10体は無理と言われて逃げていたのですよ」
「なるほど。しかし王都でも地上でのモンスター発生数が増えていることは周知しているのだろう?」
「ええ、もちろんです。つい最近までは『悪魔』も出現していましたし、商人は多少金がかかっても冒険者を必ず雇うようにしています。個人で移動をする旅人や行商人なども、金を出し合って10人で冒険者1パーティの護衛を雇って移動をしたりしていますな」
「それは賢いね。しかしそうなると町と町の間の行き来はどうしても減ってしまうか。これは長期間続くとあちこちで不都合なことが起こりそうだ」
ドロツィッテの言葉はその通りで、人の行き来が減るというのはそのまま物資の流通が滞るということだ。農村部などは生活必需品を行商に頼っているところも多い。それが途絶えれば生活そのものが立ち行かなくなることもある。
「その通りですな。冒険者を雇うと利益が出なくなるような商売はできなくなりますからな」
というトロント氏の言葉は、まさにその話をしているのだろう。
「ところで『ソールの導き』の皆様も王都へ向かわれるところだったのでしょうか?」
「そうです。国王陛下に呼ばれておりまして」
「ああ、『悪魔』の件ですな。しかし国王陛下も今の『ソールの導き』を迎え入れるのはかなり難儀されるでしょうなあ」
と言いながら、『ソールの導き』のメンバーを眺めるトロント氏。彼と前回会った時に比べて、ドロツィッテ、マリシエール、ライラノーラが増えたくらいだろうか。
もっともライラノーラはともかく、帝国伯爵と帝国皇帝の妹君の2人を迎えるのは確かに気を使うだろう。俺自身も帝国侯爵であることを考えると、確かに国王陛下もどう扱っていいか難しそうだ。
その後、俺たちはトロント氏と別れ、再度『ガルーダモス』へと乗って王都へ向かった。
俺たちを乗せた『ガルーダモス』が飛び上がるところを、トロント氏をはじめ、他の商人や護衛の冒険者たちは口を開きながら見上げていた。
しかし『ガルーダモス』については目立たないようにするつもりだったのだが、よりによってトロント氏に見られてしまうというのもなんとなく『天運』のいたずらな気がするな。
さて、再飛行を初めて30分ほどで、前方に大きな城塞都市が見えてきた。その規模は地球の巨大都市を知る俺から見ても素直に凄いと思えるものであり、さすが王都というべき威容を誇っている。
「こんなにも早く王都に着いてしまうとは、本当に驚きますね、ソウシさま」
「ああ。『異界回廊』を使っても、歩きだとここまで早くは着かないだろうな」
そう考えると、『異界回廊』も意外と大したことないような気もしてくる。ガルーダモスは速度的には新幹線と同じくらいと思われるので、前世の科学も十分以上に魔法であったのだなと今さらながらに思われる。
さて、さすがに王都の中に直接着陸したら一大事などというレベルではなくなってしまう。シズナに頼んで、『ガルーダモス』には、王都から少し離れた平原に着陸してもらった。
俺たちを降ろすと、『ガルーダモス』はそのまますぐに飛び去っていった。シズナによると彼は近くに待機するつもりらしい。
着陸地点の平原から歩いて王都南側の街道に出る。
「いやあ、信じられないくらい素晴らしい体験ができたね! マリアネに話を聞いてから絶対に自分も乗ってみたいと思っていたのだけど、それが叶って本当に感謝しかないよ!」
と、未だに興奮冷めやらぬ様子なのはドロツィッテだ。
カルマも「『ソールの導き』に入ってから驚くことしかないけど、今回の件はその中でも上位に入るね。伝説の冒険者だってこんな体験はしてないだろうねえ」と感じ入ったように腕を組んでうなずき、サクラヒメも「これは父上と母上にぜひ報告をせねば」と妙に力を込めていた。
街道を歩いていると、所々に兵士の集団がいるのが目に付く。モンスター対策だと思われるが、かなりものものしい感じを受ける。
にもかかわらず、街道を行く人の数はあまり変わっていないようである。トロント氏が言っていたように、冒険者を伴っている人間も多い。
もちろんその多くが、俺たちに目を向けてくる。
『ソールの導き』が目立つ一団であるのは今さらなのだが、時々「あれが『ソールの導き』か?」「帝国の武闘大会で上位を独占してるんだろ」「リーダーが『カオスフレアドラゴン』を素手で倒したって聞いたぞ」「『黄昏の眷族』の親玉も殴り殺したって話だ」「例の『悪魔』が消えたのは、『ソールの導き』のお陰らしい」といった声が聞こえてくるのが以前と違うところである。
その一方で「なんだあの美人冒険者の一団は」「いや待て、あれは『玲瓏たるマリシエール』じゃないか?」「それって北の帝国の皇帝陛下の妹君か?」「なんで冒険者ギルドのグランドマスターが一緒に歩いてるんだ?」「ハイエルフだよなあの見た目は」「下半身が蛇の種族なんて聞いたこともないが」といった声も聞こえてくるが、このあたりは以前と同じだろうか。
「予想以上に俺たちのことは噂になっているようだな」
とつい口にすると、丁度隣を歩いていたマリアネが「そうですね」と応じた。
「もう冒険者で『ソールの導き』を知らない者はおりません。商人も貴族も、我々を知らない人間がいたとしたら馬鹿にされるくらいでしょう」
「まあ……確かにそうなんだろうな。しかしトロント氏もそうだったが、『悪魔』の件が一般に知られているのは不思議な気もするが」
「一部は憶測が入っているのかもしれませんね。それがたまたま真実を示していたということかもしれません」
「俺たちが『異界』に行って『冥府の燭台』を倒したということは、まだ一般には広まってないはずだしな」
もっとも俺たちが『悪魔』の大群を退けたことや、アルマンド公爵領での騒ぎは伝わってしまっているだろうし、その上で『悪魔』の出現がピタリと止めば、そんな噂が立ってもおかしくはないのだろう。




