ここは私の部屋
二階に上がって左側には、客室が一つとバスルーム・トイレが有った。
そして、右側に有る三室が自分達の部屋だと言うので、真っ直ぐ部屋の方に行く。
三室の扉は、食器棚と同じ色に塗られている。
「けんかにならないよう、三部屋とも全く同じ造りにして有るよ。場所で選んでも良いし、ドアの色で選ぶのも有りだ」
扉の色はクリーム・ピンク・グリーン。
チャームの色も、同じだった。
となれば、答えは一つ。
「例の配色で良いかな?」
「私はピンク~」
「ボクはグリーンだねっ」
そして亜美奈はクリーム色だ。
三人、それぞれの扉の前に立ち、ドアノブに触れる。
「「「ここは私の部屋」」」
前もってミケルから聞いていた『ワード』を口にすると、カチッと音がして扉が開いた。
「わぁ~、ひろぉい~」
「ボクの部屋の三倍くらい有りそう」
「物が無いと、更に広く感じるよね」
部屋は細長く、奥に大きな窓が有る。
そして、入ってすぐ右に、扉が一つ?
造りはどれも同じだと言っていた、つまりどの部屋にも入って右手に扉が有るという事になる。クローゼットだろうか。けれど部屋の広さから考えて、あの場所にクローゼットを作る厚みは無いのではと思える。
亜美奈の部屋は一番左だから、右に扉が有っても判らないでも無いが、声を聴けば心菜と真鈴の部屋にも同様に右にあるという。
「ミケルぅ、入って右のドアぁ、なんなのぉ?」
「それも部屋だよ、開けてごらん」
部屋と言われても、ここに有るのは壁だけの筈。
良くて隣の部屋だが、心菜と真鈴に聞けば左側には扉は無いのだそうだ。
つまり、壁に扉がくっついているだけの筈で。
だが、亜美奈達は恐る恐る部屋へと入り、その扉を開けて見た。
果たして部屋は有った。
造りは体育館のようで、上の窓の辺りにはぐるりと通路が有る。所々広く場所を取っていて、階段も四つ付いている。
部屋の突き当りに扉が一つあり、中央の両端にパーティションに囲まれている部分がある。
全体の広さは体育館の四倍くらい有り、突き当りまで行くのも面倒なくらいだ。
「あのぉ~」
「なんなの、あの部屋?」
ミケルの元に戻ると、恐々と真鈴が切り出した。
普通じゃない部屋だ、明らかにおかしい。
「あれは持ち主にしか入れない。どこに居ても、扉さえ有れば入れるし、その扉もなんでも良い。そういう、特別な部屋なんだ」
どこからでも入れる。
しかも自分だけとなると。
「野宿する時、あの部屋に入れるようにしておけば、猛獣や強盗に襲われる心配が無い?」
「「おおっ」」
亜美奈の発案に、心菜も真鈴も手を打ち鳴らして納得した。
言葉にはしなかったが、『名案』と言った感じだ。
他にも。ここに戻れば毎日風呂に入る事が出来るし、これだけ広いなら荷物置きにも出来て、沢山の物を持ち歩かなくて済む。
バッグも有るが、ネット小説に有るような無限に入る物では無いから、何かの時の為に空きを作っておくべきだと亜美奈は思っている。
「問題は、家具をどうやって調達するかだね」
「それねぇ」
家の周りに木がたくさん生えているため、自分で作ることは不可能では無いだろうが、素人三人では細めの丸太を並べるのが精一杯だ。
「それは、後のお楽しみという事にして。とりあえずは鑑定のレベルを上げよう。鑑定を使えるようにしておかないと、精霊の保護が出来ないからね」
「もしかしてミケルさん。あの部屋が鑑定しても大丈夫な場所なんですか?」
鑑定をした時のあのグルグルは、情報量の多さが原因だ。
もしもあの部屋が、外界と完全に隔離されているとすると。
思いついた亜美奈が、ミケルに自分の考えを言いその答えを求めた。
「正解だよ。あの部屋は扉さえ閉めてしまえば、外とは完全に遮断されるようになってるんだ。更に今は物も少ないから、持ち物の数によってはかなり楽になるはずだよ」
「じゃあ、手ぶらならもっと楽」
嬉しそうに真鈴が言う。
確かに、楽になるなら荷物を持たない方が良いと、亜美奈も心菜も同意したが。
「鑑定する物が無いとレベルが上がりにくくなって、長時間部屋に籠るようだよ」
それは嫌だ。
がっくりと肩を落とす三人。
名案だと思って言っただけに、とくに真鈴の落胆は大きい。
「バックにしまってる物は鑑定されないから、心配なら初めは少しだけ出して鑑定すればいい。お茶とオヤツでも持って、ノンビリやると良いよ。全部並べて、その中から見たいと決めた物一つだけを見られるようになったら、終了して出てくれば良い」
「判りましたぁ」
「了解っ」
「頑張ります」
三者三様の返事をした後は、そろってキッチンへと走る。
すでに食べてしまい空になった箱に、ティーポットに作った紅茶とオヤツを詰める。
雑に扱っても溢す心配の無い箱は、持ち歩きにも便利だ。
「亜美奈には、精霊石を返しておくね。くれぐれも、中に入ってから袋に入れるんだよ」
「はい、判りました」
先程保護した精霊の石を受け取り、自室へと入る。
持って入るのはオヤツの箱と、道具が入ったバッグ。
そして、入学以来の付きあいである、大きなリュックだ。
部屋に入ると亜美奈は、それらを床に降ろし、自身も静かに座り込んだ。
そしてバッグから契約用の袋を取り出し、代わりにリュックをしまう。取り出した袋に、赤い石を入れると間もなく最初の鑑定が始まった。
沢山の情報が、亜美奈めがけて飛び込んでくる。
めまいがする、グルグルと駆け巡る情報量に心が持って行かれそうになる。
だが、範囲が狭いおかげで、先程よりはずっと楽だった。
「赤いから、火の魔法だと思ってた」
精霊が持っていたのは、料理の基礎スキルだった。
契約が済んだせいなのか、精霊が袋から出て来て亜美奈の周りを飛び回った。
袋を触って見れば石は有るため、精霊と石は同一では無いようだと判る。
そして石の他にも何か入っていた。取り出してみればそれは、小さなお玉だった。
「これが、料理スキルの『道具』なのかな?」
それも鑑定すれば判るはずだ。
チャームとしてバッグに付けられるようになっているので、今はとりあえずバッグに付けておく。
「サーチ、………サーチ、ううっ………、サーチッ!!」
自分のステータスはもちろん、持ち物の作り方や使い方、なぜ過去の思い出まで鑑定されるのかは良く判らないが、とにかく色々な情報が巡って行く。
「サーチ、………サーチ、………、サーチッ!!」
何度も繰り返す内、急ぐことを諦めて物をバッグにしまうことにした。
まずは何も出さないままに、鑑定をかけてみた。
見えたのは中ほどに有る、二つの小部屋。
パーティションの中は風呂とトイレと洗面台、それから流し台が並んで置かれている。
似たような場所に二つ有ってもと思いながら鑑定をかけると、何らかの魔法とスキルを使えば、移動が出来る事も判った。
ただ、如何やらまだレベルが足りないようで、詳しいやり方は判らない。もしかすると、何か道具が必要なのかもしれない。
次に自分を鑑定してみる。
『物見の手』『魔術具の手』『異空の手』『医薬の手』『神の加護』の、五つの神の手が見えた。
そのそれぞれに、更に細かい分類が有りそうに見えたが、やはりレベルの為か見ることが出来なかった。
何でもかんでも、レベルが足りないばかりでイライラする。始めたばかりではそんな物だと自分を宥め、再び鑑定を始める。
しばらく頑張った後、少々疲れてお茶とオヤツを出し休憩する事にしたが。ふと思いつきそれらを鑑定してみた。
箱の方はぼやけて見えずらかったが、お茶とオヤツ、それに茶器などは問題なく見ることが出来。更にはレシピまで、作ることが出来てしまった。
オヤツは亜美奈の大好きなチョコバナナクレープだったので、レシピが出来たのはうれしいが、材料が集まるかは少し心配だ。そしてレベルは、やっぱり足りない。
そんなことを考えながらティータイムを楽しみ、『いざ鑑定を』と顔を上げ。
「精霊の形が違う?」
契約したての時は、小さな赤い光の球だった。
けれど今は、ニョロリと長くくねってる。
「これが成長? って、まさか蛇の精霊?」
蛇は苦手な亜美奈だった。
赤い蛇はミミズの様にも見える。ミミズも嫌いなので、どっちにしても嬉しくは無いが、頭の形からしてこれは蛇だろうと結論付ける。
この近くに居るすべての精霊が蛇で無いことを祈り、亜美奈は鑑定を進めた。
一つずつ増やす作戦は大当たりのようで、今は物を増やして行ってもめまいを感じることは無い。
そうして、すべての持ち物を鑑定し終えた頃、もう一度箱を鑑定すると『大きさを変える方法』だけだが、レシピを創ることが出来た。
これで時間を止める方法さえ判れば、夢のマジックバッグに一歩近付く事が出来るのだが、そううまくは行かない。
見た目より沢山入るバッグは鑑定レベルの関係か、レシピを作るにはまだまだ遠い。だがボンヤリ見える程度にはなって来たので、ちょっと嬉しい亜美奈だった。
つづく