校庭に出来ました
「今日は私達だけですか?」
初めに扉から出た桃子が、そんな言葉を発した。
どうやら職員室に、他のグループは居ないらしい。
「校長先生こんにちは~。今日は校長先生お一人なんですか?」
アンジェに押されるように出た亜美奈も、やっぱり同じような言葉を言ってしまった。
扉が設置されているのは、職員室の校長の机の脇だ。早めに昼ご飯を済ませて来たのだから、他の教師もここで食事が出来るのを待ちわびている頃だと思っていたのだ。なのに職員室に居るのは、校長一人だけだった。
「貴方方のおかげで、最近は食堂でご飯が食べられるようになったんですよ、それでみんな、昼食を取りに行ってるんです」
以前は校庭で炊き出しをして、それを好きな所に持って行って食べていた。メニューもパンかおにぎりに、ジャガイモを薄ーく味付けした煮物と水だ。それが毎日続いたと、桃子が言っていた。
「それなら私達、出直した方が良いでしょうか?」
三つ葉学園高校の食堂は、三ヵ所有る。生徒の昼食用と教師用。そして畜産科で寮暮らししている者達用が有り、そこは主に朝夕の食事を提供している。
そのすべてを使ったとしても、全員がゆったり食事が出来るとは思えない。今ここに居る校長は、まだ食事にありつけて無いのでは無いだろうか?
「いえ、すぐ商店街に行きましょう」
「でも校長先生、お昼ご飯は?」
この世界に電気は無い為、当然だが電力を使うような時計やチャイムは無く、電池式の物も天使に依って回収済だ。
だが水晶時計は今も普通に使われており、手巻きや自動巻きの時計も有る。
不思議なもので、歯車やゼンマイなどは科学の内に入らないようで、一部の機械は回収の対象にはならなかったらしい。
少し前、旅客機と共に落ちて来た子供達に上げた時計魔法は、亜美奈達三人しかまだ知らない。いずれ売り物にするつもりだったが、今は忘れ去っている為いつになるか判らない。
そして現在、十二時八分。混み合う食堂の席取りに勝利し、食事を済ませるには早すぎる。
「昼はおむすびを作って貰って、子供達と食べているんです。ですから大丈夫ですよ」
「そうなんですかぁ」
子供と言うと、シングルママさんの子供だろうか。お店の準備をするのに、子供から目を離して何か有っても困るし、きっと校長が見てあげているのだろう。
そんな風に考え、亜美奈は桃子、アンジェと連れ立って校長の後に続いた。
「あそこが商店街になります。名称は『三つ葉マーケット』だそうで、天井が開け閉めできる全天候型アーケードになってます」
凄い。いったいいつの間に、あんな物を作ったのだろうか。
校舎の正面玄関から出てすぐから続く、広い道。両側には様々な装丁の店が並んでいる。と言ってもまだ建物が有るだけで、どんな品物が並ぶのかも判らないのだが。
そしてその上部には、開閉自在の半円状の屋根が付いているため、天気に左右される事無く買い物が出来るのだ。
「造ったのは、大工スキルを貰った生徒達なんですよ。まずはここでレベルを上げ、ついでに建築費を稼いでから本番の街を作ろうと言って」
やっぱり『神の手』で無くても、レベルは存在するんだ。
ホッとしたような、残念な様な。微妙な気持ちの亜美奈だった。と言っても、何に対して残念なのか安堵しているのかも、全く判らないのだが。
「ねえ、あそこ」
アーケードの中程に、人の固まりが有った。二つの大きなテーブルを囲んで、商品の見極めをしているようだ。
残念ながら心菜と真鈴の姿は無いが、伊勢組と久我はいた。
「こんにちはっ、今日は何を持って来たの?」
すでに彼女達の分は、テーブルに広げて有った。シンプル過ぎる亜美奈の物とは違い、センスの良い普段着だ。
サイズも多数用意しているようで、店主側の食いつきも良い。
リクエストに合わせたのか、キャリーバッグも数種類有った。伊勢組だけで無く、下田組や医師組も持って来たようだ。
だがリクエストされたにしては、食いつきはあまり良い感じでも無く、念のために置いてみようか程度だ。
それはともかく。
「もしかして、ここでバッグから出しちゃったりした?」
テーブルの上にはたくさんの商品が有るのに、品出しを隠すテントが無い。しかも店主達は、期待に満ちた目をして亜美奈の動作を待っているのだ。
「この方達には、これからも納品していくんだし。隠したままじゃ、取り引きしずらいでしょう?」
「それにオレ達、どうせ普段はこの辺来ないし。天使に貰いました~、で良いかな、って」
まぁ、それもそうだ。そう思いながらも、念のためにパーティションを広げて置く。
パーティションを出した時点で、すでにアウトなのだがそれについては棚上げだ。
「まずは着る物。スニーカーと靴下のセット、後デニムが男女一種ずつ。リクエストのキャリーバッグは、舗装されて無い道にはタイヤは難しいかなぁ、って思って、浮かせてみました。更に、ここをこうして。テーブルやベッドの代わりになります」
「これ、人を乗せたままでも動かせるかしら? あ、いけそうね。出産間際の妊婦さん運ぶのに良いかしら? 途中で生んでしまっても、対応出来そう」
「そういう使い方するなら、改良が必要なので後にしましょう」
「ああ、そうねぇ」
妙な食いつきをして来た八重子に、後日の約束をすると、付与付き収納箱を一人で眺め始めた。
八重子も今日は、納品しに来たはずだが、それはもう済んだのだろうか?
「亜美奈さん、この袋は何?」
聞いて来たのは、化学の教師で折井だった。
彼女は錬金術のスキル持ちで、すでに薬屋を開いているという。けっこうな人気店なので、この度商店街の方に大きな店を開くそうだ。
「それはウエディングドレスなんです。妊娠中の方が居ると聞いたので」
「私に売ってちょうだいっ!!」
「せ、先生……?」
「同じ化学の田中先生にね、その…… プ、プロポーズされて、その、ね……」
天使が通ったという言葉が有るが、きっとこのような静けさを言うのでは無いだろうか。そんな風に思える、空白の時間の後で『おめでとう』のシャワーが降り注いだ。
「凄いっ、おめでとうございます」
「アハハ、みんなありがとう。こんな時だから、何も出来ないのは仕方ないと思ってたんだけど、有るならヤッパリ着たいじゃない?」
それは当然、乙女の憧れなのだから。
「でも、シンプルなのしか無いですよ。思い入れの有るデザインが有るなら、真鈴に頼んだ方が、きっと良い物が出来ると思いますけど」
真鈴はもちろん、心菜も服のセンスが良い。ドレスだってきっと、亜美奈より素敵な物を作ってくれると思う。
「シンプルで良いのよ。こんな時にあまりはしゃぐのも良く無いでしょう?」
「こんな時だから、パッと行きましょうよ。で、これがドレス?」
嬉そうに言って、八重子が袋の一つに手を伸ばした。確かにそれもウエディングドレスだが、少し趣が違う。
「それは妊婦さん用のドレスなんです」
亜美奈が言うと、八重子の瞳が輝いた。
「それは良いわ、良い思い出になるし、自信にも繋がる。なにより、父親側にも自覚が湧いて来るもの」
自覚。高校生で父親になるのは、やはり難しそうだ。元の世界なら、それでも親のサポートが有っただろうが、ここではそれも見込め無い。
否応なく、すべて自身の肩に乗って来るのだ。
つづく




