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脱走しましょう、そうしましょう

今日はちょっと長めです

 通学に使っていたリュックに、図鑑とナイフ、それから制服を詰める。

 このナイフも、あの後取り上げられそうになったのだ。

 カラビナでベルトに下げることができ、大き目のナイフに小ぶりのシャベル。フォークとスプーン、のこぎり、ペンチ、ハサミまで付いた便利なナイフだ、欲しいと思うのは良く判る。

 けれど欲しいなら天使に頼むか、学校の備品と交換してもらえば良いだけだ。奪い取るなんてもっての外なのに、泥棒扱いして取り上げようなんて、明らかにおかしいだろう。


 亜美奈は怒った。

 真鈴もむかついた。

 普段は温和な心菜も当然怒る。

 そして結論。

 今日の内に逃亡しよう。

 だから着ているのは作業用にしていた制服だ。窓から連れて行ってくれるだろうから、スカートじゃない方が良い。だからジャージの上にコートを羽織る。

 この世界の季節も、元居た日本と同じ冬に当たるらしく、海風も相まってかなり寒い。雪が降るほどの気温じゃ無いが、薄着で歩けるほどの暖かさは無いのだ。


「ねぇ、布団どうする~?」

「寝袋くれるって言ってたし、置いて行こうか」

「ボクっ、良い物めっけた」

「良い物ってぇ?」


 司書の私物でも置いてあったのだろうか。

 そう思って真鈴の方に目をやれば、何やら段ボールを開けていた。

 昨夜、ベッド代わりに並べて使った段ボールだった。


「まずこれがタオル。こっちはエプロンで、これがTシャツ。そしてこれっ」

「ノートと筆記用具っ!!」

「「しーっ」」


 つい大きな声を出してしまい、慌てて口を押える。

 私たちの居る階に住んでいる人はいないから、普通に喋ってる分には聞こえないと思うが、絶対は無いし大声はまずい。


「これって、文化祭のゲームの勝者に配ってた奴だよね」

「私も中学生の時に学校見学で貰った。罫線の無いタイプで、落書きに丁度良くってさ」

「あぁ~、私ぃ、これが一番嬉しいぃ」


 心菜が文具セットを抱きかかえて笑う 。

 たかがノートと思われそうだが、元々三人はイラスト部の部員で、暇があれば落書き程度のイラストを描いているくらい、絵を描くことが好きなのだ。

 なのに教師達によって、ノートと筆記用具はすべて没収されてしまった。

 仕方ないのは判っているのだ。

 ここは異世界、近くに町は無く買い物も出来ないとなれば、必ず必要となるだろう物を『共有』扱いで集めなければならなかったのだと。

 援助が貰えることにはなったが、生死に係わる物以外は欲しいと言い辛かったようで。

 また、生徒全員が持っているはずとの認識からか、紙と筆記用具は校内での調達となった。


「取り敢えずぅ、カバンに入るだけ持って行くぅ~」


 これを逃せば、次はいつ手に入るか判らないのだ、多少重たくても仕方ない。


「欲しいなら、全部持ってけば良いんじゃないか?」


 おや、この声は。

 そろ~っと振り向くと、昨日の天使が窓枠に座ってた。


「持って行きたいけどぉ、重たいしぃ」

「人呼んだから大丈夫。保管場所も問題ないから、安心して良いよ」

「良いんですかっ?」


 遠慮がちな言葉を発しつつ、三人はいそいそと段ボールの選別を始めた。

 文具セットは出来るだけたくさん欲しい。

 Tシャツとタオルは、生きていく上で必需品と言える部類に入るだろうから、少し多めに持っていくべきと思う。

 エプロンは大切と言う程では無いが、有って困る物では無いから、とりあえず三人それぞれのリュックに三枚ずつ詰めてみた。


「五箱、とか言ったら、さすがに怒りますよねぇ?」

「いや、問題無いよ。他にも有ったら、増やしても大丈夫だし」

「自分の物は、それぞれのリュックに入れて有りますから大丈夫です」


 他の段ボールには、入荷したばかりの本が入ってる。

 料理やサバイバルというか、アウトドア系の本が有れば持って行きたいが、漁ってる時間は無い。

 そう伝えると、天使は頷き外の天使達へと手招きした。

 外にいたのは五人。その内の三人が入ってきて、段ボールを抱えて飛んでいった。

 行き先はもう、決まっているようだ。


「後は君達だ。海を越えて行くから少し長く飛ぶ、疲れるだろうけど落とす事は無いから、安心して掴まっていてくれよ」

「島に渡るんですか?」


 それとも、ここが島なのだろうか。


「湾を挟んで反対側の半島に行く。この辺りの動物は、美味いが気性が荒いからね。覚える事も多いから、一先ず安全な場所に拠点を構えるようにって、上から言われてるんだ」

「天使にも上司っているんだ」


 真鈴が呟くと、天使は肩をすくめて苦笑した。


「三人とも、忘れ物は無いかな?」

「はい、大丈夫ですっ」

「ボクもOKっ!!」

「私も~」


 念のため室内を見渡してから、三人は元気良く答えた。

 すると三人の天使が、亜美奈達を抱き上げた。

 いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。

 翼が有るため背負うことは出来ないのだ、これが当然の抱え方とはいえ、やはりときめいてしまう亜美奈達だった。








 脱走者が出た。

 そんな声を聞いて、一人階段を駆け上がるのはクラス委員長の鈴木桃子だった。

 各学年に一クラスずつ有る普通科は、特に出来る事が無いということで、昼間は森へ食べられそうな木の実や野草を探しに行く事になっている。

 昨日はその初日で、手近な辺りで探索をしていたのだが、その最中にトラブルが有ったらしい。

 しかも質の悪い事に、あの三人組が持っていた物を奪い取ったあげく、自分の物を盗られたと泥棒扱いしたという。

 何か有るんじゃ無いかと、気にはしていたが、ずっと見ていられるはずも無く、起こってしまったいじめだ。

 元々の世界の日常での事なら、まだ対処も出来るのだろうが。ここは何処とも判らない異世界だ。周りは自然豊かで天使の舞う、訳のわからない世界。

 元に戻れるかも判らないばかりか、生きていくのも必死にならなければならない状況で、有ってはならないことだ。


「やっぱり、出て行ったのね」


 いじめの犯人達に憤りを感じつつ、ドアを開けてみれば使った形跡の無い真新しい寝具が三つ。


「委員長っ、早く集まれって言ってるよーっ!」

「判った、今行く」


 ため息一つ。

 桃子はテーブルの上に有った紙を掴み取り、階段を駆け下りた。

 呼びに来たクラスメイトの背中を追うように校庭へと走ると、すでにクラスごとに整列していた。

 自分も並ぼうかと一瞬戸惑ったが、委員長の役目を思い出し教師達の方へと足を向ける。

 脱走者は、様々なクラスから出ているようで。だが、早朝に戻って来た生徒もいるという話しをしていた。


「竹原先生、平野さん、大野さん、西浦さんの三人が、出て行ったようです。これ、置手紙が有りました」

「わざわざ見に行ってくれたのね、ありがとう。でも………」


 でも、なんだろう。

 もしかして、知っていたなんて事があるだろうか。

 平野達の部屋は三階の一番奥で、みんなの居る図書室を通らなければ外に出られない………

 そういえば、いつ、どのようにして出て行ったのだろうか。


「窓から出て行ったのよ。天使に連れられて」


 チラリと手紙を見た後、まるで考えが判ったかのように、担任の竹原が教えてくれた。


「それって誘拐っ」

「書置きも見つかってるし、自分の意志で出て行ったんじゃない? 『逃げ場の無いこの世界でのいじめには、耐えられません』って書いて有るわ」

「そう、ですよね………」


 書置きにの紙は来る途中で桃子も読んだ。封筒にも入ってない、生徒手帳をちぎった紙に書かれたメモだ、見ずにいるという事は出来なかった。

 いじめは、元の世界なら家に帰れば逃げられるし、面倒だが転校という手段も有る。

 けれど全員ここで暮らし、一日中一緒にいなければならない状況の中では、物理的に逃げるしか方法が無いのだ。


「校長先生、普通科一年では、男子が二名、女子三名が脱走してます。その内女子の三名は天使に連れられて窓から出て行くのを見ました」

「先生、見てたの?」


 見ていたのなら、止めてくれれば良いのに。


「昼間の事が有ったから、心配でね。他のクラスも同じ状況の生徒がいたらしいから、何人かで見張ってたの。それに、今朝になって天使の方から申し出が有ったらしいわよ、十数名連れて行くって。ね、校長先生、そうですよね」

「いつまでも皆で集まって暮らしても行けませんからね、その下準備のためと言われたら、」

「なんでっ、酷いっ、どうして私がそんな事しないといけないわけっ!?」


 突然響いたヒステリックな声、鈴木はもちろんそこに居た教師達も声の主を探した。

 誰の声かは見なくても判ったが、とっさに身体が動いた。また誰かとケンカでもしていたらやっかいだと思ったのも有る。

 始め、人に埋もれて見えなかった彼女が、すぐに目の前に現れた。桃子目掛けて、駆け寄って来たのだ。


「ちょっと委員長っ、どういう事なのっ? 説明しなさいよっ」

「説明って言われても………」


 何が起こって、彼女が怒りまくっているのか検討も付かないのでは、説明のしようも無い。

 説明と言うのなら、まず彼女・佐藤が説明するべきだと思う。

 そう口にしようとした所へ、担任の竹原が桃子の前へと身体を差し込んで来た。


「あなた、いじめしてるでしょう。そのせいでクラスから脱走者が出たの。その責任と、今回だけは目をつむる見返りに、狩りグループへの加入が決められたのよ。生徒全員の前で断罪されないだけ、マシだと思ってね」

「私だけじゃないっ」

「ええ、だから加害者全員、狩りグループに加入させます」

「酷いっ、体罰でしょ、それ。体罰禁止っ、訴えるからねっ」

「そうね、帰れたら訴えれば良いわ。帰れるものならね」


 担任の竹原は、比較的温和な教師だったはずだ。

 怒りをあらわにする事もなく、優しく諭すように注意をする先生として有名だった。

 彼女も疲れているようだ。

 こんな見知らぬ所で、給料が出る訳じゃなく。ただ大人というだけの被害者の一人なのに、『教師』という名の下に、責任を押しつけられる事に疲れてる。

 申し訳なく思う。けれどやっぱり、大人に頼りたいのだ不安から救って欲しい、ほんの少しで良いから。


「大丈夫よ。狩りって言っても、罠を仕掛けて置いたり、網に追い込んだりするだけだそうだから。トドメも弓道部がやってくれる事になっているわ。解体は畜産部が出来るようだし。いつも食べ足りないって言ってるんだから、お腹いっぱい食べられるよう、頑張ってね」


 酷い。

 佐藤の口元が動いたが、竹原はそれを見ないことに決めたようだ。


「鈴木さん。念のため捜索隊も出すそうだから、クラスから十人ほど選んで教頭先生の所に行くよう伝えてちょうだいね」

「はっ、はいっ、直ぐにやりますっ」


 今日は更に、食事の量が減らされそうだ。

 クラス委員長だから、みんなの手前我慢しているが、自分だって食事は足りないし不安だし苛つく。

 天使に連れられて行った生徒達が、ほんの少し、いやもの凄く羨ましいと思った。







                        つづく

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