配布開始ですよ~!
「私、売る物無いのね」
桃子が寂しそうに呟く。
学校との兼ね合いで後から見つかった十人は、まだ魔法もスキルも使い方を教えて貰えて無いのだ。
桃子には昨夜少しだけ教えたが、何かを作る暇も無く、医療関係の『手』に関する力の使い方を覚えるのがやっとだったのだ。
「次に来るまでに、何か作って置けば良いじゃん。それとも、健康診断でもする?」
「良いなそれ、銅貨何枚だ?」
「銅貨って先生、図々しいよ」
「そうかぁ? けど、これから引っ越しで金掛かるし、貰える給料生徒と一緒なんだぞ。多少図々しくもならないと」
後ろに待機していた教師が、そう言って笑う。
「今後は仕事によって手当が付くが、それも全員一律だしな。ま、やってる事は同じだ仕方ないさ」
そう言いながらもどこか嬉しそうに見える。みんな同じ。責任も分担という事がうれしいのだろうか。
桃子達も学校の枠から外れたと嬉しそうにしていた、アレと同じなのかもしれないと亜美奈は思った。
「配布開始の合図が出ましたよ」
ホイッスルの音が、あちらこちらから聞こえ始めたとたん、机の前でウロウロしていた生徒たちが列を作り出す。
手には一枚の紙が有り、その魔法の部分に丸を付け本を渡せば桃子の仕事は終わりだ。
次いで亜美奈の前に移動して来た生徒に給料の入った巾着袋を渡し、紙の『給料』の項目に丸をする。それから少し待たせ、数人集まった所で所有者固定の方法を説明する。
「この丸い玉に、血を一滴垂らします。傷は私が付けるので、鍵の部分の真上に来るよう指をかざして下さい」
「えっ、痛くないの?」
「痛いです。でも、終わったらすぐに治すので大丈夫です。では始めますよ」
強く言えばみんな慌てて手を差し出す。
あの夜、ミケルにされたように風の魔法で指に傷を付け、血が玉に吸い込まれた事を確認した者から治療する。ちなみに玉は本の鍵だけじゃ無く、給料袋にも付いている。
不思議な物で、この時うっかり袋に血が付いてしまっても、すべて光の玉が吸収してくれる。初めての給料袋は財布代わりにもなる為、汚れが付かなくて渡す方としても嬉しいものだ。
傷を治してやれば、やはり皆あの日の亜美奈達の様に驚くが、同時に貰った魔法を嬉しそうに眺める。
「治療の魔法も売ってくれるの?」
続けている内、そんな事を聞いて来る者もいる。
「それぞれの町に移住が完了したら、販売する事になるようです。なのでそれまで、無駄遣いしないでお金を貯めて置いて下さいね」
昨夜、みんなで決めたセリフで返す。
すると決まって『金を使う所は無い』と言う。
もちろん今日までは無かっただろう、だが今日からは違う。
亜美奈を始めとする『神の手』達が、レベルを上げるために作った物を売りに来るのだ。
突然お金を持った者たちが、校庭に開かれた店を前に無駄遣いせずにいられる保証は無い。だからこそ、今日は一部の魔法しか配布せず。凄い魔法がまだまだ有るのを見せる為に、小さな傷を治療する。
小さい傷でも目の前で無くなれば感激する。魔法だ魔法。この世界では、魔法は本当に有るんだと。
半分くらいは、それで真面目にお金を残すだろう。残りの内三割くらいは、改めて稼ごうとするかもしれない。
残る人達は、ついつい色々買い込んでしまうかも知れない。
後は、賭け事をする輩も出て来るだろう。そういった罠に引っかからないよう、祈るばかりだ。
亜美奈・桃子組が受け持ったのは、洗濯魔法の付与だった。付与と言っても、すでに出来上がっている本を渡すだけだ。
誤算だったのは、洗濯魔法など地味だし無くても困らない。きっとすぐ終わるだろうと思っていたのだが、これがどういう訳か大盛況だった。
同じ組の教師も、やはり洗濯魔法を選んだ。この10日間で一番困ったのが、洗濯だったのだそうだ。
服と洗剤を放り込んだら、後はスイッチ一つで良い生活をしていると、まず『タライに水を入れて』から始めるというのは、随分と苦痛だったらしい。
割と早い内に洗濯魔法を手に入れた亜美奈達は、かなりラッキ-だったのだ。
そんな訳で亜美奈逹のグル-プが交換会を終えたのは、みんなの中で二番目に遅く昼を少し回った頃だった。
その後、一旦昨日の場所に全員戻り、昼食を摂った後でもう一度校庭に。なんと天使達が交渉してくれたおかげで、持ち寄った品物を好きなように販売する事が出来るようになったのだ。
希望はしていたが、本当に店を開いて生徒相手に販売出来るとは思っていなかった。一応亜美奈は、校長との交渉権を獲得していたが、やはり生徒相手にお店を出したかったのだ。
天使の提案は、三つ葉側としても渡りに船だった。何しろ町を作ると言っても彼らは、何も持っていないのだ。
有るのは天使に貰った寝具とわずかな着替え、そして高校の備品程度。その備品ですら、ほぼ天使に持っていかれるのが決まっている以上、何も無いのと同じ事。
出来るだけ安くして欲しいという条件は出たが、販売の許可が貰えた方が亜美奈達には嬉しい。
持ち寄った料理を囲んで値段を考えて、少しの休憩をとった後は。みんなで楽しく店開きだ。
「これって、売り物じゃ無いの?借りてしまって大丈夫?」
「平気へいき、何なら買い取ってくれても良いよー」
桃子と山田は健康診断をするということで、窓付きの大きなテントをそれぞれに貸してあげた。
なんと山田も『歯医の手』という名で、歯科医の『手』を持っていたのだ。もちろん普通に虫歯の治療も出来る。
ただしスキルのレベルが低いのと、使い方に慣れて無いせいでまだ大きな虫歯の治療は出来ない。だからレベルアップも兼ねて、銅貨一枚で診るのだそうだ。
桃子の検査は、どちらかと言えば整形外科に近いらしい。もちろんこちらもレベルの問題であり、レベルが上がれば血液や内臓なども診る事が出来るらしいが、今は腰痛や関節の痛みの原因が主で、緩和する為の薬を処方出来るようだ。
処方された薬を作るのは亜美奈だが、今日の所は診るだけで終わりにすると言っていた。だが折角だから、亜美奈のレベル上げで作った湿布薬を、少し多めに渡しておいた。
湿布薬は材料が少なく入手もしやすい割に、経験値が多いので沢山作って有るのだった。
その二人のテントの隣には、薄いピンクの華やかなテントと花で飾り付けられたテーブル席がいくつも設置されている。
テントの前に置かれたカウンターの奥から、心菜が元気いっぱい手を振っている。
あのコーナーが、心菜と真鈴が開くカフェなのだろう。甘い香りが漂って来て、気持ちがそちらに引き込まれそうになった。
食べに行きたいが、ここはグッとガマンする。
亜美奈も今日は店を出すのだ。天使逹がせっかく許可を取ってくれたのだから、頑張って売らなければ。
そのために亜美奈は、カフェの正面にテントを広げた。良く有る、放り投げるだけで完成するタイプのテントだ。
みんながテントを張るのは、客を入れる為じゃ無い。中でしている事を人に見せないようにするためだ。
魔法はもう見せて平気だが、便利道具は見せては拙い。特に天使から貰ったバッグから物を出し入れする所は、絶対に見せられない。
もっとも亜美奈の場合、テントが有っても可笑しな事になるのだが。
「やっぱ、それ売るのか?」
全部繋げた『トレーラーハウス』をゾロゾロ引っ張りながらテントから出ると、いつの間にか集まっていた『神の手』逹が、興味深々で聞いて来る。
「もちろんっ。と言っても、お客様は学校なんだけどね」
「学校以外には売らないの?」
「別の物は売るけど、こっちは無理でしょ。それなりの値段設定にするつもりだし」
「たとえば?」
亜美奈は持って来た中から、四つを大きくして見せた。
「コレは二段ベッド二つにトイレとシャワーが付いてるタイプで、先行して出発する人たちの為に作った一番シンプルなタイプ、お金だと金貨一枚。
コレはお風呂とトイレで、二段ベッド二つとダイニング代わりのソファーベットが二つ。後、そうそうキッチンも付いて金貨三枚。
コレは二人で住むと仮定して、ロフトと小さいけど個室を一部屋作ってみた物。もちろん、バス・トイレ・キッチン付きで金貨五枚。
最後のコレは、半分がお店になってて、ロフトとバルコニー付き」
「それ欲しいっ」
金額を言う前に上がった声。
亜美奈は軽く引いた。
気持ちは判らなくも無い。見本として見せた物は、今日の販売に使うつもりで既に商品が並べてある。
可愛い布で作ったカーテンも掛けたし、販促用の棚にもカットレースのクロスが敷かれ、とても可愛いのにやる気充分漲っている状態だ。
並べられた商品は、スニーカーと靴下なのでスポーティーなイメージになりやすいのに、それらのおかげでファンシーな空気に包まれている。
ちなみに値段は、スニーカー一足と靴下五足で銅貨三枚だ。
「私達のお店、テントと長机だけで寂しいの」
「そのお店があれば、きっと見に来てくれる女子も増えると思う」
「「「お願い、売って~!!」」」
「真珠百粒」
「「「えっ?」」」
ちょっと吹っ掛けすぎただろうか。
半分くらいにしておいた方が、良い?
亜美奈はドキドキと、三人の表情を伺った。
つづく




