錬金術と別腹と
落ち込む教師に対して、生徒達は楽しげだ。
魔法やスキルの事を話しているのだろう、頭を突き合わせ小声で話す彼女たちの目が輝いている。
スマホ世代の生徒達は、本は読まないがネット小説は読むのが普通だそうで、『魔法』『スキル』『ギフト』だのと言った不思議能力にとても詳しく。もちろんこれまではただの妄想だったのだが、それが現実になった事がうれしくて仕方ないのだろう。
「ラエル様、戻りました」
そんな、どこか不思議の混じった日常の中、また別の天使がやって来て、ラエルと呼ばれた天使に本を手渡した。
一緒に渡したのは、どうやらスマホのようだ。まさか使い方をあの本にまとめたとか言わないだろうな、と田中は思った。
「古書の修理班なら複写が出来ると言う事で、3日後に行われる交換会に五人ほどいらして頂ける事となりました」
「人数も多く、大変な作業になると思いますが、必要な事です。頑張って貰いましょう」
「それから、神の手が部屋を出て来初めているようですが」
「そうですか。では、私達も戻るとしましょう」
ラエルは田中達に目を向け、次に久我に真っすぐ向かう。
「人志、錬金術のスキルとそれに付随したレシピをプレートに付与して、こちらの2人に渡して下さい。使い方の説明もしておいて下さいね」
「はい、わかりました、やっときます」
そうして天使が行ってしまえば、当然のように生徒達が久我を取り囲んだ。
もっとも、久我は窓の外にいる為逃げようとすれば簡単に逃げられるのだが。
「みんなの分は、交換会まであげないよ」
「まだ、何も言って無いじゃん」
「でも、スキル欲しいんだろ?」
「っていうか、どんなスキルが有るのかなぁ、って」
片手間で会話をしながら、久我は金属の小さな板を棒で何度も叩く。それが付与という行為なのだろうかと眺めていると、最後にビーズのような物を板に付け田中達へと差し出して来た。
「その石に、一滴血を垂らして。そうしたら、落としても取られても戻って来るから」
「なにそれ、魔法?」
「うん、魔法の一種みたいな感じらしいよ」
「らしい、って」
「オレ達も良く分からないんだ。いくつも種類が有って、訳分かんない」
「それで、どんなのが有るの?」
「え-、オレも全部持ってる訳じゃ無いからなぁ」
生徒達が盛り上がっている隣で、田中達教師組はカッターで耳に小さな傷を付け合い、プレートに血を垂らしてみた。
血はビーズに吸い込まれ、赤く色を変えた。
「久我、これで良いのか?」
見せようとしたが、生徒達が邪魔で、見せるどころか声を掛ける事も出来ない。とはいえ、邪魔だと言ってしまう事も出来ない。
なにしろ、生徒達がこんなに楽しそうにしているのを見るのは、久しぶりなのだ。
もちろん、笑い声が全く聞こえ無い日はなかったが、皆どこか暗く破棄も無いのが普通のような毎日だった。
「先生、このヒモをそこの穴に通して首から下げて。そうしたら起動して、ブレスレットが出てくるから。出て来たブレスレットに書かれてる文章を、読み上げて誓うんだ。そうしたら、自然と使い方が解るようになるから」
「判った。首から下げるんだな」
「私のは、飾りがついてるのね」
「飾りって言うか、御守りだね。植物性の毒に耐性が付くんだ。女の人の顔や手がかぶれたりしたらまずいかな、って思って」
「あら、ありがとう」
不思議な物で小さな穴だというのにヒモは吸い込まれるように穴に通り、少し長めのネックレスになった。
田中の物はシンプルな、永井の方は女性らしい綺麗なデザインだ。
「石もキレイ、私もこれが良いな。久我くん、私の時もこれ作ってよ」
「みんなの分作るほど、材料無いし。多分、当日揉めるから、やってる時間無い」
なんだそれは、『穏やかじゃ無いな』と思い田中は、作業のを止め久我と生徒の間に割って入った。
すると久我は、右手を振って違うと訴える。
「普通の生徒は問題無いって」
「じゃあ、誰と」
言いかけて思い出す。久我とその友人達は、一部の生徒にイジメを受け逃げ出したのだ。そしてそのイジメをしたグループは、罰を受け、おそらくだが久我達を恨んでいるだろう。
もちろんそれは逆恨みで有って、けして認められるものではないが、イジメをするような族がまともな考えを持つかは怪しい。
「まあ,オレ達のはささいな嫌がらせだったけど、房総の方に逃げた女子チームは、先生まで一緒になって物取り上げてるし、遠方に逃げた2チームなんか、食べ物取り上げられて2日間 なーんにも食べられなかったんだ」
「他の先生に言えば良かったのに」
「上げるのが嫌なら、嫌だって言えば良い、って言われたってさ。それで、天使も怒ってるから、何か有るかもな」
罰を受けて反省していればいいが、 期待は出来ない。第一イジメは彼らだけの問題では無いのだ。きっと他にも加害者や被害者が居て、表ざたにならない些細な事件は起きているのだろう。
「そんな事より、先生達は薬草取りに行けば?」
「『そんな事』って、お前………」
「錬金スキルで作った薬、結構効くんだぜ。いっぱい作って、ダンジョンに挑戦する生徒に持たせてやれば良いよ」
なるほど。見えない所で起こっている事件を、漁り出して被害を減らすのも大切だが、今出来る事に努力した方が良いということか。
「田中先生、明るい内に行って来ましょうよ」
「ですね、みんな傷だらけですしね」
保健室に行けば、多少の薬も有るには有るが、ちょっとしたケガは無視されてしまうのが現状だ。
今ある薬しかもう無いから、大切に大切にして。けれどきっと、大切にしすぎて腐らせてしまうのだろうと、田中は思った。
イジメをしている生徒達もきっと、両親から大切にされ過ぎてそうなったのだろう。おかしな事だが。
桃子は、何度も何度も鑑定を繰り返した。ある程度慣れたら、バッグの中から一つ取り出してまた鑑定。それを何度も繰り返した。飽きるくらい、何回もだ。
そうして、バッグの中が空っぽになった時、桃子は五つの箱の事を思い出した。
天使はこの箱の中に、料理が入ってると言っていなかっただろうか。
どういう仕組みなのか、鑑定をしても箱の中身を知る事は出来なかったが、天使が言うのだからそうなのだろう。
取り敢えず一つだけ開けて、中を確認するだけでもしてみようか。そう思い桃子は、一番近くに有った箱の蓋を、ゆっくりと開けて見た。
すると驚く事に箱はムクムクと大きくなり、おいしそうな匂いを桃子に届けてしまった。
そして………
「美味しかった、美味しかったよう………」
食べてしまってから、自己嫌悪に陥るのは判ってた。判ってたって食べるよね、だってハンバーグだから 。
一週間ぶりの暖かいご飯だったというだけでも、感激なのに、メニューが大好きなハンバーグと来た日には、抗うことなど出来るはずが無い。
「おやつも見たいけど、見たら絶対食べるから、止めておこうね」
誰にともなく言い訳し、桃子は荷物の片付けを始めた。
でも、と桃子は思いをめぐらした。考えて見れば桃子は別に、美味しい物を分かち合いたい友がいなかった。
昼食を共にしたり、グループを作る必要の有る時、率先して組んでくれるクラスメイトはいたけれど。休日に待ち合わせて遊んだりするような友達はいなかった。
「そもそも私、もう何年も名前呼んでもらえて無いような気がする」
ずっと『委員長』だった。たまに『副委員長』も有った。
委員長じゃ無い時も、『委員長』と呼ばれていた。そう思えば、罪悪感も消えて行ってくれる。だって、名前も呼んでくれない相手は、友達とは言えないから。
だったら食べてしまっても良い気もするが、今は止めておこうと思う。食べても良いが、きっと今食べたら今度は別の後悔をするに違いないのだ。
それが女子高生という生き物だから、仕方ない。別腹というのが有るのは知っているが、カロリーまで『別腹』になる訳じゃ無いのだ。
「まあ、傷むものでも無いみたいだし、小腹が好いてから食べる事にするわ。外がどうなってるかも気になるし」
荷物を全てバッグにしまい、もう一度部屋を見渡した。
中央に有る部屋は、トイレとお風呂のようだから、次に来た時はのんびり楽しみたい。
これだけ広いのだから、クラスのみんなを連れて来ても良いかもしれない。
風呂も二つ有る事だし、順番に入れば良い。
そんなことを考えて、桃子は扉へと手を伸ばした。
なぜか、少しドキドキしながら、思いきって扉を開けた、その途端。
「えっ、えっ、何っ?」
つづく




