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天使は容赦もありません

 桃子達が『部屋』で鑑定を繰り返している時、一階に有る職員室には図書室や化学準備室から本が運び込まれていた。

 本の他にも教師たちの私物の中にある、石油製品やPC、スマホなども集められている。

 もちろん、もう使えない物だが、愛着が有り手になじんだそれらを渡すのは躊躇われたが、食糧を始めとする支援物資を考えれば出さざるを得ないのだ。


「うわっ、これ全部渡さないと駄目なの?」

「スマホ駄目とかあり得ないんですけど」

「ボールペンに消しゴム? あ、プラケシなのか」

「弁当箱は判る、かな。うえ~、箸もプラかよ」

「バッグってなんで、合皮? 天使に区別なんか付かないよねぇ」


 手伝いを頼んだ生徒たちが、机に積み上げられた物を突いて嫌そうに嘆く。

 ボールペン・カッターを始めとして、僅かでもプラスチックが付いている物はすべて渡す義務が有るのだ。

 ただハサミなどの、実際に必要な部分が金属や木製の場合、返してもらえる可能性があるという事で別にしてある。


「折井先生、それで全部ですか?」

「………田中先生、一応、化学準備室の分だけですけど」


 もう一人の化学教師である折井は、疲れ切った笑みを浮かべボンヤリと立ち尽くしていた。

 仕方ないと判っていても、彼女もまた『科学及び化学技術』の破棄という事実を受け入れ切れないでいた。

 便利では有るが、化学の発展は世界を壊す。どんなに気を付けていても、人は争う物だから。この世界では、化学を発展させるべきでは無いのだ。

 化学は人の心を豊かにする物でも有るんだと、声高に言いたい所だけれど、それだけで無い事を知っているだけに困るのだ。


「これはガラス製だから、持っていても問題有りませんよ」


 ふと、背後から聞こえた声。

 振り返ると、度々見かける天使が居た。

 薄赤い長い髪を持つ、柔らかな微笑みをいつも湛えた天使である。


「でもこれ、化学の実験で使う物ですけど?」


 大丈夫と言われたのは、試験官とビーカーだった。

 それにピンセットやフラスコなども、近くに添えられている。


「錬金術でも使う物です、ガラスや金属の物は大丈夫ですよ」


 言われた途端、いそいそとそれらを自分の机に移動させた折井の姿を見て、生徒たちが笑みを漏らした。


「折井先生っ、しまう前に聞くことが有るんじゃないの?」

「聞くこと、って?」


 割らないよう気を付けながら、いそいそ引き出しにしまう手は止まらない。


「錬金術って確か、化学の元になった奴だったよね」

「………!!」

「天使様、俺たちも錬金術が出来るんですか?」


 科学は駄目だけど錬金術は良い。

 その区別が付かないが、出来る物なら少しでも科学に近い技術に触れていたい。


「スキルを取得すれば出来ます。薬以外は、魔法の道具やお守りなどのアクセサリーが殆どなので、女性の方が向いていると思いますが」

「薬って、ポーションッ?」

「地域によっては、確かにそう呼んだりしてますね。実際には、傷薬や毒消しなどですが」


 傷薬や毒消しがあるという事は、熱さましや腹の薬も作れるはず。その外にも工夫次第で、様々な薬を創る事が出来たりもするかもしれない。

 実験、研究、開発と、楽しい日々が送れるはず。


「田中先生、夢見てるでしょう?」

「そりゃまあ、元々は薬剤師志望だし」


 だがほとんどの薬剤師は、薬局の窓口で指定の薬を揃えて患者に説明し、後はひたすら新薬の勉強だと知って諦めたのだった。

 きっと自分は、薬局の窓口で働く『薬剤師』にしかなれないだろうから、と。


「これが全て、お二人の持ち物ですか?」


 いつの間に来ていたのか、背後にいた天使に聞かれ、田中と折井の二人が揃って頷いた。

 そして、続く言葉に神を見た気がした。けして大げさでは無く。


「では、後日お配りするスキル以外に、お二人には錬金スキルを差し上げるよう手配しましょう」

「ええっ、良いんですかっ?」


 折井の瞳がハート型に変わったように見えるのは、錬金スキルのせいか、はたまた美しい天使の微笑みのせいなのか。


「もちろんです。別の世界を発展させて来た技術である化学に、これまで注いで来た情熱の全てを、ここに捨てざるを得ない状況を作ったのは我々です。それは、これまでの人生を無かったことにするのと同じこと、スキルの一つで詫びになるとは思いませんが、せめてもの詫びとして贈らせて頂きます」


 天使太っ腹!!

 生徒達の目が色めき立っている。それも当然だろう、作り話の世界にしか無いと持っていたスキルと魔法を、全員が貰えることが確定したのだ。夢も広がって行くに違いない。


「天使様、それっていつ配ってくれるんですか?」

「どんなスキルが有るんですか?」

「それは、」

「あーっ、田中先生見つけたっ!!」


 突然割り込んで来たのは、この世界に来て2日目に逃亡した生徒の一人であり、田中の同郷、久我人志だった。


「おまっ、久我、お前っいったいどこに行ってたんだっ?」

「え-っ、どこって静岡の下田辺り? で、天使の手伝いの下準備してた、けど?」

「下田ってお前……… ここは日本じゃ無いんだから、」

「いや、日本だよ。もちろん、オレ達が生まれ育ったあの日本とは違うけど、地図は確かに日本だったし、天使もここが日本だって言ってたよ」


 日本では無い、けれど日本。


「どういう事なんですか?」


 形が一緒の入れ物であり、別の入れ物という事は判った。けれどそれなら、なぜ海の近くに三つ葉学園高校が有るのだろうか。

 学園が有ったのは青梅という東京の端、豊かな緑に囲まれた場所だったはずなのに。


「神のなさる事なので、我々も詳しくは知らないのですが。この地は別の世界に有る『地球』という星を拡大コピーしているそうです。なので、地図を作れば『地球』とほぼ同じになります。ただ、人の手が加えられた地形については、あなた方の知るものとは違う形になっているようですが」

「埋め立て地は無くなってる、って事ですね」

「恐らくそうでしょう。そしてなぜこの城がここに有るかと言えば、何の力も無い人々が食べ物を得ようとした場合、山よりも海の方が多少楽だろうという事のようです」

「確かに、これで海が無かったらオレ達、百パーセント天使様頼りになってたでしょうね」


 現在でも八割は天使に貰った食糧で生きているのだ、しかも、自力調達出来ているのは塩と海藻と貝類。

 それもそろそろ取れなくなって来ているし、山の収穫は全滅に近い。

 畑も有るが、旅立つグループの為の種や苗を作る為に、食料に回す予定は無い。家畜も同じ理由で、現在は食べたりしない。

 これで海が無ければ、どうしようも無い状況になっていただろう。


「所であなた。人志でしたね」

「あ、れ……… 会った事無かった、ですよね?」

「有ったことは有りませんが、責任者として『神の手』は全員把握できています」

「そうなんですか。あ、久我人志です、始めまして」

「私はラエルです」


 声にはしなかったが、皆驚きに目を見開いた。

 これまで天使は、自身の名前を言ったりしなかったのだ。

 何か意味が有るのだろうが、こちらから自己紹介しても天使から名乗る事は無かった。それがこうも簡単に名乗ったことに、田中達は驚いていた。


「予定よりも三日ほど早いようですが、何か有りましたか?」

「あ~。なんでも、女子チームの方で別の天使チームの手伝いが必要になったとかで、こっちに来るのがギリギリになりそうなんです。それで、森が丸裸にされる前に『ダンジョン』作らないといけないって言われて、先行して出て来たんです」

「なるほど、確かにダンジョンが有れば食料の調達も楽にはなるでしょうね。けれど、中級ダンジョンでは、入れる者も少ないでしょうし………」

「一応、色々工夫して、一階層だけだけど、木の棒だけでクリア出来るレベルにして見ましたけど」


 詳しい説明が欲しい気もするが。どうやら久我は、食糧問題をどうにかするための活動をしてくれているようだ。

 こんな時に、生徒に頼ってしまうのは心苦しいが、きっと天使の手伝いをしている彼らだけしか出来ない何かが有るのだろう。

 手伝う事の出来ない自分が情けない。






                        つづく

今回は男密度が高すぎです。

周りで騒いでるのは女の子、って事で。

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