表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/29

記憶

第29話です。

小さなころの思い出。


今となっては思い出すにも遠すぎる、そんな記憶。


僕の家族はバラバラになってしまったが、昔は仲の良い家族だった。


父と母はいつも笑っていて、叱ることはあるけれど、とても優しかった。


おかしくなったのは、父がリストラされた時からだった。


家族から少し笑顔が消え、子供ながらに家が苦しい状況にあることは理解できていた。


それでも、母は大丈夫、と言っていた。


父は再び就職できたものの、家計は厳しく、ほどなくして母も働くようになった。


夜になっても両親が帰ってこないことが増え、夕食は一人で食べることが多くなっていた。


リビングの机に置かれた100円玉二枚をもって、コンビニへ向かい、お菓子を買って食べていた。


酷く寂しい夜が続いていた。


だが、母の大丈夫、という言葉を信じていた。


いつかはあの日々が戻る。


きっと幸せな家族に戻る。





そんなある日、大きな声が聞こえて、目が覚めることがあった。


何だろう、とリビングに行くと、また大きな声が聞こえた。


「何で私だけがこんな目に合わなくちゃいけないんだよ!」


家中に響く大きな音に、ビクッと体が震えた。


そっとリビングの扉を開くと、そこは台風が通った後みたいに荒れていた。


机や椅子はひっくり返り、棚から物があふれ出している。


その荒れた部屋の中央で、母は蹲っていた。


「お母さん……?」


震えた声で、そう呼ぶと、見たことのない表情で、母は叫んだ。


「こっちを見るなぁっ!」


怒号に気圧され、自室に逃げ込んだ。


布団に隠れ、息をひそめる。


あれは誰だ?


ぎゅっと目を瞑る。


これは夢だ。


悪夢だ。


早く覚めてくれ。


ただひたすらに悪夢が覚めることを祈った。




翌朝、目を覚まし、リビングに行くと、母の姿はなかった。


ただ、部屋は荒れたままで、昨日のは夢でなかったのだと知る。


学校の準備をしていると、丁度父が部屋から出てきた。


父の顔はひどくやつれていた。


「お父さん……」


優しい返事を期待して話しかける。


だが。


「うっさいな。さっさと学校へ行け」


冷たい返事。


その時、僕は理解した。


父も母も、もう昔の二人ではない。


壊れてしまったのだ。


その日から、家族の中は悪くなっていった。


父も母も怖くなり、家に帰るとすぐに部屋に籠るようになった。


部屋の中は、自分の唯一の安息地だった。


その中ですることもなく、自然と勉強をするようになった。


別に勉強は好きではなかった。


ただ、勉強をしていると嫌なことを思い出さずに済む。


次第に成績は良くなっていった。




たまたま満点のとれたテストをリビングに置いておくと、その日の夜、自室の扉が開き、母が現れた。


久しぶりに見た母の姿は前見た時より、さらにやつれていた。


「あんた……勉強好き?」


勉強は好きではなかった。


だが、この時の答えはそうなんだろうな、と思い、答える。


「好きだよ」


「そう」


母は笑った。


「あんた、塾に入りな」


「塾?」


「そう。そしていい大学に入ったら、幸せになれるよ」


久しぶりの母の優しい姿に、期待した。


もしかしたら家族が元に戻るかもしれない。


そんな期待を抱え、僕は答えた。


「うん。分かった」


結果が出れば、母は褒めてくれた。




一日の食事代も200円から、400円に上がった。


だが、頑張ろうと思っていたのに、僕には勉強の才能がなかったようだった。


そのうち、偏差値も上がらなくなった。


努力をすればするほど、そのハードルも高くなっていく。


頑張れば頑張るほど、もっと頑張らなくちゃいけない。


「何でこんなことが出来ないのっ!」


「こんなんじゃ、恥ずかしくて周りに言えないじゃない」


やがて、母は壊れた母に戻ってしまった。


母が壊れたのは僕のせいだ。


僕がもっと頑張らなくちゃ。


勉強一本でやってきたのに、勉強もろくにできない。


僕には何もないから、僕は誰にも愛されない。










僕は何のために生きているんだろう。


中学生、塾の帰り。


暗闇を一人で歩きながら考える。


誰か、元に戻してくれないか。


そんなことを考え、信号に着いた。


赤信号を待ちながら、ふとある考えが頭に浮かぶ。


もし、ここで車に跳ねられれば、母と父は心配してくれるのではないか。


今思えば、あまりに安易な考えだった。


塾で疲れていた僕は、深く考えずに、車が来るのを見計らって飛び出した。


だが、車は僕の直前でスピードを落とした。


それでも、体に伝わった衝撃は想像していたよりも大きかった。


尻餅をつき、心臓がバクバクと揺れている。


ぼーっと車を眺めていると運転者が急いで駆けつけてきた。


「大丈夫か!」


その運転者は焦った表情でこちらに寄り、大きな傷がないのを確認すると、ほっとした表情になった。


「今、救急車を呼ぶから待ってて」


そう言われたが、大した外傷はない。


「別に大丈夫です」


「そういうわけにもいかない。見た目は怪我無くても、脳にダメージがあったりするんだよ」


電話が終わると、再び近寄ってきた。


「親御さんの電話番号分かる?」


「分かります」


電話番号を伝えると、また男は電話をした。


震える足を手で抑えて、ぼーっと地面に座っていると、救急車がやってきた。


救急車に乗せられ、色々な質問をされた。


痛いところはないか、意識や視力は大丈夫か、とか。


「親御さんがもうすぐ来るから」


そう言われ、救急車の窓から外を覗いてみると父が来ているのが見えた。


心配してくれるだろうか。


少しの期待で、父に話しかけようとする。


「お父さ……」


バチン、と大きな音がなった。


「俺に迷惑をかけるな!」






周りの人が、父を引き離している。


誰かが自分に話しかけているのに、よく聞こえない。


何かが、壊れたような気がした。


涙が止まらない。


止め方も分からない。


もう、どうすればいいのか分からない。

(; ・`д・´)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ