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オマケ

長いオマケです。

 フェリオスが国王の座に着いてから数年経った。第一王子であるオーディルが学園に入学していた。もちろんオーディルにも婚約者は居る。フェリオスと違ってやや視野の狭いオーディルを、フェリオスは王太子の座には着けられないでいた。国王の座に着く者に偏りがあっては、将来的に国政に関する意見等で一方を重用し他方を退けるような事にもなりかねない。些細な事でも判断を間違えれば苦しむのは国民である。


 無論人間である以上、過ちが無いとは言わない。だがその際には、それをカバー出来る程のその時点での最善策が取れないと国が滅びる。オーディルは、そういった事態に陥ると過去の事例を引き合いに考える。それ自体は悪くない。あくまでも参考としてならば。何故なら過去と全く同じ状況になるとは限らないからだ。


 しかし、オーディルはそういった点が怪しい。過去にこんな事が有った。今の状況は全く同じだから過去の成功例をそのままやれば良い、と考えてしまうのだ。そういった安直な考え方をするオーディルをフェリオスは王太子として認めるわけにはいかなかった。そんな折である。


「父上」


 先触れもなく訪れたオーディルをフェリオスは睨み付けた。現在執務室で後もう少ししたら休憩を取ろうと思っていた所だ。最愛の正妃・セーラの膝枕で昼寝をするか、セーラを膝上に乗せて甲斐甲斐しくお菓子をあげようか……と考えながら、キリを付けようとしていた矢先なのだから、いくら最愛の妻との間に生まれた可愛い息子とはいえ、睨み付けてもフェリオスは悪くないのである。……多分。


「なんだ」


 オーディルが若干気遅れしたのを確認しながら返答すれば、「お願いがあります」と少しおどおどしながら切り出す。続きを促せばオーディルは意を決したように


「真実の愛を見つけました」


 と宣った。その言葉が出た息子に、フェリオスは(我が子ながらこんな愚かだっただろうか)と首を捻りそうになった。


「真実の愛?」


「そうです。父上と母上のように相思相愛の関係になれる相手です。男爵家の令嬢でして、名はハルリカと」


「それで?」


 ウキウキしているのか、顔を輝かせたオーディルは真実の愛の相手とやらの名前を告げるが、フェリオスはそんなものが知りたいわけじゃない。大体、オーディルがその娘と親しいことなど、オーディル付きの影からだいぶ前に報告を受けている。


「ですから、シンディーとの婚約を解消してハルリカを婚約者にし、正妃に迎えたいのですが」


「お前は、そこまで愚かだったか」


 オーディルの願いに、一つ溜め息をついてフェリオスは我が子を見据える。オーディルは背筋に冷や汗が伝う気がしてそれ以上の言葉を紡げない。自分が今何を言われたのか、理解出来なかった。


「仮にシンディー嬢との婚約を解消する場合、どんな理由が妥当だ?」


「それは……シンディーは、実家である侯爵家の権力を笠にきてハルリカを虐めています。それに侯爵家から強引に結ばれた婚約だから王家が解消しても問題ないでしょう。第一、生意気なんですよ。シンディーは、いつもいつも王子としての自覚を持って行動しろ、とか、発言も良く考えた上でないと相手に影響する、とか。私を王子だと敬う気がまるでないんです。大体家庭教師と同じ事を言うのも苛立つし、私がどれだけ王子である事にプレッシャーを感じているのか解らないくせに、口出しだけは婚約者だから……と煩くて」


 フェリオスは、本当にセーラとの間に生まれたのか? と疑いたくなる程、愚かな息子にやはり王太子の座には第二王子・バーディルか第三王子・ラーディルのどちらかにするか、と思案する。兄とは違い、3歳年下の双子は王族の自覚もあるし、視野も広いし、勉強も兄より優秀だ。


 とはいえ、やはり最愛の妻との子。簡単に切り捨ててやるのは忍びない。だから機会を与えてやる。


「オーディル」


「はい!」


「王族の結婚・婚約に関する法は知っているな?」


「もちろんです! だからハルリカを公爵家か侯爵・伯爵辺りで養女としてもらいます!」


「その娘は妃教育に耐えられる、と思うのだな?」


「はい! 私と結婚するためならどんな事でも頑張る、と!」


「そうか。だが、先ずは仮だな。簡単に婚約者を替える事は出来ないし、しない。何故ならシンディー嬢との婚約は、私が王太子だった頃に、侯爵家へ無理に頼んで婚約()()()()()()からだ」


「え……? ち、父上が頼んだ婚約、なのですか?」


「そうだ。恐れ多い。娘には荷が重い。と何度も断られながらようやく受け入れてもらった婚約だからだ」


「そ、そんな……何故そこまで……父上が」


 覚えてないのか、とフェリオスは呟いたがそれ以上は何も言わなかった。オーディル自身が思い出さないと意味がないのだから。


「だからハルリカ嬢とやらが妃教育を受ける事は許すが、簡単に婚約は出来ないと思え」


「……はい」


「それと。妃教育を受ける前に試験をしろ」


「試験、ですか?」


「妃教育と言うのは、生半可な気持ちでは続かない。セーラは公爵令嬢として育てられてきたが、それでも妃教育は辛そうだった。貴族の筆頭令嬢が、だ。それでも私を支えるために、歯を食いしばってくれた。お前の言う娘は男爵家出身だ。更に努力せねばならない。だから2つの事を確認せよ。それが試験だ」


「母上でさえ大変だった妃教育……。2つ、とは?」


 オーディルは王妃として完璧に見える母の知られざる苦労に衝撃を受けつつ、フェリオスの試験内容を尋ねる。


「1つは、オーディルが国王になれない場合が有っても王子妃として、または臣下に降ったオーディルの妻として支える覚悟があるか。もう1つは、政変や戦争などでオーディルが平民になる事も有るかもしれない。それは苦労するだろう。それでも支える覚悟があるか。その2つだ。言っておくが、セーラは妃教育が始まって直ぐにこの質問を先代王妃……つまり我が母上に問われているぞ」


 なんていう質問をさせるのだ、と思ったオーディルは、自分の母が5歳という幼い頃に祖母からそんな覚悟を問われた、と聞いて、驚く。妃教育の大変さ、とやらを少し理解した。


「その覚悟が無い娘に妃教育など出来るわけがない。セーラは我が母上からのこの問いに5歳だというのにきちんと自分なりの言葉で答えたそうだ。その答えを知った母上が満足して、セーラは妃教育を開始している。解るな?」


 フェリオスに諭されて、ふとオーディルは考える。シンディーも、この質問に答えたのだろう、と。……どんな答えだったのか、気になったが簡単には聞けない事も解っている。何しろ最近のオーディルは、シンディーの小言に辟易して遠ざけていた上に、ハルリカと常に一緒だったからだ。シンディーやオーディルの側近候補として側にいる令息達から、何度も苦言を呈されて余計にシンディーを遠ざけていた自覚は有る。


 そんな状況を自ら作り上げておいて、気軽にシンディーに声もかけられない。取り敢えずオーディルはハルリカに試験を行って、その結果をフェリオスに報告するしかないのである。訪ねた時とは反対に項垂れて萎れながら、フェリオスの執務室を出て行った。


「はぁ。休憩にするか」


「フェル」


「セーラ!」


 息子の萎れた姿を見送って休憩にしようか、と椅子から立ち上がったところで、最愛の妻が執務室の隣にある休憩室から顔を覗かせた。どうやらお茶の準備をしてくれていたらしい。相変わらず気が利く愛妻の元へいそいそと向かい、その腰に手を回して自分の膝上に乗せて愛らしさを堪能する事にする。


「あの子、あんなに愚かだったかしら」


 頬に手を当て首を傾げるセーラの愛らしさに「それは俺も思ったが、簡単に切り捨ててやるのは忍びないからな。それよりセーラの手作り菓子が食いたい」と髪を撫でながら要求した。フェリオスの俺様ぶりは健在だが、セーラに限っては求愛も忘れていない。


「シンディーが珍しく泣いたんですのよ」


「……そうか」


 妃教育が辛くてもオーディルを支えるために、オーディルと自分が表舞台に立って恥を掻かないように、国のメンツを潰さないように、必死に喰らい付いて妃教育が終わるまでは決して泣き言を言わないシンディーが、とフェリオスは胸が痛む。始まった当初は妃教育が終わり「お疲れ様」とセーラがお茶会をしながら労る時になって、良く泣いていたとセーラから聞く。それでも数年経てば笑顔でセーラとお茶を飲んでいたのだから、本当に久しぶりにセーラの前で泣いたのだろう。


「何て声をかけたんだ?」


「ふふ。簡単ですわ。無関心になりなさい、と」


「……成る程。それは良い」


 セーラのアドバイスの意図をフェリオスは、完全に呑み込んでいた。夫の頭の回転の速さに微笑みながら、先程まで王子妃教育(オーディルが王太子では無いため、王太子妃教育ではない。バーディルとラーディルの婚約者にも妃教育は施しているが、セーラの中ではシンディーが王太子妃に相応しいと思っているので、シンディーには熱心になっている)に来ていたシンディーの姿を浮かべながら、何度諫めても聞き入れないオーディルにどうしたらいいのか……と泣いた顔も思い出す。


 自分の息子で最愛の夫の子だというのに、少しばかり愚かなオーディルに頭痛を覚えつつも、セーラはシンディーの心が壊れないようにアドバイスをした。


「王妃としては、こんな事くらい、シンディーが采配を振らなくてどうするの。と言う所でしょうけどね。子を持つ母としては、シンディーには申し訳ないと思うのよ。だから母としてアドバイスするわ。無関心になりなさい」


「無関心、で、ございますか?」


「ええ。王子妃となるあなたに言うなら、そんな小娘1人、さっさと排除なさい。どんな手を使ってでも構わないし、周りには気づかれないように、と切り捨てるのは簡単よ。でもね。影からの報告でシンディーは何度も何度もオーディルとハルリカとか言う娘を諫めたのを知ってるわ。それこそ、罵声を浴びる事もあった、と。ごめんなさいね。あの子の親として謝るわ」


「そんな、王妃様、あの、謝るだなんて」


「良いのよ。あの子の育て方を間違えた私の責任だわ。それにハルリカとかって娘は、あなたにいじめられた、とオーディルに訴えたみたいだけど、教室も違えば接点も無いあなたにそんな事が出来るわけがないでしょうに。おまけにあなたは、学園終了後直ぐに妃教育を受けるために登城しているのよ? どこにそんな時間が有りますか! それをオーディルってば、小娘の戯言を鵜呑みにしてしまって……」


「王妃様……」


「ああ、もう、泣かないの。シンディーがいじめなんてしていない事は解ってます。ですからね。もう無関心になりなさい。オーディルと小娘が婚約者でもないのに有り得ない距離感でいるのを見ても、何かシンディーにとやかく言って来たとしても、全て無関心。何の反応も示さないで黙って頭を下げて、居なくなってしまいなさいな」


「そ、それで宜しいのです?」


「もちろんよ。あなたは……確かにちょっとだけ素直になれなくて、ついついオーディルに小言を言ってしまいがちだけど。それはオーディルが言われるような言動を取っているから。そしてシンディーがオーディルに恋しているから、でしょう。でも。あなたが何も言わないで無関心になってみなさいな。オーディルはどうなるかしらね? 取り敢えず、1日や2日なんかじゃなくて1週間でも2週間でも無関心で居なさい? オーディルには、ちょっと反省させないと、ね」


 シンディーが「はい」と頷くのを見て、セーラはニコリと笑った。シンディーも毅然とした表情になって、いつものように笑顔を浮かべたのを見て安堵する。そうして、オーディルにどうやってお灸を据えようか企みながら、そろそろ休憩する時間だろう、と最愛の夫であるフェリオスの元を訪ねていた。




 さて。その後であるが。


 先ずはシンディーがセーラのアドバイス通り、オーディルとハルリカを無視・避け始めた。最初のうちは、小言を言われなくて清々していたオーディルだが1週間も経つと、逆に不安になって来たのである。


 同時にハルリカに、フェリオスから出された質問をすれば。ハルリカは曖昧に微笑んだ挙げ句、「私には王子妃なんて無理かもしれないですわ」と言って、ススっと居なくなった。それから直ぐにハルリカが他の高位貴族の令息と親しくなりだした……という噂を聞いて、ようやく真実の愛が偽りだったのだ、と知った。


「父上」


「なんだ」


 シンディーとの婚約解消の話をしてから1ヶ月も経たないうちに、またも先触れ無くフェリオスの執務室を訪れたオーディルは、意気消沈としながら切り出した。


「父上。ハルリカは真実の愛の相手では有りませんでした。偽りの相手でした」


「阿呆か」


「ち、父上⁉︎ いくらなんでも阿呆だなんて、酷いでは有りませんか!」


「阿呆だろう。何が偽りだ。たとえお前との恋が終わったとしても、それで他の男に乗り換えられてお前が捨てられたとしても、その時は真実だ、と思った愛なんだろうが。騙されたのもお前自身の責任。それでも真実だ、と思ったのはお前の心だ。それを偽りなどと簡単に言うな。偽りだと言うなら愛などと簡単に口にするな。安っぽく聞こえる」


「父上……」


「全く、こんな阿呆で愚かな息子でも、好きだと言ってくれる娘を泣かすとは呆れて物が言えん」


「わ、私を好き……?」


「お前が一目惚れして、どうしても可愛い笑顔を毎日見たいから、と駄々を捏ねるから、この父が頭を下げて婚約を締結したのだろうが! この愚か者! 政略的に結ぶなら別の家に命じるつもりだったのを、お前が我がままを言うから結んでもらったんだぞ!」


「し、シンディーとの婚約……? あ」


 そうだった。シンディーと初めて会った時の笑顔が可愛くて婚約者はシンディーが良い、と両親に頼み込んだのだ。オーディルの一目惚れだったというのに、そんな事も忘れてシンディーを小言ばかりの疎ましい存在だ、と遠ざけた挙げ句……自分は他の女に目移りして、浮気していた。悲しませた。その結果が……シンディーからの無視であり、避けられる状況であった。


「父上……私は、シンディーに見捨てられるのでしょうか?」


「さぁな。それはオーディル、お前の努力次第だろう」


「き、今日は、登城してますか⁉︎」


「セーラの所に居るな」


 それを聞くなり退室の挨拶もせずに、オーディルは駆け出す。途中、セーラがこよなく愛する白い薔薇の花を手折って(トゲが刺さるのも気にせずに)一輪握り締めて、シンディーの元……妃教育の場に辿り着いた。


 その後。オーディルはとにかく只管謝り倒し、シンディーに許しを貰って改めて婚約者として、ゆくゆくは自分の妃として、自分の隣に居て欲しい、とプロポーズする。そして若干血塗れ(トゲが刺さったオーディルの手から血が出た)の白い薔薇を差し出し、それを嬉しそうに笑って受け取ったシンディーに二度目惚れした。


 ちなみに、この薔薇について、セーラは何も言わなかったが、話を聞いたフェリオスが、「セーラの花を無断で!」と叱り飛ばしたのは、余談だろう。


 やがてこれを機にオーディルは、自分と周囲の関係や勉強等を見直し、シンディーとの仲も深まった頃、王太子としてシンディーは王太子妃候補として、その座につき……2人は紆余曲折しながら結婚した。

2人の息子の話。

真実の愛と偽りの愛についての、夏月なりの考えです。


お読み頂きましてありがとうございました。

2021.2.28異世界恋愛ランキング39位記念のオマケ話でした。

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