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『幼馴染が連続殺人犯かもしれない』  作者: asnt2026


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第1話 幼馴染だから

「また一緒に帰るの?」


昇降口を出たところでそう言われ、野崎透は靴紐を結び直していた手を止めた。


声の主は同じクラスの男子だった。名前を呼ぶほどでもない距離の友人で、片手には自販機で買った炭酸飲料を持っている。


「またって何だよ」


透が立ち上がると、その友人は校門の方へ顎を向けた。


中原ひかりがいる。


少し先で女子二人と話しながら、こちらを待っているようにも見えないし、本当に待っていないようにも見える微妙な場所に立っていた。肩まで伸びた髪が風に押され、頬へかかったそれを指で払っている。


九月も終わりに近いのに、昼間の熱が校舎の壁やアスファルトに残っていた。グラウンドから乾いた土の匂いが風に乗り、昇降口の屋根が作る影だけがひんやりしている。


「中原、待ってんじゃん」


「待ってないだろ」


「毎日それ言うよな、お前」


透は返事をせず、鞄を肩へ掛けた。


その向こうで、ひかりが友人二人と別れた。


一人になった途端こちらを見る。


目が合う。


ほんの一秒ほどだったと思う。


ひかりは当然のように歩いてきた。


「遅い」


「待ってないんじゃなかったのか」


「誰がそんなこと言ったの」


「今、あいつが」


透が後ろを指すと、友人は面倒事を察したように背を向けた。


「最低」


「俺じゃないだろ」


「否定した?」


「何を」


「私が待ってるってこと」


少しだけ考えた。


「した」


ひかりが立ち止まった。


「なんで」


「待ってるように見えなかったから」


「じゃあ何で私はここにいると思ったの」


「帰るから」


「透も帰るでしょ」


「帰る」


「じゃあ一緒じゃん」


話がどこへ向かっているのか分からなくなり、透は校門へ歩き出した。


後ろから靴音が追いつく。


こういうやり取りを何年しているのか、もう数える意味もなかった。


家は隣同士。


小学校へ入るより前から互いの家を行き来していて、朝に顔を合わせれば一緒に学校へ行くし、帰る時間が同じなら一緒に帰る。約束することの方が少ない。


だから周りが勝手に何か言う。


付き合ってるの。


まだ付き合ってないの。


いっそ付き合えばいいのに。


どれも、聞き飽きた。


「野崎、中原」


今度は後ろから女子の声だった。


二人が同時に振り返る。


「ほんとに付き合ってないんだっけ?」


透は反射的に、


「ない」


と言った。


ほとんど同時に、ひかりも、


「違うよ」


と笑った。


声が重なった。


女子は「息ぴったりじゃん」と笑いながら去っていく。


透は前へ向き直った。


数歩進んでも隣から声がしない。


気になって横を見ると、ひかりは前だけを向いていた。


「何」


「別に」


「怒った?」


「なんで」


「静かだから」


「私だって静かな時あるよ」


「珍しいけど」


ひかりが透の腕を軽く叩いた。


痛くはない。


けれどその場所だけ妙に長く感触が残った。


透は制服の袖を意味もなく引っ張った。


さっき「ない」と言った自分の声が耳に残っている。


違う答えがあったわけではない。


付き合っていない。それは事実だ。


なのに声にしてしまうと、何かをわざわざ遠ざけたような感じがした。


隣を見る。


ひかりも同じことを考えていたら面白い。


そんなわけはない。


「今日コンビニ寄る?」


ひかりが聞いた。


「何買うの」


「アイス」


「もう秋だけど」


「暑いからいいの」


「昨日も食べてたろ」


ひかりがこちらを見る。


「なんで知ってるの」


「昨日、家の前で食べてただろ」


「ああ」


ひかりは一瞬だけ黙り、それから妙に納得した顔になった。


「見てたんだ」


「見えるだろ。隣なんだから」


「そういう意味じゃないけど」


「じゃあどういう意味」


「もういい」


また分からなくなった。


透は昔からこういうところがある。


数字や順番なら、並べれば答えが出る。


壊れた機械なら、どこで電気が途切れているのか確かめればいい。


人間の言葉だけは時々、聞いたものと意味が一致しない。


その筆頭が中原ひかりだった。


校門を出る。


西日が低くなり、道路の白線が眩しいほど光っていた。駅へ向かう車の音に混じって、どこかの家から夕食を作る油の匂いが漂ってくる。空はまだ青いのに、建物の影だけがずいぶん長い。


「そういえば文化祭、うちのクラス何やるんだっけ」


ひかりが言った。


「まだ決まってない」


「昨日話してたじゃん」


「案が出ただけ」


「お化け屋敷?」


「準備面倒だろ」


「透、そういうの作るの得意じゃん」


「壊れた機械直すのと、お化け屋敷は違う」


「でも変な音出るやつとか作れるでしょ」


「変な音って何」


ひかりが笑う。


その笑い方を透は昔から知っている。


目の少し下が先に緩み、それから声が出る。


写真ではたぶん分からない。


隣にいる時間が長い人間だけが知っているような、どうでもいい違いだった。


「中原」


前から声がした。


ひかりの笑い声が止まる。


一人の男子生徒が立っていた。


奥村亮介。


同じ高校の二年生だがクラスは違う。


透も名前と顔は知っている。中学も同じだった。明るく人付き合いが広いタイプで、廊下ですれ違えば誰かしらと話している印象がある。


ただ、今日は一人だった。


奥村はひかりを見る。


「今ちょっといい?」


ひかりが首を傾げる。


「私?」


「うん」


奥村の視線が一度だけ透へ動いた。


ほんのわずかな間だった。


「二人で?」


透が聞くつもりはなかった。


口から出ていた。


ひかりがこちらを見る。


奥村も見る。


「いや、その……ちょっと昔の話だから」


「じゃあ私、後で帰るよ」


ひかりが言った。


「透、先帰ってて」


「別に待つけど」


「コンビニでアイス溶けるでしょ」


「まだ買ってない」


ひかりが小さく笑った。


奥村は笑わなかった。


それに気づいてから、透はもう一度彼の顔を見た。


夕日が正面から当たり、片側の頬だけが明るい。


それでも目元には影が残っていた。


奥村は周囲を一度確認してから、ひかりへ少しだけ顔を寄せた。


声を落とす。


透にも聞こえた。


「宮前奈緒のことで、少し話せる?」


ひかりの表情から、さっきまで残っていた笑いが消えた。



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