第1節:黄金の鬣と盗電の夜
この世に「魔法」なんてものは存在しない。
あるのは、かつての文明が遺したガラクタと、それをどうにか動かすための知恵、そして他人の懐を狙う強欲だけだ。
俺、カイルが所属する傭兵ギルド『黄金の 鬣』の拠点は、掃き溜めのようなスラム街の奥にある。
街の空気は常に石炭の煤と家畜の糞の臭いが混じり合い、肺の奥を撫でるように不快だ。
だが、俺はこの街が嫌いじゃない。
金さえあれば、この汚れきった通りも極上の絨毯に変わる。
それを証明するために、俺は今日も『ソラリス教団』の地下へと潜り込んでいた。
教団の連中は「神の慈悲」なんて呼んでいるが、実態は滑稽なものだ。
地下の深い広間では、何十人もの巡礼者たちが汗だくになり、巨大な木の歯車を回し続けている。
彼らの労働が、教団の壁に埋め込まれた銅線を伝わり、ごく一部の特権的な輝き——「電力」を生む。
俺が狙うのはその余りカスだ。
「……よし、食いついた」
俺は懐から愛機、真鍮製のフレームで覆われた「千里の硝子」を取り出した。
教団の連中が「聖なる輝きを蓄えるための儀式」と呼ぶ給電ポートに、自作の端子を無理やりねじ込む。
このスコープは俺の相棒だ。
先史文明の遺跡から掘り出された、光を増幅するレンズ。
これに「神の慈悲」を充電しておけば、月明かりすらない夜の遺跡でも、獲物をはっきりと捉えることができる。
レンズの奥に、緑色の淡い光が灯る。
これでいい。
このスコープには、肉眼では見えない世界が映る。
それは神が創った世界じゃなく、前文明が作り上げた「緑色の幽霊のような世界」だ。
教会から盗み出したわずかな輝きを手に、俺は地下を這い出した。
外では、俺の呼びかけに応じた二人の仲間——力だけが自慢のボリスと、錠前破りの得意な痩せっぽちのナインが待っている。
「カイル、準備はいいのか? 聖騎士に見つかったら首が飛ぶぞ」
「心配するな。神様は今、歯車を回すのに忙しいのさ。
それより、あの『砂漠の喉元』と呼ばれる遺跡の話をしよう。
そこには、触れずとも熱を放つ『魔法の炭』が眠っている。
教団の司教様が、それ一つで一生遊んで暮らせるほどの金貨を出すと約束してくれた」
俺は二人の肩を叩き、煤けた街を後にした。
背後に残る教団の塔は、盗電したせいで心なしか灯りが弱まったように見えた。
だが知ったことか。
俺が欲しいのは神の救済ではなく、現実を塗り替えるための黄金だけだ。




