生きるためには
ハルナ「うるさいわよ人間」
不機嫌そうに顔をしかめるハルナさん。俺の叫び声がどうやら耳障りだったようでハルナさんは主さんの耳を塞いでいた。
ハルナ「主が可哀想でしょ」
主「?」
陸「す…すみません……」
いきなり叫んでしまったことは悪いと思う。だが唐突にあんなことを言われたら誰だって俺と同じ反応をするだろう。
シャルラン「ハハッ誰だってそうなるさ。今までの人間もそうだったさ」
そう言ったシャルランさんの表情はどこか懐かしいものを思い出すような顔をしていた。
シャルラン「あっそうだ」
シャルランさんは思い出したと言うように両手を合わせて僕を見つめる。その視線はさっきとは違う真剣さが籠もっていた。
シャルラン「キミはこれからどうする?」
陸「これからって言うのは…?」
シャルラン「生活のことさ。キミは今無一文でこの世界でははっきり言えば無知で無力な少年だ。」
陸「それは……」
不意に手に力がこもり、白いシーツに皺をつけてゆく。そうだ、考えていなかった。今の俺は記憶もない、金もない、知識もない。こんなステータスの人間が異世界で生きていけるなんて限りなく不可能に近いだろう。
シャルラン「ミチビキである僕にとってはキミに付いていきたいところなんだけど、生憎仕事が忙しくてね…部外者であるキミに割く時間は無くてねぇ」
仕事、部外者の部分をわざとらしく強調して言っているのが一目で分かる。そのまま俺を見つめる視線はなにかを見極めるかのようだった。まるで俺を試すような、鋭い視線。
嗚呼、どうすればいいのだろうか。色んな情報で飽和していた俺の頭で精一杯に考える。必死さ故に自分の顔が歪んでいくのをゆっくりと感じていく。その間に流れる沈黙はどこか心地が悪い。
しびれを切らしたハルナさんがこの沈黙をきり裂くように淡々と口を開く。
ハルナ「…ねぇ人間、凄い顔してるけど何考えて」
陸「…てください」
ハルナ「えっ」
陸「俺を!雇ってください!!」
必死に考えを絞り出してでた俺なりの最善であった答え。シャルランさんがどんな仕事をしているかも知らない。だが何故か、そう言わなければならないと本能が脳に囁いた気がした。ハルナさんは俺の切羽詰まった声に驚いて、主さんの耳から手を離す。手を離された主さんは不思議そうにハルナさんを見上げている。
そして、その答えを聞いたシャルランさんはというと
シャルラン「完璧、合格だ」
ゆっくりと手を叩きながら満足そうに微笑んでいた。
その言葉を聞いた途端に俺の肩の荷は全て消え去った気がした。自分でもこれでいけるとは思ってなかったが、後先とは分からないものだ。
シャルラン「キミならそう言うと思っていたよ!!キミの意思はしっかりと受け取ったよ!」
シャルランさんは満面の笑みで俺の手を両手で握り上下にはげしく振る。ガクンガクンと脳が揺れる感覚がある気がするがシャルランさんは気にせずにまだ振り続けていた。
ハルナさんと主さんはイマイチよく分かってないような呆然とした顔をしながらその光景をただ見つめている。
シャルラン「いやー関心関心、こんな必死な人間は久し振りだ。」
陸「えっあの、その…」
シャルラン「じゃあ君を雇ってあげよう!…といっても雇うのは僕じゃないけどね!あくまでも僕は君を雇ってもらえるようにと頼むだけだから!」
俺を置いて勝手に話が進んでいく。シャルランさんは表情をコロコロ変えながら楽しそうに話をしている。
シャルラン「あっ、頼みに行く前に一つ質問してもいいかい?」
陸「えっ、あっはい!!勿論です!」
いきなり話を振られて動揺した俺だが、しっかりと返答を返す。よろしい、とでも言うような満足そうな表情をしてシャルランさんは話続ける。
シャルラン「キミは……この仕事に忠誠を誓えるかい?」
陸「えっ忠誠…?」
シャルラン「そうだ。これからキミに紹介する仕事は簡単にできるものではない。それだけは理解してほしい。」
シャルランさんは苦い思い出を噛みしめるような表情をしながら俺を見る。簡単な仕事じゃない、たったその1言が何故か酷く重い言葉のように思えた。
シャルラン「だからこそ、僕らは真剣に仕事へと向き合わなければならない。僕はこの仕事のためならば命だって賭けれる。それくらいの覚悟でやってるんだ。」
シャルラン「それを踏まえた上でもう一度問おう。」
シャルラン「キミはこの仕事に忠誠を誓える覚悟があるかい?」
シャルランさんの目は色んな感情が濁ったように濁って見えた。この返答次第で人を殺せるくらいに恐ろしい瞳を俺に向けている。この部屋の雰囲気が変わったのを感じたのか、主さんは怯えた表情でハルナさんの手を掴む。それに応えるようにハルナさんは主さんの手を握る。
陸「それは…」
正直、何も分からない。いきなり異世界に飛ばされたかと思えば記憶もなくて何も思い出せない人間になっていた俺のメンタルはゆっくりと削ぎ落とされていく。このまま仕事を紹介されずに外に放り出されてしまったら十中八九野垂れ死んでしまうだろう。絶対に嫌だ。どんな仕事であろうとやらねば死んでしまう。それだけは絶対に避けたいものだ。ならば答えは一つしかない。
陸「誓います」
真剣な眼差しでシャルランさんを見つめる。俺から出た言葉は揺らぎのない決意を綴っている。
数秒間の間、シャルランさんと見つめ合う。どちらも瞬きをせずに目の奥をみるような視線でお互いを見続けた。
シャルラン「…キミのその言葉、信じるよ」
いつの間にかシャルランさんの瞳はアメジストのような輝きを取り戻していた。表情もさっきと比べて格段に柔らかくなっている。
ハルナさんと主さんの表情もそれと同期するように穏やかになっていた。
シャルラン「よし!善は急げだ!さっそく頼みにいこうか!」
陸「その、頼むって誰にですか…?」
シャルラン「決まっているだろう?総統…まぁ簡単に言えば社長みたいな者にだよ!」
ハルナ「総統に何か粗相を起こしたら殺すわよ、人間」
主「にんげーん!」
陸「きっ…気をつけます……」
笑顔のシャルランさんや主さんとは対照的にハルナさんの表情は相変わらず無愛想であった。どこか納得のいかないような顔をしながら主さんの手を引いて部屋から出ていく。
ハルナ「行くよ、主」
主「ばいばーい!」
幼い笑みを浮かべながらこちらに手を大きく振る主さんとは裏腹にハルナさんはこちらに一瞥もくれずに去っていった。彼女らが出ていった部屋には、ハルナさんの翼から散ったであろう白い羽根が舞い踊るように落ちていく。
シャルラン「おや、行ってしまったね。まぁ良いや」
シャルラン「キミ、一人で起きれるかい?肩をかそうか?」
陸「いえ、大丈夫ですッッ!?」
起き上がろうとした刹那、体に力が入らなくなる。そのまま俺の体は無様にも床に叩きつけられた。打った背中は全身に響くように痛み出す。
シャルラン「…キミ、一週間も寝てたんだよ?そりゃあ筋肉だって衰えてるさ」
陸「…肩…貸してもらえますか…?」
シャルラン「ハハッ、勿論さ」
俺より身長が小さいはずのシャルランさんは倒れ込んでいる俺の体を軽々しくを引き上げ、肩を貸してくれる。この時、俺は男としてのプライドを打ち砕かれた気がした。




