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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第一章 俺の腕、売ります。
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第5話「はじめての星環騎士戦(当日)」

 数式、数式、ああ、数式が舞い踊っている。

 何と、数式がお前を祝福しているではないか。騎士のお前を。

   風鈴寺ふうりんじ はずみ

    数学博士 星環暦307年~376年


「旧居住区域? 星環の外でやるんじゃないの?」

 大地の素朴な問いに、白石は呆れたような視線を向けた。

「外でやれる腕前なの?」

「だって、廃棄された星環っていっても、中はそれなりに重力あるんでしょう? 外ならそれこそ何十回もデブリ除去で出動してるから、まだ何とかなりそうだし。脚の使い方なんて考えなくていいしさ」

 無重力空間の方が慣れ親しんでいる大地に対し、白石は短くため息をついた。

「騎士戦は娯楽としては賭けの対象にもされてるけど、サードから下のリーグは見たことはない?」

「サード?」

「……騎士戦の生配信とかは、トップリーグとかセカンドの上位陣くらいしか見ないものね。えーとね……」

 白石の説明によれば、騎士戦の華である高速機動が拝めるのは上位リーグになる。

 特に大地が放り込まれる初級、ひよこリーグでは、事情が異なる。

 今回の戦場は廃棄された星環の旧居住区、指定された狭い内部区画で、地上戦がメインとなる見込みだ。

「機体AIに区域データは入力済みよ。警告が出たら、引き返してね」

「何で? 外の方が広いのに」

「その質問には、そっくりそのまんまが答えなの。まだひよこの騎士の卵が外に出て、明後日の方向に向かってスラスター吹かした挙句に行方不明になられたら困るの。追いかけて回収する手間なんて、誰もかけてくれないのよ」

「俺としては外の方がやりやすいんだけどな」

「あなたはそうかもしれないけど、一人の都合で変わるルールじゃないから」

 白石は事務的にばっさり切り捨てた。

「それと、よくわかんないんだけど、『未登録武装の使用』ってあるじゃない?」

「第9条かな。それとも、附則の方?」

「この鎖鎌って、投射兵器にならないの?」

 大地が気にしている禁止事項を白石は読み上げる。

「『星環騎士艇の主機から恒常的に分離し、』ってあるでしょ」

「ええと。投げっぱなしにせず、回収するなら大丈夫ってこと?」

「デブリの無闇な増加を防ぐためのものだから、そういう理解で合ってるわ。回収すれば『恒常的』じゃないもの」

 投げた鎖鎌とか、万力の重しとか、ちぎられたらどうするんでしょうね?

 起きていないことを心配してもしょうがないか。

 大地が次の疑問を口にする。

「あとさ。このジャムダル?」

「ナックルガード」

 ゆっくりと、かぶせ気味に、白石は訂正する。

「騎士戦の美学に触れちゃうというか。パンチングナイフって断言しちゃうと、事前検査にかこつけて外すように指導されちゃう心配があったから」

「だから、そんなグレーな装備を使っていいのかってこと。今だってわざわざナックルガードって誤魔化してるじゃない」

「試合さえ始まってしまえば、規則に反してなければオッケーよ。規則ってね、『とする』か『ならない』『禁止する』以外は何をしてもいいの」

「つまり、殴ったり蹴ったりするのもいいの?」

「そういうこと。うちはオーナーが社長の親会社だけだから、ある程度は承知の上だけど。そういう行為を嫌うところもあるみたいね。騎士戦全体では、なんとなく避ける風潮はあるわ」

「なら、いいんだね。やっちゃっても」

 すました顔で不敵なことを言う大地に、白石は頼もしいわねと小首を傾けた。

「こちらとしては、試合開始から5分以内に起動してくれたら、即失格は避けられる。できれば壊さずに帰ってきてくれたら御の字よ」

 白石の本音だった。

「本来は部外者の大地くんを引っ張り込みはしたものの、怪我されて困るから。今回の対戦相手は同じひよこリーグでも、まあまあ強めなのよ。大地くんが本当に騎士だったとしても、デビュー戦でやるような相手じゃないのよ。適当に引き延ばして、それっぽいところで降参してくれたらいいわ」

 何せ、大地はまだ騎士保険に加入できていないのだ。

 今、事務員の一人が保険の窓口で超特急の加入申請を飛ばしているが、遡及して本日付の加入が認められるかどうかは神のみぞ知る。

 もし申請が却下されでもしたら、そのうえ大事故まで起こしでもしたら、目も当てられない。

 まさに、綱渡りをするための綱渡り。

「まあ、いいわ。そろそろ『試運転時間』だから、行ってらっしゃい。もう歩けるんでしょ」

「歩くくらいなら、できるよ」

 白石の送り出す言葉と共に、星環騎士『赤銅鬼しゃくどうき』のハッチが重々しく閉まった。



 何が相手を怒らせてしまったんだろう。

 初対面のはずである。


『試運転時間』と呼ばれる顔見せ。

『事前検査』録画配信と並ぶ公営競技観戦施設におけるサービスだ。

 ベテランになるとその日の騎士の調子がわかるとかなんとか。

 本当かよ。

 だったら、何でろくに当ててねえんだよ。


 歩けるよ。

 でも、もうちょっといろいろ試してみたいな。

 まだ本番じゃないんだし。

 そう思って、オーバーハンド、アンダーハンドの投擲モーションを試してみる。

 けっこういけるな。

 実機の方が癖は少ないとか、シミュレーターとして腐ってんぞ。

 走れるかもな。

 調子に乗ったのがまずかったのか。

 走り出しまでは、順調だった。

 すぐ前方に濃い紺色の先行者が見えたときは手遅れだった。

 制動距離。

 速度の2乗に比例して伸びる魔法の距離。

 歩くのはできる。

 でも、走るのは、止まり方を覚えてからにした方がよさそうだ。


「この、ガキっ ぶしつけな山猿が!」

 居丈高で野太い男の声が聞こえてきた。

 通信によるものではない。

 外部の音を拾っているようだ。

 あの騎士艇、外部スピーカーもあるのか。

 それより、今のはちょっとしたミスじゃないか。

 見たところあちらの騎士艇を壊したわけでもなさそうだし。

 とはいえ、一方的にぶつかったのだし、詫びは入れておこう。

「目の前の騎士艇を検索。通信、開け」

「@*#?!!」

 ずいぶんとおかんむりの様子だ。

「ごめんね。慣れてなくてさ。ここは広い心と慈愛で。試合だけに、って」

「%&★◎#$%&!」

 和ませようと思ったんだけどな。

「この山猿~~!」

 それより、レアメタルハンターが大勢いるこの瑞穂で、その「山猿発言」はまずいんじゃないかな。

 『試運転時間』なんだし、賭場にはけっこうな数のハンターがいると思うよ?

「あのさ、その外部スピーカー、せめてオフにしない? てかさ」

 ハンター、山師、山猿は、レアメタルハンターの蔑称によく使われるから、無駄に敵を増やしちゃうよ。

「宇宙じゃそのスピーカー、使い道なさそうだけど、一生ひよこでいる覚悟なの?」

 何が相手を怒らせてしまったんだろう。


「公営競技観戦施設限定配信、『試運転時間』が今、終了しました。

 ちょっとしたハプニングはありましたが、このあと間もなく本日の第1戦の騎士戦が始まります。

 まずは、ここのところ順調の、青と紺色のストライプ。『噴砕坊ふんさいぼう』を駆る黒崎健吾くろさきけんご鉄紺騎士団てっかんきしだん所属です。 解説でお越しの炎城志朗ほのおぎしろうさん、いかがでしょう」

「背面からの突き飛ばしとはいえ、転倒した挙句にオープンで罵詈雑言はよろしくないな」

「はい、では、もう一方の、えー、赤錆、ええと、赤銅色? 『赤銅鬼』に乗るのは沖大地、赤銅騎士団所属です。

 どうやらこちらの騎士はデビュー戦ですね。こちらはいかがでしょう」

「緊張によるミスか、意図的かは問わん」

 炎城志朗は一瞬息を溜めた。

「騎士道、不覚悟!」

「ありがとうございます。引退宣言直後とは思えない、力強いお言葉でした。」


 試合、開始。

「この山猿が」

 沖大地は個人主義者であると同時に現実主義でもある。

 罵倒では死なない。

 空腹は死ぬ。

 空腹でなくなるためなら、罵倒されるぐらいは代金のうちである。

「山猿か。山猿けっこう。あんたの懐には気をつけな。大事なもの、頂く」

 相手の罵倒を逆手に取った勝利宣言で煽り返す。

「あんたに勝ったギャラはぁ、ん?」

 大地はモニターを操作して確認すると

「よし、寿司だ。あんたは寿司だ」

「お、俺は、騎士だ。ふざけるな!」

 煽りに勝てず怒り爆発、冷静さを失う。

 呆れた観客の中には勝負の前に投票券を捨て始める者も。

「そう、ふざけて、勝って、金をいただく。そして、――寿司だ。おい、早く寿司屋に行くぞ」

「や・ま・ざ・るーっ」

「怒るなよ、あんたのお陰で食う寿司だ。匂いぐらいなら嗅がせてやるよ。一緒に来い」

 怒りで視野が狭まった黒崎は、最短距離で大地を叩き潰そうと、盾を構えて突撃を開始する。

 大地はその場を動かない。

 ただ、『赤銅鬼』の右手に持った鎌をこれ見よがしに大きく振りかぶった。

「そんなおもちゃ、この盾で叩き折ってくれるわ!」

 黒崎は、『赤銅鬼』が頭上に掲げた鎌に注意を奪われる。

 黒崎が盾をまっすぐ突き出し、鎌を振り下ろす『赤銅鬼』に激突しようとしたその瞬間――


 大地が『赤銅鬼』の鎌を振り上げた動作はそのまま、鎌の反対側にある万力を黒崎の死角となる低空へ放り込む動作となっていた。

 黒崎の駆る『噴砕坊』は、鉄紺色の重厚な装甲を誇るパワー機体。

 対して大地の『赤銅鬼』はどこを切り取っても3級品。

 まして大地はまだ、『赤銅鬼』をまともに走らせることもできない。

 追いかけっこでも取っ組み合いでも勝負できない。

 ならば、挑発して呼び込んでからの――


 『赤銅鬼』の鎌を振り下ろしを『噴砕坊』の盾がその勢いのまま防ぎとめる。

 『赤銅鬼』が鎌を振り下ろす右腕の動作は、そのまま左腕の万力の引き戻す引手として連動させている。

 さて、引き戻された万力は、まっすぐに戻らない。

 手首、肘、肩、腰の捻りが加わることにより、万力の軌道に捻りが加わり、『噴砕坊』の脚の裏側にワイヤーが引っかかる。

 その引っかかりを起点に万力が加速しながらぐるぐる回る。

 この加速しながら絡みつくのが鎖物やウィップウェポンの厄介なところである。

 初見であれば何が起こったか知る間もなく絡めとられてしまう。

「こちらの山道は大変滑りやすくなっております。お気をつけください。沖だけに、なんて」

 先ほどは背面から。

 今度はワイヤーを絡めた足元をすくいとって、ではあるが。

 大地の『赤銅鬼』は『噴砕坊』を正面から倒した。

 あとは――

 踏みつける。

 ただ踏みつける。

 『噴砕坊』を守るはずの盾は転ばされた拍子に手の届かないところまで弾んでいった。

 『噴砕坊』は何度も起き上がろうとした。しかし――

 上体を起こせば、『赤銅鬼』が胸部を踏みつける。

 寝返りをして伏せれば、背中を踏みつける。

 腕を踏ん張れば、肩を踏みつける。

 脚を踏ん張れば、膝を踏みつける。

 縮こまったら、頸部を踏みつける。

 亀のように縮こまったら、顔面部を踏みつける。

 やがて――


《『噴砕坊』の機能不全が全体機能の50%以上に達したため、

 星環騎士戦規則の第3条第一項第3号に基づき、

 『赤銅鬼』の勝利です》


「踏むだけなら、できるんだよ」

 大地の勝利である。

 一方、公営競技観戦施設(要は賭場)


 観客「ガキの喧嘩、見せんな」

 観客「クロー、何負けんだ、てめー」

 観客「金返しやがれ」

 観客「ヒャッホー、トリプル役満クラスの高配当、げっとだー」




 関係者席では


 白石 弓を引くガッツポーズ

 竹島 叩きつけるガッツポーズ

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