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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第三章 地熱の胎動、堅牢なる盤石
35/59

幕間「凍土下の溶岩溜(マグマ)」

 承福さんの言った通りだよ――


 俺、生きてるから――


【北斗総督府(出雲いずも(政治星環))執務室】


 とある政治家は、大地の負けを確認するとすぐ、興味を失ったのか壁面のモニターの映像をニュースに切り替えた。

 佐倉(農業星環)で、デブリ衝突事故が起こり、大量の水が流出したと大騒ぎになっている。


「穴は応急でふさいだんだったな。

 回収業者の手配は?」


 傍らの秘書が端末に業者リストを表示して差し出した。


「……結局、全員か。

 必要な人手の数はわかっているのに、

 わざわざ、くじ引きした意味もないな」


「誰が音頭を取るか、ということがございますので。

 それと、先ほどの沖大地の敗北ですが……

 予定の都並様との会食は、いかがいたしましょう」


「なしでよかろう。

 祝勝会も食傷気味だった。

 瑞穂の経済力でトップリーグを優勝できるとは

 考えてもいなかったが、万が一もある。

 北斗から大統領選出など、時期尚早もいいところだ」


「……鈴来すずき総督、星環騎士艇に、差があり過ぎました」


 学生の練習機レベルの星環騎士艇を使用し続けるように指示したのは、目の前の政治家である。

 本来なら、このような批判めいた発言を秘書がするべきではない。


「星環群同士の経済力の差は、こんな程度ではない」


 政治家は傍らの秘書からの恨み言を、あっさり切って捨てた。





望澪もりの星環群、伏露ふくろ(居住星環)】


「こんな、機体で、トップリーグの怪物と……」


 鉄平は、身を着られるような申し訳なさに涙を流した。

 乗り手の沖大地は、それでも最後の最後に一矢報いるまで戦い続けた。

 だからこそ、悔恨が後を切らない。

 鉄平は泣き続けた。


 CU95SN-5シリーズは、コストを徹底的にカットした、廉価版シリーズの中では最高傑作と胸を張れる出来である。

 ひよこリーグ、あるいは騎士学校における訓練用の模擬戦用であるならば。


 どこを取っても3級品――


 初心者が騎士艇を走らせるまで。

 初級者が騎士艇での間合いを掴むまで。


 その性能の低さゆえ、致命的な事故を起こさず操作に慣れ親しむ。

 もちろん、それでも事故は起きるだろう。

 出力を抑えることで、操縦者が致命的なダメージを受けないように。

 全体コストを抑えることで、整備やパーツ交換を含めて末永く運用してもらえるように。


 なにより、生存性という一点のみ。

 そこだけは技術陣が譲らず、全星環群でも最高水準――


 CU95SN-5シリーズは、その原型、プロトタイプ、CU95Sの段階から廉価版を目指したわけではなかった。

 当初は、承知工業の社運を賭ける最新鋭宇宙艇を目指した基本設計だったのだ。


 より速く、より遠く、より強く――


 承福だって、何度徹夜したかわからぬほどにのめり込んだのだ。

 しかし、最終審査までもつれ込んだ数々のコンペでは、大企業や伝統ある工房の製品に負け続けた。

 承知工業は、やむなく廉価版/練習用機への方向転換による投資回収にいたった。

 悔しい経緯と夢半ばに会社を去って行った仲間たちの顔が、鉄平の脳裏に浮かんだ。


 後悔は、役に立たない――


 承福鉄平は、伯父であり社長である承福裕次朗に連絡を取った。

 幸いにも、すぐ繋がった。


「鉄平か……残念な結果だったな。順当ではあった」


 鉄平が予想した通りの言葉だった。

 鉄平は決意を視線に込めた。


「社長……」


 一拍、置いた。

 自分は今、とんでもないことに足を突っ込もうとしている。


「プロトタイプ、CU95Sの開封許可をください」


「どこからも注文がなかった代物だぞ。

 注文があったならいざ知らず……あったのか?」


 裕次朗は怪訝な顔をした。


「これから、売り込みます」


「正気か?」


 画面越しでも、裕次朗が引いたのがわかる。

 だが、今更引くことはできない。


「沖くんは、我々が半ば諦めたCU95SN-5を

 トップリーグまで引き上げてくれました。

 我々も、覚悟を決めましょう」


 鉄平は一気に溜まった思いを口にした。


「……何を言っているのか、自分で分かっているのか?」


「ええ、押し売りかもしれません。

 だけど、せめて我が社の最強機体を見せたい。

 承知工業は……

 まだ、負けてない!」


 身を乗り出しての説得に、画面の向こうで裕次朗が制していた。


「一度、こちらに戻りなさい。

 稟議りんぎするにも、まず頭を冷やしてからだ。

 わかったね?」


 鉄平の目に、もう涙はなかった。





【北斗星環群、和刻わこく(工業星環)】


 承知工業本社 社長室。


「プロトタイプのデータ開封をするのはいいが、

 当時の開発スタッフは、我が社にどれだけ残っている?」


 鉄平の連絡からすぐ、社長の承福裕次朗は人事を束ねる総務部長に尋ねた。


「詳しくは調べてみないと……

 半数以上は大手にスカウトされて持っていかれたか、

 出ていくかしました。

 3分の1くらいですかね?」


 現場責任者てっぺいがその気になっているのは、いいことだ。

 SNSでは、早速、承知工業製品への悪評が拡散され始めていた。

 とにかくにも、自社製品がボロボロにされたままでは、社長としても気が収まらない。

 とはいえ、個人的感傷だけで動ける話でもなかった。


「赤銅騎士団オーナーの都並さんに話を通すか。

 まずは、今後の騎士団をどうするかを確認しよう。

 それから考えればいい」


 顧客のニーズに嵌っているなら最上。

 駄目なら売り込みだけでも。

 数々のコンペに負けてしまったとはいえ、自信をもって組み上げた傑作だったのだ。

 死蔵しておくには惜しすぎた。

 裕次朗は秘書に都並のスケジュールを押さえるよう指示をした。


 たまたま今夜に空きがあったとのことで、こちらで食事の場として誘ったところ、山津やまつ(研究星環)で構わないならと、承諾の返事があった。


「我が社の製品をそのまま使う方針なら、

 私からも廃棄……いやCU95Sの復活とスタッフの呼び戻し、

 何なら、委託契約でもいい」


 旧スタッフのリストアップと連絡先把握――

 準備だけはしておけ、と総務部長に指示をしてから、裕次朗は会談の場に向かった。





【北斗星環群、山津やまつ(研究星環)】


「おお、よく来られた」


 約束のレストランの個室に赴いた承知工業社長、承福裕次朗を迎えたのは――


「風鈴寺、博士?」


 風鈴寺博士は、いかにも、と強く頷いた。


 風鈴寺弾。


 数学博士。


 星環群連合の頭脳。


 瑞穂の奇跡。


 沖大地の個人出資者だいふぁん


 そして――


 空気を読まないド畜生。


(確かに、この人がいるなら個室でないと)


 そう、風鈴寺博士は、一人でいるだけでも騒がしい。

 全星環群でもトップレベルで密談に向かない人物である。


「パーティーでお会いしてから、懇意にさせていただいていてね」


 テーブルにはすでに酒杯が並んでいた。


 都並大網つなみ ひろみ

 巨大資本、大網商事おおあみしょうじを筆頭とする大網グループの総帥。

 そして、赤銅騎士団のオーナー。


「なに、政治屋に会食の予定をドタキャンされてしまってね。

 愚痴を、そう、聞いてもらっていたんですよ。

 承知工業さん、あなたにも関係した話だ。

 ご一緒に、いかがかな?」


 裕次朗に対して席を進めながら、笑みを浮かべる都並。

 だが、目が全く笑っていなかった。

 むしろ、この日の都並の目は、尋常ではない怒りをたたえていた。

 都並はコケにされて大人しくしている男ではない。

 表に出すことはないが、生まれ育った瑞穂を愛している。

 様々な制約がありながら、勝ち続けていた赤銅騎士団、沖大地に愛着も沸いていた。


「博士には、先ほどお知らせしたことですが――」


 沖大地の意識が半日ほど前に戻ったとのことだ。

 望澪もりのの最新医療技術が功を奏したのか、非常に安定している。


「本来は、練習機用途の『赤銅鬼』、『赤銅鬼Ⅱ』……」


 都並は、思案している風に顎に手を当てた。


「そちらがあずかり知らぬところで、

 制約がありました。

 ええ、ありました」


(わざわざ二度も、過去形で言った)


「回りくどい話し方は、止めにしたまえ」


 風鈴寺博士が杯を空け、手酌でもう一杯注いだ。

 博士は都並を指さした。


「都並くんは、とにかく沖君のケア。

 彼がその気にならんと始まらん」


 次いで博士は裕次朗を指さした。


「……えーと」


「承知工業、承福裕次朗です。

 代表を務めております」


 まだ互いに自己紹介しないうちに、何かが始まっていた。

 博士は気にする様子もなく続ける。


「あれだ、鉄平くん。

 承福鉄平くん。

 筋のいい子だった。

 だいぶ前に実家に戻ると言ってた」


(確かに鉄平は風鈴寺博士に師事していたことはあった)


(でも、常時100人以上はいる助手の一人だと……)


「数式に愛されている大地くん、

 いや『赤銅鬼』を見て、すぐに気づくべきだった」


 博士は顔をしかめて、ずいと裕次朗に顔を近づけた。

 なぜ博士のご機嫌斜めなのか、裕次朗には思い当たらない。


「あの『赤銅鬼』に私のアイデアが入っているね。

 ……ただ、直接じゃない」


 おかしい、裕次朗は深くため息をついた。

 自分は、プロトタイプ、CU95Sの売り込みに来たはずなのだ。

 本来あるべき会話の順番がいくつか入れ替わって、しかも主導権が向こうに、いや風鈴寺博士にある。


「私のアイデアを直接取り込んだ騎士艇、あるね?」


 裕次朗は頷くしかなかった。


 承知工業の第51番倉庫。


 自嘲を込めて「墓場」と呼ばれるそこには、


 技術者の怨嗟ごと封印された亡霊プロトタイプが眠る――



 『CU95S』、通称、廃棄物シリーズ――



 その凍てついた時間は、


 敗北の騎士の目覚めとともに、蘇る――

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