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俺の腕、売ります。  作者: ももクリさんねんかきハチネン
第二章 静かなる堆積、堅牢なる連峰
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第13話「英雄未満」

 大地の勝利は

 観客の理解を置き去りにした。


 彼を待つものは

 称賛か

 拒絶か

 それとも――

【赤銅騎士団祝勝会 会場『呑気寿司』】


《祝 八九はちくの10連勝!!》


晴光廊はれこうろうの~♪』


 宴会部長の黒崎健吾はすっかりご機嫌だ。

 一通り出席者と挨拶を交わした後は、美声を披露している。

 豊潤ほうじゅんなる低音。

 不覚にも、視界が熱を帯びた。

 黒崎も5連勝かつひよこリーグ年間1位を決めて、サードリーグへの昇格条件の一を満たした。

 何でこっちの祝勝会に参加してるんだろうな。


「俺の方は、今日、オーナーがスポンサーと最終調整だ」


 いつの間にか歌い終えた黒崎が隣に腰を下ろした。


「黒崎運輸……社長に報告はしたが、最後まで孫の戦績を喜ぶ爺さんでしかなかった」


 結構なことじゃないか。

 妙にしんみりしてるのは、もっと褒めて欲しかったのに当てが外れたのか?


「なあ、山猿。何だ、今日のあの勝ち方は」


 普段通りの黒崎だった。

 黒崎は、いつだって変わらない不遜な態度でそこにいた。


「あんなもの、再現性もへったくれもないだろうが」


 手際よく、祝勝会の差配を始めておきながら、口から出るのは毎度こんな言葉ばかりだ。

 黒崎はふと手元に目を落とし、忌々しそうに眉根を寄せた。


「……、爺さんのメッセージも預かってきてやった」


 黒崎は端末の画面をこちらに向けてきた。


『どんどんやりなさい。美学など、余裕のある勝者の驕りを商品化したものに過ぎん』


「これをおれに持たせるのかよ、クソ爺」


 その言葉、返信で伝えといていい?


 なかなかに鋭い視線でこちらを射抜いてきましたよ。


「貸すだけって、言ったろうが」


 ……正直、スマンかった。


「爺さん、お前にべったりじゃねえか」


 でも、正直、俺のせいじゃなくなくなくない?


「何が『正直、俺のせいじゃなくなくなくない?』だ。

 否定が多すぎて計算合わねえぞ、この山猿」


 黒崎が心底うっとうしそうに俺の頭を小突いた。


 毎回思うんだけど、俺、今日の主役だぞ?


「やっとサードに手が届くかって時に、お前はもうセカンドか。

 どこまで落ち着きがないんだ、この山猿が」


 鼻で笑う黒崎に対し、こちらも負けじと言い返す。


「ちまちま各駅停車やってんじゃねえよ。

 こっちは特急なんだ。

 止まってる暇なんてねえんだよ」


 火花を散らす二人の間に、不敵な笑みが混じった。


「いいか、再現性のない勝ち方は事故と同じだ。

 お前がハンドル握って突っ込んだ以上、全責任はお前にある。

 それを『なくなくない』でチャラにできると思うなよ」


 黒崎はさらに声を低くし、先ほどの爺さんの言葉をなぞるように付け加えた。


「美学をかなぐり捨てて勝ったんだ。

 泥を被る覚悟くらいしとけ。

 それとも何か?

 その特急とやらは、運転士不在か?」


 呆れたように吐き捨てながらも、黒崎は手際よく他の参加客の次の飲み物を手配している。


「ほら、さっさとあいさつに回ってこい。

 主役がいつまでも尻でカウンター温めてんじゃねえ」





 祝勝会場の空気が変わった。

 入口にいたのは中肉中背の初老の男。

 仕立ての良いスーツを纏い、感情を排した双眸で大地を見据える彼の名は、


 都並大網つなみ ひろみ

 瑞穂の食卓を支配する巨大資本、大網商事おおあみしょうじを筆頭とする大網グループの総帥にして、赤銅騎士団のオーナーである。

 食品の生産から加工、そして末端の流通までを一手に掌握するその手腕は、冷徹なまでに合理的だ。

 彼にとって騎士団もまた、利益を最大化させるための歯車の一つに過ぎない。

 その姿は、荒波を鎮めるカリスマと、獲物を逃さない捕食者の危うさを同居させていた。

 彼はもともと、近隣で見つからなかった赤銅騎士団の星環騎士の枠を埋めるため、他所から無理やり都合をつけて呼び寄せたはずだった。


(……よそ者は避けたかったが、

 背に腹は変えられんかったからな)


 事務的なミスも重なり、実は今日まで顔を合わせていなかった。

 そう、写真すら確認していなかった。

 当時は苦々しく思っていた都並オーナーだった。

 だが、目の前にいる若者が、いつの間にか呼び寄せた騎士と入れ替わっていた。

 そして地元の若者が勝ち続けている現状を見て、計算を切り替えた。


(私が呼び寄せた方の沖がどこにいったかは、

 気にならんでもないが……)


 図らずも地元の星が誕生し、何かしらのうねりが生まれ始めている。

 予定した流れではないが、これこそが彼と彼が支援する政治家の望んでいた当初のシナリオだった。


「やあ、会うのは初めてだね。

 優秀と聞いていたが、ここまでとは……

 嬉しい方の計算違いだよ」


 都並オーナーは極上の営業スマイルで大地の肩を抱く。

 だが、祝勝会に紛れ込んだ報道カメラに向けたパフォーマンスの裏で、その声は冷たく大地の鼓膜を叩いた。


「君が本当は誰かは聞かないよ。

 勝っている以上はね。

 ……だけど、負けたら即刻、出て行ってくれ。

 偽物くん」


 突きつけられた非情な条件。

 だが、大地は臆するどころか、ケロリとした顔で応えた。


 負けたらクビってことっすか?

 いいですよ。

 今は、夢の中にいるようなもんですし、

 騎士としてツテも広がった。

 クビになっても、前よりマシな仕事はどっかにあるでしょ。


 全肯定。

 オールオッケー。


 そのあまりの図太さに、都並オーナーの眉がわずかに跳ねる。

 大地はさらに畳み掛けた。


 つーかオーナー、そん時はどっか良いとこ紹介してくれません?


「……っ。希望に沿うかは、わからんよ」


 一瞬、回答に詰まる都並オーナー。

 共犯関係になったことで、この「山猿」に弱みを握られた形だ。

 利益重視の彼にとって、大地の厚顔無恥さは計算外の毒であり、そして――

 最高のスパイスだった。


「ほら、笑え、 最高の結果だ」


 都並オーナーは拳を握った大地の腕を掴んで高く突き上げ、フラッシュの渦へ誘う。

 背を向けたオーナーの口角は、抑えきれずに吊り上がっていた。

 利益重視の鉄仮面に隠された、

 わずかな「オモロの精神」が刺激されている。


(……フン。一回ぐらいなら、負けても目をつむってやるか)


 その様子を横目で見ていた黒崎が、やれやれと肩をすくめる。


「山猿、化け物の懐に入る才能だけは認めてやる」





【公営競技観戦施設(要は賭場)の特設観覧席(要は芝生席)】


「おい、この沖大地っての、どうよ。

 俺は最近、こいつを推してんだ」


 一人目のギャンブラーが、端末に表示させた当たり投票券を見せびらかして、

 鼻の穴を膨らませる。


「はっ、今頃かよ。

 俺はデビューからの付き合いだぜ。

 先見の明ってやつだな」


 二人目のギャンブラーがマウントを取ると、3人目が高笑いをした。


「サード5連勝で、一気にセカンドか。

 ……いや、まだ気が早いか?

 だがこの勢いなら……」


「固いこと言いなさんな! 今日は勝ちだ!」


 彼らの即席テーブル(要は段ボール)には、配当金で奮発した山盛りの焼き鳥。

 脂の乗った鶏肉を頬張り、安酒のジョッキを何度もぶつけ合う。





【マニア専用・喧騒の隅 居酒屋『星環際リングサイド』】


「……勝ちゃあいいってもんじゃないだろ。

 騎士戦は高潔な舞台だ、スポーツじゃねえんだぞ!」


 古参のマニアが、大地の泥臭い勝ち方に顔を真っ赤にして詰め寄る。


「はん! 風車の理論だの、

 敗者の美学だの。

 そんなぬるいことを言っているから、

 騎士戦は舐められるんだ。

 勝負は常にシビアであるべきだろ!」


 後輩のマニアが食ってかかり、ついに二人は胸ぐらを掴み合った。

 観戦のこだわりという名の、出口のない殴り合いが始まる。





【とある路地裏】


「ダッセ。あんなの騎士じゃねーよ」


「だよなー、かっちょわりー」


 背伸びしたい年頃の子ども二人が、大地のなりふり構わぬ姿を冷笑した。


「兄ちゃんはダサくねえ!

 つええんだ、かっこいいんだ!」


 大地を慕う子どもが涙目で殴りかかるが、体格差であっけなく弾き飛ばされた。


「ケッ、ダッセえ同士で仲いいなー」


 遠巻きに見ていた母親たちが、冷ややかに溜息をつく。


「元気ねえ……。それはそれとして、あの『赤錆』?

 子どもの教育には良くないわよねえ。もっとキラキラした騎士ならいいのに」





【北斗総督府(出雲いずも(星環))・静寂のバルコニー】


「10連勝か。

 黒崎が立ちはだかるかと思ったが、勢いは落ちなかったな」


 とある政治家が、グラスを傾けながら眼下の喧騒を眺めて呟く。


「赤錆……失礼、

 赤銅騎士団から公認の申請が届いております。

 セカンド昇格を見越してでしょう」


 傍らの秘書が淡々とタブレットを差し出した。


「気が早いな。

 まあ、毒にも薬にもなる。考えておこう」


「承知いたしました。

 それと、都並様についてはいかがいたしましょう」


 その名が出た瞬間、政治家の目がわずかに細まった。


「いつものように」


「畏まりました」



 共有された勝利

  共有されない理解


 この物語はいまだ

  誰のものでもない――

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