閑話 勇者たちの敗走
「はっ、こんなものか! 魔族とはいえ、所詮ザコはザコだな! 手加減してやってもこのザマとは!」
――この時、天童麗司は最高に気分がよかった。
数々の魔物を狩ってきて、充分なほどレベルを上げた。準備に時間を掛けすぎだとも思っていたが、そのお陰で今、こうして魔族共を余裕で虐殺できていることに関してだけは、エリザベートに感謝した。
(ふ…やはり俺様こそが、世界の王にふさわしい)
だが、エリザベートに付けられた”お供”たちは頂けなかった。そのせいで、進軍はちっとも進まなかったのだ。しびれを切らした天童麗司は一人で先行すると言い残し、そのままグレンツヴァハト要塞まで独断先行したのだった。
最も、行軍時の食事をまともなものにしろと言ったのは天童麗司と氷室鏡華だった。そのせいで兵站部隊の準備に時間がかかったのだが、彼らは当然覚えていない。
先行した天童麗司はあっという間にグレンツヴァハト要塞へと到着するが、接近を察知したザインは迎撃部隊を展開していた。だが、それを見た天童麗司の口角はにやりと上がる。
(わざわざ俺様の経験値になる為に待つとはな。殊勝な心掛けじゃないか)
走るのを止めた天童麗司は、堂々と歩みを進めながら、まるで自分が世界の王であるかのように迎撃部隊に声をかけた。
「俺様こそ、この世界を救う為に選ばれし勇者、レイジ・テンドウ! 愚かなる魔族どもよ! おとなしく俺様の糧となれ!!」
名乗りを聞いた迎撃部隊の隊長は、すぐさま攻撃命令を下す。
矢や攻撃魔法が雨あられのように降り注ぐが、天童麗司はそれを避けようともしなかった。当たったところで、ステータスの差がありすぎてダメージを受ける心配がなかったからだ。
「ふん。攻撃っていうのは、こうするものだ!
『光の精霊よ! 闇を払う者よ! 我が敵を討ち給え!!』
光の矢!」
詠唱が終わると、おびただしい数の光の矢が天童麗司の周囲に生み出された。それらは一直線に迎撃部隊に向かうと、激しい爆音が辺りに響く。
「あっはっは! 見たか! 勇者の力を!」
戦場に高笑いが響く中、爆煙の中から三つの影が飛び出して、天童麗司に襲い掛かる――
「『剛の剣』!」
「『突撃槍』!」
「『重斧撃ッ』!
――だが、キンッ!! と甲高い音が響き渡るだけだった。
「「な、なんだと!?」」
「フン…雑魚が!」
獣人の戦士の見事な連携は、剣と斧を両の籠手で、槍を鎧の胸の部分で、決して軽くはなかったであろう攻撃を、天童麗司は軽々しく受け止めていた。
「雑魚らしく頭を使ったことは褒めてやろう。だが、残念だったな!」
天童麗司はそのまま腕で二人を振り払い、槍の戦士の腹を蹴り飛ばす。
獣人の戦士たちは、勢いよく地面に叩きつけられて、地に伏した。
「俺様に一撃当てた褒美をくれてやろう!
『光の精霊よ! 闇を滅する者よ! 我が敵を薙ぎ払え!』
聖炎光!」
天童麗司は両の掌が強く輝き出すのと同時に、腕を前に突き出した。その掌からまるでレーザービームのような光が放出されると、前方にいた兵士たちを悲鳴と共に吹き飛ばしていく。光はグレンツヴァハト要塞の防壁まで届き、大穴を開けた。
「ふはははは! まだまだこれからだぞ!
『光の精霊よ! 魔を払う者よ! 我が敵を打ち砕け!』
聖炎爆!」
今度は天童麗司の周囲に無数の光の玉が浮かび上がると、それは不規則に飛び出していき、何かにぶつかると手榴弾のように爆発した。
「くそ! ヤツを止めろ!!」
爆弾魔のように周囲に爆発を起こしながら、天童麗司はゆっくりと要塞に向けて歩き出す。歯向かう者を斬り捨て、蹴り飛ばし、薙ぎ払う。もしくは焼き尽くし、爆破しながら、ただ真っ直ぐに歩いていた。
(ふん、つまらんな。本気を出すまでもないではないか)
迎撃部隊を蹂躙しながら、すでに天童麗司は飽きてきていた。だが、次代の世界の王として、自らの実力を見せ付けるのだと自らに言い聞かせながら、ひたすらに歩みを進める。
(そう、全ては俺様の気分次第……さぁ、ひれ伏せ! 天童様のお通りだ!!)
天童麗司の蹂躙は、グレンツヴァハト要塞に辿り着いても止まらなかった。誰も自分を止める事は出来ず、まるで許しを請うように、地に倒れこむ。手加減をしている方がその光景を長く見られると気づいた天童麗司は、敢えて殺さずに要塞内の兵士たちを甚振っていた。
(さぁ、せいぜい俺様を崇めるといい)
自分がその気になれば、こんな要塞など紙のように吹き飛ばす事が出来るのだからと、そう思って疑わなかった――今この時までは。
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――キンッ!
「なっ!」
(馬鹿な! 俺様の一撃を受け止めただと!?)
天童麗司には目の前の光景が信じられなかった。
今の一撃は愚かな魔族に見せつける為に、それなりの力を入れていたのだ。それを受け止められるのは、この世界では神崎隼人か早乙女蓮くらいしかいないはずなのに、現に今こうして受け止められている。
馴れ馴れしく目の前の男が話しかけてきたので、初めてその顔を見た時は、さらに信じられなかった。
(ちょっと待て…)
日本にいた時の忌まわしい記憶が天童麗司に蘇る――
撮影現場で悉く自らの”邪魔”をしてきた冴えない中年男。
この世界に召喚された自分のおまけでついてきた斬られ役。
せっかく実戦の機会を与えてやったのに、臆病風に吹かれて逃げ出した愚かな付き人。
――それが目の前で、自分の剣を受け止めていた。
「…何故貴様がここにいるッ! 役立たずーーっ!!」
激昂のあまり、天童麗司は叫ぶしかなかった。
もはや二度と会うはずのない存在が、再び自分の邪魔をしようとしている。その事実に、天童麗司の怒りは止まらなかった。
(役立たずのくせに! 斬られ役のくせに!!)
更にイライラすることに、飄々と自分の剣を受け流しているのも気に喰わなかった――
(もういい! 殺す!!)
――だが、スキルを使った攻撃ですら、まるで殺陣のシーンのように受け流され、魔法を使っても同じく魔法で打ち消される。
(バカな! バカな!! バカな!!!)
あの低ステータスのゴミと互角なのが天童麗司には信じられなかった。
雑魚は王の一撃で惨たらしく死ななければならないはずなのに、身の程知らずにも程があると、天童麗司は頭に血が登っていた。
(…そうか、卑怯者め! 魔族にドーピングされたに違いない!!)
そう、天童麗司は結論を出す。そうでなければ、”斬られ役”が自分とまともに渡り合えるはずがないのだと、信じて疑わなかった。
(ふざけやがって…このチート野郎め)
ここで、天童麗司は斬られ役に相応しい結末を用意してやろうと決心した。真の勇者の一撃を持って、今度こそ魔族どもの見せしめにしてやろうと考えたのだ。
(光栄に思え! …そして死ね、おっさん!)
天童麗司の全身から光の柱が立ち昇り、天に掲げた剣に収束する――
(天誅ッ!!)
――光の剣を振り下ろすと、斬られ役は悲鳴すら上げずに、光に飲み込まれて消えた。
(はっ! ざまあみろ!!)
「はっはっは! あの世で後悔するんだな!! 役立たずのくせに、俺に歯向かったことを!!!」
――極上の愉悦に浸っていたところで、天童麗司の意識は飛んだ。
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(まったく、まだまだガキなんだから)
氷室鏡華は、神崎隼人と早乙女蓮を連れてグレンツヴァハト要塞に急いでいた。
天童麗司が独断先行してしまったので、副リーダーとして自分が追従するルーンベルグ軍に今後の指示を出した後、二人を連れて先に出たのだ。
(ま、負けるとは思わないケド)
今の自分たちのレベルなら、この世界に敵はいないと、氷室鏡華は思っている。なので、途中に転がっていた”魔族”の死体には興味も示さず、一目散にグレンツヴァハト要塞へと向かっていた。
「随分ハデにやったみたいだなー」
「…そうね」
「憂さ晴らしでもしたんでショ」
並走する神崎隼人と早乙女蓮が、そう呟くのを氷室鏡華は耳にした。
元々仲がよくも悪くもなかったが、この世界に来てからというもの、気が付けば訓練時以外は別行動をするようになっている。なので、日本にいた時と同じように、単なる”共演者”であると氷室鏡華は考えている。
(ベツに、仲良しこよしする必要はないしね)
多分、それは皆同じスタンスなのだろう。魔王退治という目的を果たすために”勇者パーティ”を演じているだけなのだと、氷室鏡華は思っていた。
だから、目の前の光景が信じられなかったのだ――
(ウソでしょ。一体、何が…)
――天童麗司が、倒れている。
その衝撃的な光景に、氷室鏡華の思考は一瞬真っ白になった。トドメを刺そうとしているのか、天童麗司に近づいていく人影を、”土の槍”で阻む――
(はあああああああぁっ! アリエナイんですケド!!)
――その時、相手の顔を氷室鏡華は見てしまったのだ。
目の前にいるのは、氷室鏡華の”人生”から消えてなくなったはずのおっさんだった事に、彼女の頭は真っ赤に染まった。
(なら、確実に消してヤルわ!)
殺意に駆られるままに魔法を連発するが、信じられないことに忌々しいおっさんは次々に自分の魔法を避けている。さらには魔法まで使うその姿がまた、氷室鏡華を苛立たせた。
(ふざけるナ!)
”大魔法使い”である自分に魔法で歯向かうなんて、氷室鏡華のプライドが許さなかった。役立たずが自分の土俵に上がるなんて、彼女にとって認める訳にいかなかったのだ。
なので、魔法で罠にハメて殺してやろうと氷室鏡華は心に決めた。
(完全に追い詰めてヤルわ)
魔法の奥義である”合体魔法”を使い、追尾性を持たせた”炎の嵐”でじわじわと追い詰めて焼き尽くすというプランは、氷室鏡華の考えうる最高のものだった。忌々しく思いながらも、敵の動きを見ていた彼女は、時間と共に加速するこの魔法なら必ずその動きを捉えると判断していた。だから――
(え?)
完全に追い詰めたはずの敵が、映画の撮影のように宙返りで方向を変えるのを見て、氷室鏡華は呆気に取られてしまう。そんな彼女の目の前には気が付けば”炎の嵐”が迫っていた。
「ダマしたなぁぁあッ!!」
氷室鏡華は怒りの声を上げながら、”炎の嵐”を消失させる。
だが今までも大魔法を連発しており、更には怒りに任せて雑に魔力を練ったせいで、彼女は大量に魔力を消耗してしまい意識を失った。
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「これでいいだろ」
「そうね。二人とも気を失ってるだけで、ケガはなさそうだし」
早乙女蓮と神崎隼人は、ルーンベルグ軍の野営地に戻ってきていた。功刀の指示通り、気絶した二人を回収してきたのだ。野営地のテントに二人を寝かせてから念のため具合を確かめてみたが、特に問題はなかった。
「しかし、こんなところでおっさんと会うとはなー」
「ええ。さすがに予想外だったわ」
「しかも、この二人おっさんが倒したんだろ」
「そういうことでしょうね」
「やっぱりおっさん、何か企んでたかー」
「うん。うっかり騙されちゃったね」
うすうす気が付いてはいたが、早乙女蓮はグレゴールの話を聞いた時から、功刀は何らかの意図があって姿を消したと確信していた。
まさか”魔族”に味方するとは思わなかったが、これで”王国”側には早々に功刀が消えるだけの何かがあるのだと、早乙女蓮は思うようになった。
「まさか演技で騙されるとはな…」
「…面目丸潰れよね」
神崎隼人もまた、グレゴールの話から功刀脱出説を考え始めていたし、ずっと引っ掛かっていた”違和感”は正しかったのだと、彼は逆に前向きに捉えている。
たまたま”主役”と”絡み”という立場であっただけで、芸歴は功刀の方が遥かに上なのだ。演技力がないなどと油断している自分が悪いのだと、神崎隼人は思っていた。
「でも、おっさん”約束”してくれたしな」
「ええ。何とかその隙を作りましょ」
「ちゃんと説明する」と言った時の功刀の表情を、二人は覚えている。あれこそが”仕事”に向き合う時の功刀の顔だと現場で何度も見てきたから、二人は功刀の言葉を信じたのだ。
「さて、と。なぁ、早乙女ちゃん――」
「勇者様方はいらっしゃいますかー!?」
「はい。ここに居ます!」
神崎隼人が何かを言おうとしたその時、伝令の声が木霊する。
早乙女蓮の声を聞き、伝令が二人の前に姿を現した。
「ああ。良かった。お二人にハインリヒ様からの伝言があります!」
「ハインリヒ様の?」
「はい。こちらをお読み下さい」
「ええ。…なんだろう」
伝令から手渡された”手紙”を開封して、早乙女蓮と神崎隼人は目を通す――
「「……」」
――紫の光を見たのを最後に、二人の意識はそこで途絶えた。




