6-2 おっさん、アルカス支部に向かう
――アルカディア連邦共和国、首都アルカス。
アルカディア平原の中央に作られたその都市は”学術都市”の名を冠する通り、大小さまざまな研究施設が立ち並んでいる。中でも有名なのは、この世界中の書物の写本が納められているという大図書館と、あらゆる魔術の研究をしているという魔導学園の二つだ。
アルカスの中央区――別名”学術街”には、こういった研究施設が集中していて、その中心に並んでいるのが、この二つの建物だった。日本で言うならば、ちょっとした地方の大学のキャンパスくらい広大な敷地である。
「…広いな」
「ええ。本当に」
「初めて来た方は、皆さんそう言いますね」
アルカスに到着した俺たちは、街を囲む防壁の西門にいる門番の兵士に事情を説明した。一兵卒では判断が出来ないと上官である兵士長が出てきたので、マリアが国境門で貰った行政府への書簡を見せた。
さすがに二千人もの避難民をどうするか悩んだ兵士長は、西門の外で待つ間に部下たちに炊き出しの準備をするように指示をする。そして最初に対応した門番――アジスに、俺たちを行政府まで案内するように手配したのだった。
西門から、ここ中央区まではまっすぐに大通りが伸びている。アルカスの街路は日本の京都の街並みさながら、碁盤の目のように整理されていた。
アジスが言うには、防壁の四つ角にそびえ立つ塔が結界装置となっていて、それぞれの塔の頂点を結ぶ光の線がある限り、魔物はこの街に侵入出来ないそうだ。
行政府の建物は大図書館と魔導学院の向かい側に置かれているそうで、その奥にある真っ白な石造りの建物が、連邦評議会の議事堂らしい。
そして何より驚いたのは、ルーンベルグやリベルタ、ノルドヴァルと違って、ここアルカスではエルフやドワーフといった亜人と呼ばれる人々が街を歩く姿だった。そんな俺たちの様子を見たアジスが笑いながら話しかけてくる。
「亜人を見るのは初めてですか?」
「ああ」「ええ」
「旧ヴェスタリア公国には居たらしいから、血は混ざってるかもねー」
「そうですか。確かにアルカディアにもハーフの方もいらっしゃいますしね」
どうやらこの世界では、亜人との間にも子を成す事は出来るようで、アルカディアでも異種族の間で家庭を築く者もいるそうだ。
そんな話をしながら、やがて行政府の入口まで辿り着いた俺たちは、アジスに案内されるがままに、行政府の中に入り彼の後をついていく。
「さて、マリアさんたちの窓口はここですね」
「ええ。西門の兵士長から連絡は受けております」
アジスが止まったのは、治安部の一角にある窓口だった。だが、先触れを出しているように見えなかったので、俺がアジスに質問をすると、アルカスには通信用の魔道具が存在しているという。
アルカディア国内の主要都市にも設置されているが、基本的に緊急事態が生じた場合しか使わないそうだ。その説明を受けて、二千人もの難民の受け入れは確かに緊急事態だろうと俺は納得する。
目の前では、マリアとエラが国境門で貰った書簡を渡しながら、受付の女性に事情を説明している。
その間に、俺はアジスに冒険者ギルドの場所を始め、アルカスについて話を聞いていた。
ここ中央区を挟んで西側が”商業街”、東側が”平民街”となっているそうだ。とは言え、東側に店が無いという訳ではなく、生活に必要なものが買える市場は平民街にもあるとの事。では、西側の商業街は何かというと、魔道具や書物などをメインとした、交易の中心地となっているらしい。他国から来た場合はだいたい西門からアルカスに入ることになるので、自然とこういう配置に変わっていったそうだ。
商業ギルドは商業街にあり、冒険者ギルドは中央区、大図書館を挟んで行政府の反対側にあるとアジスは教えてくれた。他にも学術ギルドや魔導具専門のギルドなど、他の国にはないギルドも存在しており、そのほとんどが中央区にあるとの事だった。
アジスから色々と聞いている内に、マリアたちの説明も終わったようで、二人は受付の女性に頭を下げているところだった。そうして振り向いたマリアの表情は、どこか肩の荷が降りたような感じがする。
「どうだった?」
「ええ。しばらくは兵舎の一角を貸してくれるそうよ」
「さすがに人数が多いもんねー、手狭そうだけど仕方ない」
「もう! 受け入れてもらえただけで感謝しなきゃ」
「はいはーい」
エラは相変わらず軽い調子だが、やはり何処かほっとしているのだろう。心無しかいつもよりテンションが高いようにも思える。アジスによれば、行政府の更に南側が治安部の区画となっていて、兵舎や軍事関係の施設などの建物が並んでいるらしい。
「なら、ここからは別行動だな」
「そう…仕方ないわね」
「もう、素直に寂しいって言えばいいのに!」
「だから! そんなんじゃないってば!」
「はいはい」
これからマリアたちは西門へ戻って、解放軍を始めとしたヴェスタリア難民たちと合流する事になる。
俺はここから真逆にある冒険者ギルドに行かなくてはならないので、必然的にマリアたちとはここで別れる事になるのだ。
「しばらくは、アルカディアに居る。何かあればギルドに来てくれ」
「わかったわ。貴方の計画、みんなで話し合ってみる」
「お互い、しばらくは修行の日々ねー」
「ああ。目的の為の準備期間ってとこだな」
「クヌート、無茶はしないでね?」
「お互いに、な。エラ、頼んだ」
「はーい。ちゃんと見張っておくわ」
「もう! 信用ないのね」
お互いに、そんな軽口を叩きながら俺たちは行政府の建物から外に出る。
リベルタと同じで、アルカスにも街の至るところに時計が設置されていて、まもなく昼の三の刻になりそうだった。急がないと、避難民たちが兵舎につく前に日が暮れてしまうかもしれない。
マリアも名残惜しそうにしているが、その事に気が付いているのだろう。一瞬だけ躊躇った後、俺に握手を求めてきたので、俺はその手を握った。
「じゃあ、またね」
「ああ、また会おう。皆に宜しく伝えておいてくれ」
「はーい」
しばらく別行動をするというだけで、別に今生の別れという訳でもない。
なので、別れの挨拶はあっさりしたものだった。
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マリアたちと別れた俺は、アルカス支部に行く為に、大図書館と魔導学院の間の大通りを歩いていた。ここしばらくは早く移動する事だけを考えていたので、久しぶりにのんびりと歩いている気がして、思わず自嘲の笑みが漏れた。
(…たまにはいいか)
ヴェスタリアの撤退戦の準備期間から、ここアルカディアに到着するまで、ずっと時間との闘いだった。たまにはのんびりしても罰は当たらないだろうと、敢えてゆっくりとアルカスの景観を見ながら俺は歩いていた。
アルカスはリベルタと同じように街の雰囲気は明るく、街ゆく人たちには活気が溢れていた。ただ、その活気の種類が違って、リベルタはどちらかと言えば元気に遊んでいる子供のような印象で、逆にアルカスは大人が旅行を楽しんでいるように感じる。
アジスから聞いた話だと、アルカディアでは行政府と学術ギルドが協力して、日本の義務教育のような事を行っているので、住民の識字率は百パーセントに近いという。他国から来た場合も、希望をすれば年齢に関わらずに教育を受けられるらしい。確かにそれなら、他の国とは違って教養も身につく。それがリベルタとの違いなのだろうと、俺は結論付けていた。
そんな風にアルカスの街並みを見て感慨にふけりつつ、ギルドに着く前に今の自分の状態を把握しておこうと、俺はステータスのチェックを始めた。ずっと移動に必死で、今の今まで確認する余裕が無かったのだ。
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クヌート(タケシ・クヌギ)
42歳 男
ジョブ:剣士(侍)
レベル:16
力:160 (420+150)
技:170 (420+150)
速:170 (420+150)
体:160 (420+150)
魔:150 (420+150)
抗:150 (420+150)
運:150 (420+150)
スキル
剣技5、危険感知5
(剣術7 、抜刀術5、忍術9 ↑、投擲術6 ↑、格闘術6 ↑、偽装9 ↑、隠密7 、慧眼2、危機察知6 ↑、毒耐性7、精神耐性9、剣舞8、魔力回復6 ↑)
称号
なし
(『侍マスター』『忍者マスター』『巻き込まれし者』)
(忍術)
[火遁][水遁][土遁][雷遁][風塵][風遁][空蝉][縄抜け][開錠][息吹][身体操作][物見][暗目付] ↑
(剣舞)
[いノ型][ろノ型][はノ型][にノ型][ほノ型][へノ型]
[暗器]:試作刀
[空蝉]貨幣、保存食、衣類、魔物素材、重要書類
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[暗目付]
魔力を目に纏わせる事により、暗闇を見通す事が出来るようになる。
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ヴェスタリアの撤退戦で使い続けていた技術が軒並み上がっていた。更に夜中にルーンベルグ軍の野営地の様子を必死に探っていたからだろう。[暗目付]という暗視の術が増えている。
(ますます忍者じみてきたな…)
地球に居た頃は”忍者”より”侍”の経験の方が圧倒的に多い筈なのにと、一人ごちる。
それでも、こんな取り留めもない事を考えられる余裕が持てるのはいい傾向なのだろう、などと考え事をしながら歩いていたからだろうか、
「え!? あ、あぶ――」
――ドンッ!
ちょうど大図書館の正門に差し掛かった頃、急に大図書館の方から走ってきた誰かとぶつかった。相手がぶつかった反動で倒れそうになったので、俺は急いでその腕を抱えて倒れるのを防いだ。
「大丈夫か?」
「あ! ご、ごめんなさい。またやっちゃった…」
そこに居たのは銀髪のショートカットの女性だった。身長は俺よりかなり小さく、その見開かれた瞳は紫色だ。魔術師のローブを身に纏っていて、パンパンに詰まった大きな鞄を抱えている。その恰好から見て、魔導学院の生徒だろうか。
「気にするな。怪我はないか?」
「おかげさまで。…って、急がないと! ありがとうございました!」
「ああ。気をつけてな」
彼女は俺から離れるとペコリと勢いよく頭を下げて、そのまま魔導学院の方へと走り去っていった。その様子に、自分の学生時代を思い出してしまい、あんなに必死になっていた時があっただろうかと、思わず苦笑が漏れた。
(…おっと、俺も急ぐか)
大図書館の入り口にある時計は四の刻を示していたので、俺はギルドに急ぐことにする。あまりのんびりしていると、アルカス支部につく前に日が暮れてしまう。マリアたちとは違い、俺は今夜の宿も探さなければならない。出来れば、日が暮れる前にギルドでの要件は済ませておきたかった。
のんびりし過ぎたかと少し反省しつつ、俺はアルカス支部へと向かう。
――まさか、あの銀髪の女性とすぐに関わる事になるとは、この時の俺は知る由もなかった。




