11-11 おっさん、吼える
「今は、敗軍の将としてどこかで謹慎させられているそうですよ。エリザベート様もまた、その責を問われて幽閉されました」
グスタフの放った言葉は、このテント内にいる人間たちに衝撃を与えた。女王としての仮面を被っているアリシアですら驚きの表情を浮かべている。隼人と蓮も目を丸くさせており、それは俺ですら例外ではなかった。
(幽閉か)
国王であるエドヴァルト七世の次期後継者である筈の第一王女が、ここまで失脚させられるとは思っていなかった。だが、確かにそう考えればルーンベルグの方針の変化に説明はつく。
ずっと、呪いに寄る一般市民のテロ行為などは、第一王女らしくない行いだと思っていたからだ。ノルドヴァルなどではまだ水面下でこっそり動いていたが、それが大胆になったのも、彼女を失脚させる要因が揃ったからに違いないだろう。
俺は、唯一涼しい顔をしているグスタフに対して、気になっている事を尋ねる――
「となると、今は誰が指揮をとっているんだ?」
「第一王子であるハインリヒ様ですよ」
――その名前を口にしながら、グスタフが顔を顰めた。口調は丁寧なままだが、その声色には嫌悪感で溢れていて、それを隠そうともしていない。そんな苦々しい表情のまま、グスタフは更に言葉を続ける。
「表向きは第二王女であるクララ様を立てておりますが、実権を握っているのはハインリヒ様です」
「それに国王は納得しているのか?」
「はい。どうやって王に取り入ったのかはわかりませんが、どうやら戦争に勝つことしか今の王の頭にはないらしく、ハインリヒ様の口車に乗せられてエリザベート様の幽閉に賛成されていました」
「泥沼だな…しかし、いいのか? そんな内部事情を話してしまって」
「構いませんよ。もはや我らが仕えるべき”王”は、何処にもいなくなってしまった」
そう言ってグスタフは悲し気に笑う。その表情には、深い悔恨の念が滲んでいるようにも思えた。そんな中、俺たちのやり取りを黙って聞いていたアリシアが口を開く。
「それで、グスタフ様。来訪の目的は捕虜の返還の件との事ですが?」
「そうですな。表向きはそのような理由でこちらに伺ったのでしたな」
グスタフは一枚の手紙を懐から取り出したが、アリシアに差し出そうともせずに、目の前でビリビリに破り捨てる。それを見たアリシアが訝し気な表情を浮かべて問いかけた。
「グスタフ様。一体何を?」
「ハインリヒに言われてぬけぬけとここまで来ましたが、無意味だということは先程のお三方を見てはっきりとわかりました故」
「よろしいのですか? グスタフ様にもお立場というものがおありでしょう?」
「ほっほっほ。敵将の心配とは、全く”魔王”様というものはお優しいですな。爪の垢でも煎じて飲ませたいところです」
魔王という単語こそ使っているものの、グスタフのその口調からはきちんと敬意が感じられた。後半は”誰に”とは言わなかったが、もはや露骨に”様”すらつけなくなった以上、対象がハインリヒである事は明確であり、二人の対立が伺われる。
隼人と蓮が固唾を飲んで見守る中、グスタフは更に話を続ける――
「そもそも、儂はどの道処刑されるでしょうしな」
――そのグスタフの言葉は、今度こそ隼人と蓮を絶句させるのに充分なものだった。
蓮に至っては、もはや今にも泣きだしそうな表情でグスタフを見ていた。隼人は歯を食いしばりながら拳を握りしめ、感情を抑えている。
アリシアがそんな二人に一度視線を送ってから、再度グスタフに尋ねた。
「…どういうことでしょう?」
「それをお話しすることこそ、今回の訪問の理由なのです」
「それは一体?」
俺が思わず口を挟むと、グスタフは俺たち全員の顔を一度見まわした。それから、瞳に強い意志を籠めて口を開く。
「この先、一日ほど進んだところにて、我らルーンベルグ軍は陣を構えております」
「それは、つまり――」
「そうです。そこでゼノビア連合軍との最後の決戦に挑む予定でおります。数はおよそ一万」
「一万、ですか」
「はい。迂回された場合は、背後から襲い掛かることになるでしょう。残念ながら、お受けいただくしかありません」
「だが、”勇者”は謹慎中なのだろう? 誰が矢面に立つんだ」
「我が国最強の騎士、レオンハルト様にございます」
(会った記憶はないな…)
グスタフがその名前を口にしたとき、隼人が納得したような表情を浮かべたので、俺は隼人に尋ねる。
「知っているか?」
「あぁ、おっさんは会ってないのか。そこの爺さんと同じように騎士の見本みたいな人だったよ」
「えぇ…大規模な魔物の討伐に第一騎士団と行きましたが、頭ひとつ抜けていました」
「そうか。そんな御仁がまだいたとはな」
隼人に続いて、まだ悲しそうな表情のまま、蓮が話に加わった。そんな二人を懐かしそうにグスタフが見ながら、口を開く。
「もう随分前のように感じられますな。お二人とも強くなられた」
「グスタフさん…戦いは避けられないのですか」
「そうだぜ、じいさん。ハインリヒのヤツを倒しちまえばいいじゃねえか」
「儂もそうしたいのはやまやまなのですがな。それは出来んのですよ」
「何故だ?」
「人質ですよ」
「「人質?」」
隼人と蓮が、グスタフの言葉に思わず疑問を口にしている。対するグスタフは、一見穏やかな表情に見えるが、目は笑っていない。
(人質、か…)
真っ先に考えられる可能性といえば、第一王女を解放するにはゼノビア連合軍に勝てということだろうか。だが、それだと先程の”グスタフ自身の処刑”という話と結びつかないような気がする。
俺がどう尋ねるか迷っていると、グスタフは先にその答えを示した――
「ゼノビアの悪魔に勝たねば、エリザベート様は元より、軍全員の家族の命がないそうです」
――その余りの内容に、俺とアリシアまで絶句する羽目になった。
その重すぎる言葉に、テント内をしばしの間、沈黙が支配することになった。当のグスタフは穏やかな表情でただ佇んでいる。しばらくして気を取り直した俺が、ようやく言葉を絞り出す。
「狂っているな」
「ええ。もはやまともな所業とは思えません…」
「そうですな。だが、ヤツの本性に気がつけなかった儂もまた、同罪なのです」
諦めにも似た表情でグスタフが思わずそう自嘲する。だが、すぐに真剣な表情となって話を続けた。
「ハインリヒが本当に処刑を行うかは、奴本人にしかわかりませぬ。故に、我らは死兵となって戦いに挑むしかないのです」
「そんな…酷い…」
「…ムカつく。やり方がキタねぇよ!」
やり場のない怒りを抱く隼人と蓮の元に行き、グスタフは優し気な瞳になって二人の頭に手を置いた。
「我らの為に怒ってくれて有難い。だが、それが”戦”というものじゃ」
「けどよ――」
「それに、我らから仕掛けた”戦”よ。何をされても文句は言えん」
「でも…だからってグスタフさん…」
「いいんじゃよ。だが、どうしても気にするのならば、参戦しなければよい」
「「それは…」」
まるで、孫をあやすかのように、隼人と蓮を諭すグスタフ。俺のいない間にこれだけ親身になってくれる人がいた事を喜ぶべきか、その恩人を死なせることを悔やむべきか、俺の胸中は複雑だった。
隼人と蓮としても、自らの罪滅ぼしの為に戦うと覚悟を決めてはいたが、まさかこんな話を聞かされてしまえば、剣が鈍ってもおかしくない。
もしかしたら最初からグスタフはそれが狙いで来たのかと一瞬考えたが、グスタフの言葉や表情、態度からは純粋に二人を思っているようにしか思えなかった。
(考えすぎだな)
第一王女に会ったのは俺が魔力に目覚める前なので、[影渡り]で彼女の元に”飛ぶ”ことは出来ない。天童と氷室の元になら飛べるが、あの二人が第一王女と共に居るとは限らない。
運が良ければそれもあり得るかもしれないが、第一王女を救出するだけでは問題の根本的な解決にはならない。そもそも軍関係者全員の命を救うのは不可能だ。
かと言って、ハインリヒを倒せば解決するのかもしれないが、同じく面識のない奴の元には飛べないし、何と言っても顔すら知らないハインリヒを探し出すには時間が無さすぎる。
(打つ手無しか…)
つまり、どうやってもこの決戦を避けることは出来ないらしい。俺がそう結論づけると、そんな俺の様子を見ていたグスタフが、満足そうに俺に話しかけてきた。
「思えば、クヌギ様はいつもそうやっておりましたな」
「何の話だ?」
「訓練場での話ですよ。常に先を考えながらクヌギ様は行動されていた」
「グスタフにはそう見えたのか」
「ええ。若いヤツらは気が付いていないようでしたが、儂の目はまだまだ節穴ではありませぬ」
そう言ってからからと笑うグスタフの姿に、この場の重い空気が一瞬だけ軽くなる。だが、すぐに表情を引き締めてグスタフが俺の名を呼ぶ。
「クヌギ様」
「何だ?」
「明日の決戦、思う存分に戦いましょうぞ」
「いいんだな?」
「無論、儂とて騎士の端くれ。戦場で散ることこそ名誉故」
覚悟を決めた目で真正面から俺と向き合うグスタフに、今の俺が返せる言葉はたった一つしかなかった。
「…分かった。明日、戦場で会おう」
「ははは。すまないのぅ。年寄りが不甲斐ないばかりに」
「何、不甲斐ないのはお互い様だ…すまんな」
「……いえ、感謝しますぞ。クヌギ様」
グスタフはアリシアに対して恭しく一礼すると、「これにて失礼いたす」と言い残し、俺たちに背中を向ける。その背中に、隼人と蓮が同時に慌てて声をかけた。
「グスタフさん!」
「じいさん!」
それでもグスタフは足を止めようとしない。その背中を追うように、隼人と蓮は駆け寄っていく。
「…外まで見送らせてください」
「ああ。何もねぇとは思うがよ」
「やれやれ…ではお願いしよう」
三人がテントを後にすると、ガルムとザインが代わりに中に入ってきた。おそらく話を聞いていたのだろう、二人の表情は固い。
「陛下」
「我が主よ」
「聞いていたのなら話は早いですね。早速準備にかかりなさい」
「「はっ!!」」
臣下の礼をとり、ガルムとザインが急ぎテントから出ていくのを俺は見送る。中に一人残された俺が、アリシアの方を振り返ると、アリシアが心配そうに声をかけてくる。
「クヌギ様…あのお二人は大丈夫でしょうか」
「大丈夫だ。もう自分を見失うことはないさ」
「そうだといいのですが…」
それきり言葉を噤んだアリシアは、思案気な表情となって黙り込んでしまった。初めの内は何か俺に話しかけようとしていたが、それもやがて無くなり思考の海へと沈んだ。
俺はそんなアリシアを見ていたが、考えの邪魔をするのも悪いと思い、テントから出ていこうとする――
「功刀さん! た、大変です!!」
――だが、そこに蓮が慌てて駆け込んできた。
その表情にはありありと焦りが浮かんでいた。必死になって走ってきたのだろう、肩で息をしている。そんな中でも言葉を続けようとする蓮を手で制して、呼吸を整えさせてから俺は蓮に問いかけた。
「そんなに焦って、一体何があった?」
「グスタフさんが言うには、兵士全員にハインリヒ殿下から紫色のポーションが支給されたそうです」
「何だと?」
「”身体強化”の効果があるから、決戦前に必ず全員飲むようにと…功刀さん、これって」
「…あぁ、間違いないな」
(やってくれたな…)
俺の過去の話を聞いていた蓮も、真っ先にその可能性に思い至ったのだろう。人を操る悪魔の薬、それが一万のルーンベルグ軍に使われようとしていた。その事実に、俺は怒りを抑える事が出来ず――
「そこまでやるか! ハインリヒッ!!」
――怒りに満ちた俺の怒号が、ゼノビア連合軍の駐屯地の空に空しく響き渡った。




