第40話 秘密の発覚(8)
──俺は父の本当の子供じゃないかもしれない。
そんな疑惑が生まれてから数日。
これまで当たり前だと思っていたことが根底から覆されるかもしれない可能性を前にして、俺は誰にも相談できないままでいた。
母に訊ねれば、すぐに解決する問題なのはわかっている。
もしかしたらこれは俺の勘違いで、単なる笑い話で済むのかもしれない。
なにか事情があったとしても、あの母のことだから、裏切りじゃなくて余程のことがあったのだと信じたいが、母親の不貞も、俺を宿すきっかけとなったエピソードも、本当の父親のことも、なにもかも知りたくないことばかりで、そこに踏み込んでいこうとは思えないままだった。
それまで当たり前だと思っていたものを自分の一言で失ってしまうかもしれない恐怖。
これが本当のことでも、俺の勘違いでも、両親を疑った事実は消えず、親子間の信頼関係が揺らいでしまうかもしれない。
それが元々臆病者の俺を、より一層臆病にさせていた。
◇
「最近元気ないみたいだけど大丈夫? 俺で良かったら話聞かせて。俺じゃ力不足で根本的な解決にはつながらないかもしれないけど、一緒に悩むことくらいはできるから」
ずっと胸の内にもやもやを抱えながらも、表面上はいつもと変わらないように振る舞ってたつもりだった。でもいつも俺のことをちゃんと見ている海里には、俺の状態はバレバレだったらしい。
「ありがと。実は父が仕事中に大けがして入院してるから、ちょっと家が色々大変で……」
いくら海里が相手でも本当のことなんて言えるはずもなく、当たり障りのない部分だけを口にした。
「え、それ大変じゃん! 凛音のとこは、まだ妹ちゃんが小さいから手がかかるだろうし、お父さんも入院してるとはいっても家族が何もしなくていいわけじゃないし。お母さん大変なんじゃない?」
海里にそう言われ、ハッとする。
憶測だけで勝手に裏切られたような気持ちになって、そんな自分が後ろめたくて。
普段どおりを装ってはいるものの、それが上手にできているか自信がなかった俺は、なんだかんだと理由をつけては、両親と関わることを避けようとしていた。
──今は家が大変な時だというのに。
母は妹の面倒を見ながら在宅ワークをしている。自分のペースで仕事ができるし、時間の面でも融通が利くから大丈夫、とは言っていたけど、それでも全部が自由っていうわけでもないだろうし、普段はどこかで帳尻を合わせているはず。それをサポートしてくれているのが祖父母だったり、父だということくらいはわかっていたつもりだったけど。
父がいるといないじゃ、俺はともかく、琴音に関する負担は格段に違う。
まだ幼い琴音は、父が入院し、いつもと違う状況になったことで漠然とした不安を感じているらしく、情緒不安定になっているから、些細なことで癇癪をおこしたり、べったりと母に甘えたり。少しでも母の姿が見えなくなると泣き喚くので、最近は祖父母のところに預けるのも大変なんじゃないだろうか。
母は俺に何も言わない。
煌斗とのことがあって、あきらかに様子が変わってしまった俺に対しても何も言わずに見守ってくれていた。
無関心なわけじゃないのはわかるし、今回も俺の様子がおかしいことに気付いていて何も言ってこないんだろう。
俺はそれに甘えて、ただでさえ大変な状況の母に、余計な負担をかけているだけだということに今更ながらに気が付いた。
「……すごく大変だと思う。いつもと違う状況に琴音が情緒不安定になってるし」
「なるほど。それで凛音も疲れてるのか」
口では納得したような言い方をしながらも、まだ心配そうな視線を俺にむけている海里に、俺は曖昧な答えを返すことしかできなかった。
「……まあ、そんな感じ」
すると、海里はその返事だけで何か察するものがあったのか。
「放課後は忙しいだろうから、昼休みに話そっか。二人だけでゆっくりできるような場所確保しとく」
茶目っ気たっぷりといった表情にウィンク付き。わざと周りにも聞こえるように言ったのは、邪魔しないようにと、暗にお願いしてるつもりなのかもしれない。
そういえば以前、俺と海里が仲良くしてる時に、その間に割って入ろうとする人に対し、周りがさりげなくガードするような動きがあったことを思い出す。
「……誰にも邪魔されないとこにして」
さすがに全部は話せないけど、悩みを聞いてもらうなら誰にも聞かれない場所がいい。
──そんな意味で言っただけなのに。
なぜか教室内に小さな悲鳴があがり、やっぱりここでは何も話せないな、とあらためて実感することになった。
◇
昼休み。
海里の案内で向かった先は、美術室や理科室などの特別教室や、文科系の部活の部室がある特別棟の一室だった。
文芸部の表示に、うちの学校にもあったんだなとぼんやり思う。
わりとどこの学校にもあるイメージだけど、全くの無関心でこれまでの高校生活を送ってきた俺は、この学校にも文芸部が存在していたことを初めて知った。
高校で部活に入る気は更々なかったし、入学してすぐにあった部活紹介の際も、失恋のショックから立ち直れず無気力状態だったため、何があったのかろくに覚えていない。
「部長さんがここの鍵貸してくれたんだ。今日は誰も使う予定ないから、ゆっくりしてきていいよって言ってくれて。ホントにいい子だよね」
嬉しそうな海里に、俺は複雑な心境になる。
海里を狙ってるということはないだろうけど、なんだか釈然としないものを感じてしまうのは、俺がその人のことをよく知らないからだろうか。
返事はあえてしないまま、中に足を踏み入れる。
文芸部の部室って、たくさんの本に囲まれて雑然としているイメージだったけど、本やファイルなどは棚の中に綺麗に整理整頓されていて、普通の会議室とあまり変わらない印象だった。
「昼休みって意外とあっという間だし、食べながら話そうか。どこ座る?」
部屋の中央に置かれた長机は、三個をピッタリ並べて大きめのテーブルにしてあり、そこにぐるりと一周する感じでパイプ椅子が配置されている。
「じゃあ、奥側で」
奥側のほうが狭いが、入り口側だと廊下に声が聞こえる可能性が高くなる。
「オッケ。向かい合う? それとも隣同士のほうが話しやすい?」
「……どっちでも」
「向かい合うとちょっと離れちゃうし、隣同士だと顔が見れないから、お互い角のところに座る感じでどう?」
「わかった」
海里の提案に了承し、席に着く。海里は俺が座るのを待ってから、椅子の位置を俺のほうに動かした。
「近いほうが内緒話っぽくていいでしょ?」
笑顔の海里に、俺の気も少し楽になった。
いつものように海里の話を聞きながら、昼ご飯を食べ終わる。
そしてふたりの間に少しの沈黙が流れたところで、俺は海里の顔を真っすぐ見れないまま、やや緊張ぎみに口を開いた。
「さっきの話なんだけどさ……」
「うん」
「なんかさ、実は俺と父さんって本当に親子なのかなって思うことがあって……」
あまり深刻なことだと捉えられないように、なるべく明るい口調でそう切り出した。
チラリと視線だけで海里の様子を窺う。
いつもならすぐに相槌なり言葉を返してくれる海里は、難しい表情をして黙り込んでいた。
そして。
「………………もしかして、お母さんから何か聞いたりとかした?」
たっぷりの沈黙の後に返ってきた言葉に、俺の中で何かが崩れた音がした。
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