ベルハイム公爵家
エレインはベアトリーチェに続き、この屋敷の地下にある“部屋”へと足を踏み入れた。
そこの鉄の扉を開けば、目に飛び込むのは石畳の敷かれた牢屋。
今、その柵の向こうには捕らえられ壁に繋がれた庭師の少年とベルハイム公爵が立っていた。
「あら?もう終わってしまったの?」
ベアトリーチェの言葉に、エレインは自然と背筋が延びる。
その台詞の意味を正しく言うのならば、「もう尋問は終わってしまったの?」だ。
ただし、その尋問は“拷問”も含まれている。
このベルハイム公爵家は、尋問に長けた魔法を持つ一族とされ、五大貴族の一つとして王家に重宝されている。
五大貴族とは、五つに分かれる貴族の爵位、つまり公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵のそれぞれの中でも頭となり同爵位の家に意見することのできる貴族のことだ。
しかし、それは表での認識にすぎない。
五大貴族。
それは王家にとって一つ間違えば国を傾かせかねない魔法を所有する一族のこと。
中でも、公爵の五大貴族とされるこのベルハイム公爵家は特に秘匿とされる魔法がある。
「自分達の領分で首を掻き切られることなんてありえないわ」
事も無げに言うベアトリーチェの顔を見て、エレインは目をそっと閉じる。
二人の邪魔にならないように扉の脇で立ち静かにしていたエレインは、ふと昔のことを思い出した。
ベルハイム公爵は、今まで秘密裏にこの地下で事件の容疑者への尋問を行っている。
隠されている理由は至極単純、表の法では魔法による拷問が御法度となっているからだ。
魔法を使わない拷問なら大丈夫なのか、と言われれば実は法的には罰せられないのだが、もしやり過ぎて相手が死にそうになってしまっても、尋問中の魔法が一切禁止されているため、治癒魔法の使用を出来ない。
尋問中に容疑者を殺してしまえば、もちろん罰せられる。
つまり、その手の人間以外は拷問という手は使わないのだ。
にも関わらず、ベルハイム公爵家が魔法による尋問が許されるのは、請け負う事件が国家を直接揺るがしかねないものだからだ。
必ず口を割らせる必要がある以上、そこに法は適用されない。
そしてベルハイム公爵家は、それが許されるほど王家に信頼されているのだ。
(…いや、王家が恐れているのか)
ベルハイム公爵家には、もう一つ秘密がある。
それは数年前のこと。
ある一人の女性がその魔法を完成させてしまったことだ。
「…それにしても、公爵家にこのようなものを送り込むとはな」
「浅慮なのか運がないのか…偶然だとしても隷属魔法に長けたこの家に仕向けるとは、実に残念な方のようですわね」
その非道さにより違法とされる隷属魔法。
しかしそれは神話の時代に消えたたとされる失われた魔法の一つであり、完璧な隷属魔法はこの世界にないとされている。
いや、“いた”、だ。
なぜならその隷属魔法は、このベルハイム公爵家によってほぼ完璧に再現されてしまったのだから。
「エレイン」
「はい、奥様」
名を呼ばれ、下げていた顔をあげれば、凜とした彼女がいる。
その笑顔は、数年前に見たものと変わりなく。
そう、あの時もこの方は取り乱すことはなかった。
「あとはフェンリュとソルツェに引き継がせるわ。少ししたら上に戻るから、貴女は先に戻って私の可愛い子供達の様子を見てきてくれるかしら?」
「承知いたしました」
ベアトリーチェの言葉に、エレインは頭を下げ鉄の扉に手をかけ外へと出る。
この扉は防音の魔法がかけられており、閉めてしまえば中の音は一切聞こえなくなる。
(…完璧な隷属魔法、か…)
エレインは心のなかで呟く。
それが完成されたのは、ほとんど偶然であったという。
ただ、そう。
それは考え方の違いによって作られたもので。
正確には、失われた魔法の隷属魔法とは異なったものであるとされている。
そのため、解除する方法もベルハイム公爵家では編み出された。
しかし、その事実を知るのはベルハイム公爵家と現王と王妃様のみ。
それだけこの魔法は秘匿されるべきであるとされているのだ。
そしてシルフィーナとアルフレッドも、この事実を知らない。
いやもしかしたら、悟いお二人のことならば、何かしら感づいているかもしれない。
そうだとしても、まさか屋敷の下で隷属魔法を研究しているとは思わないだろう。
もしその事実を二人が知ったのなら。
いつか必ず知ることではあるけれど、彼女達はどう思うのだろうか。
エレインはそっと息を吐き出す。
冷たい雰囲気を纏う二人が、それとは裏腹にとても心優しいことを知っている。
きっとその時は“それらしく”振る舞うだろうことも。
それを想い、またため息が漏れる。
(もっと素直になればいいのに)
旦那様は、とエレインの口からはは呆れたような呟きが溢れた。