第76話 回収が遅れる
分類すると、分かった気になる。
紙に書くと、扱える気になる。
中央式分類。
山岳式分類。
競技分類。
旗反応仮説。
クララが丁寧に並べた言葉は、ミラの魔法を昨日までより正しい場所へ置いてくれた。
欠陥だけではない。
実用だけでもない。
過出力。
回収前提。
荷上げと踏み替えに強く、渡しと支えが荒い。
長い。
でも、雑ではない。
俺たちはそれを見て、少し安心した。
安心したのだと思う。
少なくとも俺は、分類できたことで、ミラの魔法を前より持てる気になっていた。
山は、そういう油断をあまり許してくれない。
翌日の午前、グライフ山岳魔法学校の中段訓練路には、冷たい風が吹いていた。
昨日より少し強い。
下からではなく、横から。
タリアによると、横風の日は足場の感覚が変わるらしい。
「今日はやめてもいい」
彼女は最初にそう言った。
ミラは首を横に振った。
「やる」
ガレスが横に立っている。
「短く」
「短く」
ミラは頷く。
「分けて」
「分けて」
クララが紙を抱えている。
昨日の分類を簡略化した訓練用メモだ。
本人は簡略化したつもりらしいが、まだかなり長い。
ネルがそれを見て言った。
「短くしても長い」
「必要です」
「知ってる」
ネルはもう諦め気味だ。
今日の訓練は、ミラの筋力強化を分けて使う練習だった。
荷上げ。
踏み替え。
支え。
渡し。
回収。
ロウナ先生が昨日提示した五分類のうち、まずは荷上げと踏み替えだけを試す。
しかも短い距離。
落下防止索あり。
ガレスが回収役。
アルフが谷側へ一方向結界。
ロイは短音合図。
ネルは揺れ止めを試すが、魔力使用は一回だけ。
俺は風を使わない。
ただし、風前確認は済ませた。
もし使うなら、戻り言葉は「ルカ」。
誰が呼ぶかは決めていない。
決めようとしたら、全員が呼ぶと言い出して、少しだけ揉めた。
ロイが「俺が一番大きく呼べます」と言い、ネルが「大きければいいわけじゃない」と言い、レイナが「必要な声量があります」と言い、ガレスが「近い人」と言い、ノルが「夢でも呼ぶ」と言った。
結局、近い人が呼ぶことになった。
曖昧だが、山ではそれが正しい時もあるらしい。
今は使わない。
そう決めている。
でも、山の風は、決めたことを試すように横から吹く。
「訓練内容」
タリアが言う。
「下段から中段へ、水なしの空荷を上げる。重さは水荷の半分。ミラは荷上げで一呼吸、踏み替えで一呼吸。連続使用は禁止。上の足場に到達したら停止。そこから先へ行かない」
ミラが頷く。
「上に着いたら止まる」
「止まる」
ガレスが確認する。
「動けても止まる」
「動けても止まる」
ミラは少しだけ不満そうに繰り返した。
自分で言うのは大事だ。
山では、口に出した約束も荷物になる。
軽くできない。
「始め」
タリアの声で、ミラが動いた。
最初は歩く。
走らない。
空荷といっても、木枠と革袋でできた訓練荷はそれなりに重い。
ミラは肩に紐をかけ、膝を少し抜いて進む。
足元は昨日より慎重だ。
踏む。
止まる。
見る。
踏む。
荷を揺らさない。
ロイが小さく息を吸う。
合図はまだいらない。
アルフの結界が、谷側に薄く立つ。
透明な一枚。
一方向だけ。
山では、それでもかなり心強い。
ミラが最初の段差に着いた。
荷上げ。
彼女の肩に、淡い光が走る。
一呼吸。
訓練荷が持ち上がる。
魔法が消える。
ミラは膝で重さを受けた。
荷が跳ねない。
昨日よりいい。
「ちん」
ロイの短音。
成功の合図ではない。
荷が上がった位置を共有する音。
短く、必要な音。
タリアが小さく頷いた。
ミラは次の足場へ進む。
踏み替え。
今度は足に光が走る。
短い。
右足を置き、左足を引き上げる。
魔法が消える。
上がった。
ロイが鳴らす。
「ちん」
ネルが小声で言う。
「いいじゃん」
たしかに、いい。
ミラの動きは昨日より荒くない。
光も短い。
荷上げと踏み替えを分ける。
言葉にした通りに、できている。
作業場の分類は、ただの紙ではなかった。
ミラは中段手前まで来た。
あと一つ。
最後の段差は少し高い。
風は横から。
訓練荷が少し揺れる。
「停止してもいい」
タリアが言った。
ミラは止まった。
荷を受ける。
呼吸を整える。
よし。
止まれた。
俺は少し安心した。
その時、上の岩棚で赤いものが動いた。
ルベオではない。
いや、ルベオだ。
観察予定ではない。
旗守りもいない。
でも、赤い尾が、岩の陰から一瞬だけ見えた。
ミラの目が動く。
ほんの少し。
だが、動いた。
ルベオは、上の岩棚からこちらを見ていた。
金色の目。
赤い尾。
背中の短い布旗。
挑発ではない。
それより静かだ。
見ている。
ミラが分類通りに力を分けているのを。
荷を軽く見ず、止まっているのを。
見ている。
ミラの肩が、ほんの少し上がった。
「ミラ」
ガレスが呼ぶ。
「止まる」
ミラは頷いた。
「止まる」
声は出た。
でも、目がルベオから離れない。
ルベオが、赤い尾を振った。
一回。
ゆっくり。
まるで、先へ行けと言うように。
ミラの足が動いた。
「ミラ!」
俺が叫ぶ。
彼女は、止まらなかった。
いや、止まろうとした。
分かった。
彼女は止まろうとしたのだ。
でも、体が先へ行った。
急いだ。
届きたいから。
あと一段。
赤い尾。
見ている旗。
自分の魔法が山で実用だと、示したい気持ち。
全部が一瞬で重なった。
ミラの肩と足に同時に光が走る。
荷上げと踏み替え。
分けるはずの力が、一つに戻った。
「長い!」
クララが叫んだ。
光が長い。
昨日と同じ。
いや、昨日より強い。
訓練荷が持ち上がりすぎる。
横風を受ける。
荷が揺れる。
ミラの重心が谷側へ流れる。
アルフが結界を強くする。
「谷側、張る!」
ロイの音が鳴る。
「ちん」
短い。
しかし、次の音が乱れた。
「き」
ロイの喉から、鋭い音が漏れる。
驚いた。
怖かった。
それでも、彼は札を握り直した。
ネルが飛び出す。
「一回だけ!」
コレットが叫ぶ。
ネルの一瞬の魔力が空気を叩く。
押さない。
触らない。
揺れを逃がす。
訓練荷の横揺れが、ほんの少し収まった。
でも、ミラの足が止まらない。
いや、止まった。
止まりすぎた。
光が消えた瞬間、彼女の全身から力が抜けた。
段差の途中。
上半身は上にある。
足は下。
訓練荷は肩に残っている。
最悪の形だ。
「索!」
タリアが叫ぶ。
ガレスが索を引く。
だが、訓練荷が邪魔になった。
索はミラの腰を支える。
しかし荷の重さが谷側へ引く。
ミラの体が、板の端で斜めになる。
アルフの結界が受ける。
受けるが、一方向だ。
荷の重さは結界に当たり、少し滑る。
「荷を外せ!」
ベイルが叫ぶ。
ミラの手は動かない。
ガレスが上へ行こうとする。
でも、距離がある。
思ったよりある。
回収が遅れる。
その言葉が、頭の中で形になった。
回収前提。
紙に書いた。
何度も言った。
でも、実際に遅れると、こんなに怖い。
紙の上では一行。
山では、落下までの数秒。
「俺が」
風を使う。
そう言いかけた時、レイナが叫んだ。
「ルカ、まだ!」
まだ。
その声で、俺の足が止まった。
レイナは状況を見ていた。
アルフの結界。
ネルの一瞬。
ガレスの索。
ベイルの位置。
タリアの手。
まだ、別の回収が間に合う。
たぶん。
信じるしかない。
「ベイル!」
タリアが叫ぶ。
ベイルはすでに走っていた。
山の足。
速い。
でも、ルベオのように飛ぶのではない。
落ちない速さ。
彼は岩壁側から回り込み、ミラの上に出る。
「荷を渡せ!」
ミラは動けない。
しかし、ガレスが下から索を引き、ミラの体をほんの少し壁側へ戻す。
ベイルが訓練荷の紐を掴む。
肩に光。
一呼吸。
荷上げ。
荷が浮く。
その瞬間、ネルが二度目を使いかけた。
でも、使わない。
彼女は歯を食いしばって、手を伸ばすだけにした。
ミラの足元の板を押さえる。
魔力ではなく、手で。
ベイルが荷を外す。
重さが消える。
ミラの体が、索に支えられて壁側へ戻る。
ガレスが引く。
アルフの結界が消えかけ、もう一度張られる。
ロイが短く鳴らす。
「ちん」
今度は、回収の合図。
必要な音。
タリアがミラの腰を掴む。
ベイルが上から腕を取る。
ガレスが下から索を固定する。
三人がかりで、ミラの体が段差の上へ引き上げられた。
ミラは動かない。
目は開いている。
でも、全身が完全に力を失っている。
「ミラ!」
ロイが叫びかける。
声が大きくなりかけた。
彼は自分で口を押さえた。
「ミラ」
小さく言い直す。
ミラは、わずかに瞬きした。
「……落ちてない」
最初に出た言葉が、それだった。
俺は、膝の力が抜けそうになった。
落ちてない。
確かに。
でも、危なかった。
本当に危なかった。
紙の分類が一気に現実の重さを持った。
「落ちてない」
ガレスが言った。
彼の声はいつも通り低い。
でも、少しだけ息が荒い。
「でも、遅れた」
ミラが言う。
自分で言った。
回収が遅れた。
ガレスの顔が少しだけ歪む。
「俺も」
「違う」
ミラは、動けない体で首だけ少し動かす。
「私が、先に行った」
ガレスは何も言わない。
ベイルが訓練荷を下ろし、荒い息を吐いた。
「馬鹿」
その声は、怒鳴りではなかった。
低く、震えていた。
「止まるって言っただろ」
「言った」
「じゃあ止まれ」
「止まれなかった」
「だから馬鹿だ」
ベイルの言葉は乱暴だ。
でも、そこには昨日までの棘とは違うものがある。
恐怖だ。
昔、ミラが落ちた時を知っている人間の恐怖。
「ベイル」
タリアが止める。
「言いすぎるな」
「言う」
ベイルはミラを睨む。
「お前はまた急いだ」
ミラは、何も言えなかった。
図星だった。
俺にも分かった。
ルベオが見た。
見られた。
届きたくなった。
認められたくなった。
山の実用だと示したくなった。
だから、分けた力が一つに戻った。
急いだ。
「ルベオは」
コレットが崖の上を見る。
赤い尾はもうない。
でも、たぶん見ていた。
ミラが力を分けるところも。
急ぐところも。
回収が遅れるところも。
全部。
「旗に見られた」
ミラが言った。
「うん」
俺は答える。
「見られた」
「失敗」
「うん」
言いにくかった。
でも、言った。
ここで慰めると、荷物を軽く見てしまう。
「でも、落ちなかった」
レイナが言った。
ミラはレイナを見る。
レイナは続ける。
「失敗を消さない。落ちなかったことも消さない。回収が遅れたことも、ベイルさんが荷を外したことも、ガレスさんが索を引いたことも、全部残すべきです」
ミラの目が少し揺れる。
「全部」
「はい」
レイナの声には、白旗の庭で一度目を置いた人間の響きがあった。
「一つだけにすると、また間違えます」
ミラは目を閉じた。
「うん」
タリアが、訓練中止を告げた。
当然だった。
ミラは動けない。
全身の力が抜けている。
昨日より重い反動だ。
分類して、分けて、短く使うはずだったのに。
最後の一瞬で、全部を一つに戻した。
その反動が来ている。
ガレスがミラを背負った。
今回は、何も聞かなかった。
ミラも、自分から背負われると言う余力がない。
ガレスが膝をつき、タリアとベイルが補助し、ミラを背中へ乗せる。
ロイが短音を鳴らす。
「ちん」
出発の合図。
山の必要な音。
ネルが荷を持つ。
訓練荷ではない。
ミラの荷物。
「あたしが持つ」
誰も止めなかった。
ただし、ガレスが一言だけ言う。
「谷側に出すな」
「分かってる」
ネルは荷物を壁側へ寄せる。
俺たちは、ゆっくり訓練路を降りた。
行きよりずっと長く感じた。
回収が遅れる。
その言葉が、頭の中で何度も鳴る。
もし、ベイルがいなかったら。
もし、アルフの結界が間に合わなかったら。
もし、ネルが揺れを逃がせなかったら。
もし、俺が風を使っていたら。
使わずに済んだ。
でも、それは結果論だ。
次も済むとは限らない。
風を使うかどうか。
ミラをどう回収するか。
公式戦でルベオがこれを見た後、どう動くか。
負け筋が、一気に増えた。
作業場に戻ると、ロウナ先生がすぐにミラの状態を確認した。
山岳校の医療係も来た。
魔法で治すのではなく、体を温め、関節を確認し、水を少しずつ飲ませる。
ガレスは横に座っていた。
手がミラの背中の近くにある。
触りすぎない。
でも、離れすぎない。
「動けるようになるまで、最低半日」
ロウナ先生が言った。
「今日は訓練禁止。明日も朝は不可」
ミラは、目だけで不満を示した。
声は出さない。
ガレスが言う。
「休む」
ミラは、少しだけ目を閉じた。
「休む」
声は小さい。
でも、言った。
コレットが帳面を開いていた。
いつもならすぐ書く。
でも、今日は手が止まっている。
ミラを見る。
本人は動けない。
書いていいか、聞くべきか。
聞くのも負担か。
迷っている。
ミラが、目だけを動かしてコレットを見た。
「書いて」
かすれた声。
コレットの指が震えた。
「成長として?」
「失敗として」
ミラは言った。
コレットは首を横に振った。
「順番」
その声は小さかったが、強かった。
「成長として先に書く」
ミラの目が少し揺れる。
コレットは、帳面へゆっくり書き始めた。
「ミラ、荷上げと踏み替えを分けて使うことに一度成功。短時間発光。荷の跳ねを抑制。停止指示を一度受け入れる」
そこで止まる。
「次、失敗」
ミラが小さく頷く。
「ルベオの視線で急ぐ。荷上げと踏み替えを同時使用。発光長期化。訓練荷が横風で揺れる。反動で段差途中停止。回収が遅れる」
コレットの声が少し詰まった。
でも、書く。
「ガレス、索。アルフ、谷側結界。ネル、一瞬で荷の揺れ逃がし。ベイル、上から荷外し。タリア、引き上げ補助。ロイ、短音合図一度乱れ、再調整。ルカ、風使用直前で待機」
俺のことも書かれた。
待機。
正しいのかどうか、まだ分からない。
レイナが小さく言う。
「私が止めました」
コレットが頷く。
「レイナ、ルカの風使用を一時制止。状況判断」
レイナは、少しだけ目を伏せた。
自分が止めたことで、もし落ちていたら。
その可能性を、彼女も今持っている。
判断は重い。
誰かの魔法を使わせる判断も。
使わせない判断も。
軽く見てはいけない。
「負け筋」
コレットが続ける。
「ルベオはミラの急ぎを見て挑発する。分類しても、実地では感情で一つに戻る。回収経路が一つでは遅れる。荷を外す人員が必要。風を使うかどうかの判断基準未確定。公式戦で同様の状況が起きた場合、落下リスク大」
作業場が静かになる。
この沈黙は、重い。
でも、必要な重さだ。
ベイルが、壁にもたれていた。
彼はずっと黙っていたが、そこで口を開いた。
「俺も書け」
コレットが顔を上げる。
「何を」
「俺が遅れた」
タリアが目を動かす。
「ベイル」
「荷は外した。でも、最初の一歩が遅かった。ミラが急ぐと知ってたのに、見てた」
ベイルの声は低い。
怒りではなく、自分への苛立ち。
「山側も、回収が遅れた」
その言葉に、ミラが目を開けた。
「ベイル」
「言うな」
ベイルは顔を背ける。
「お前だけの失敗にするな。重すぎる」
ミラは、しばらく彼を見ていた。
そして、小さく頷いた。
「うん」
コレットが書く。
「ベイル、ミラの急ぎを予測しながら初動遅れ。荷外しで回収補助。山側回収課題」
ベイルは不満そうな顔をした。
「長い」
「必要」
コレットが短く返す。
ネルが小さく笑う。
「長いの、流行ってる」
「嫌な流行です」
レイナが言う。
少しだけ空気が緩んだ。
ほんの少し。
でも、その少しがないと、人は重さで潰れる。
夕方まで、ミラは作業場の奥で休んだ。
ガレスはほとんど動かなかった。
時々水を渡し、毛布を直し、足の冷えを確認する。
ミラは反論しない。
反論する力がないだけかもしれない。
でも、時々「ありがとう」と言った。
ガレスは、そのたびに短く頷いた。
俺は外へ出た。
崖の夕方は、昨日と同じように赤かった。
ルベオは見えない。
でも、見ている気がする。
今日の失敗を。
ミラが急いだことを。
俺が風を使いかけたことを。
レイナが止めたことを。
回収が遅れたことを。
山は全部見ている。
旗もたぶん、見ている。
「ルカ」
レイナが隣に来た。
「さっきは」
言いかけて、彼女は言葉を止める。
謝るべきか。
説明すべきか。
迷っている。
「止めてくれて助かった」
俺が先に言う。
レイナは、すぐには頷かなかった。
「もし、落ちていたら」
「うん」
「私は、あなたに風を使わせなかったことになります」
「そうだな」
「怖いです」
「俺も怖い」
正直に言った。
風を使うのも怖い。
使わないのも怖い。
どちらも怖い。
「でも、今日は落ちなかった」
「はい」
「それと、回収が遅れたことは、両方残す」
レイナは少しだけ目を見開いた。
自分がミラに言ったことを、今度は返された形だ。
彼女は、ゆっくり頷いた。
「はい」
崖の下から風が上がる。
横風ではない。
下から。
俺の手が、少しだけ反応する。
風は近い。
使えば届くかもしれない。
でも、使えば失う。
この山は、俺にも荷物を見せてくる。
夜、ミラはようやく少し指を動かせるようになった。
ガレスが確認する。
「指」
ミラが親指を動かす。
「動く」
「足」
「まだ」
「水」
「飲む」
ロイが隣で小さく鳴らした。
「ちん」
ミラが目だけで見る。
「何」
「回復確認音です」
ネルが即座に言う。
「勝手に作るな」
「必要かなと」
ミラは少しだけ笑った。
「小さいから、いい」
ロイの顔が明るくなる。
「小さくていい音」
「調子に乗るな」
ネルが言う。
でも、その声にも少し笑いがあった。
ミラは、天井を見ていた。
「ルベオ、見てた」
「見てたな」
俺が答える。
「急いだところ」
「うん」
「次、同じことしたら、落とされる」
その言葉に、作業場の空気が少し締まる。
ミラは、目を閉じた。
「次は、回収を先に置く」
コレットが帳面を開きかける。
ミラが目を開ける。
「書いて」
コレットは頷いた。
「次は、回収を先に置く」
その一文が、帳面に残る。
第七部の次の作戦の中心になる言葉として。
ミラが力を使いすぎて動けなくなった日。
回収が遅れた日。
ルベオに、急ぎを見られた日。
それは失敗だった。
でも、失敗だけではない。
落ちなかった。
荷を外した。
風を使わずに済んだ。
短音が戻った。
ベイルが自分の遅れを記録させた。
レイナが判断の怖さを持った。
ミラが、次は回収を先に置くと言った。
全部、重い。
全部、残す。
山の夜は静かだった。
足音も少ない。
ただ、遠くで水が鳴っている。
白い川。
暗い崖。
赤い尾は見えない。
けれど、明日もきっと、どこかで見ている。
俺たちが、今度は何を先に置くのかを。




